第6話 城内を散策します。

「どうですか姫様?」

「うん、もう全然痛くないわ!」

 ルーナに見守られながらベッドから立ち上がったアメリアは、その場でピョンと跳ねてから軽やかに着地する。

 アメリアが肉離れを起こしてから約一週間、症状が軽かったおかげなのか、それともアメリアの気合いが肉体の治癒を早めたのか、足の痛みはすっかり引いていた。


「よーし! 足も治ったし、反魔王同盟も結成したし、バリバリ修行して魔王をブッ飛ばすわよ!」

 と、意気込んだのはいいものの……。


「ダメですよ姫様、あと一週間は様子を見ろってドクターバッカスも言っていたじゃないですか」

 ドクターバッカスとは、魔王城に常駐しているドワーフ族の老医師の事である。彼は世界中から集めた医学の知識を持っており、医師として確かな腕を持っているのだ。

 ただ、酒が好き過ぎていつも酔っ払っているために、時々医療ミスを起こすのが玉に傷である。あと中々のスケベでもあり、診察にかこつけてアメリアの足を過剰に撫で回したせいで脳天に肘鉄を食らったりもした。彼は肘鉄を食らった後に「我々の業界ではご褒美じゃわい」と言っていたが、それが何の業界なのかはアメリア達は知らない。


「うーん……。かといってただダラダラしていても、体が鈍っちゃうわよねぇ……」

「でしたら、リハビリがてらに城内を散策してみませんか?」

 ルーナの提案を受けて、アメリアはこれまであまり出歩いた事のなかった魔王城の中を見て回る事にした。


 ☆


「へぇー、結構広くて綺麗なのね」

 塔を降りたアメリアは、ルーナの案内で広大な魔王城内を見て回る。

 外から見た魔王城はおどろおどろしい雰囲気を放つ不気味な古城ではあるが、内部は意外と綺麗であり、掃除も行き届いている。ただ、至る所にガイコツや黒魔法をモチーフにした悪趣味な装飾が施してあるのは気になるが、それは魔界出身である魔王の趣味なのであった。

 時折すれ違う魔王軍の人々や魔物達は皆物珍しげにアメリアを見つめてきて、中には

「あれがエスポワール王国のお姫様か。おい、お前挨拶してみろよ」

「お、おでは女子と喋るの苦手なんだ……。特に純人族の美人は……」

 などとコソコソ言っているゴブリン兵もいた。


「ここは遥か昔に人間達が使っていた城塞都市で、今私達がいるのはその中心にある本城なんです。それを魔界の工務店に頼んでリフォームしたらしいですよ」

 ルーナの言う通り、魔王城はただ城だけがポツンと建っているわけではなく、本城を中心に広い範囲を城壁に囲まれた一つの町のようなものである。

 城壁内には魔王に従う様々な種族の人々や、魔界から出てきた魔族達が暮らしており、城壁の外にも魔物の飼育場や兵士達の練兵場があるのだ。つまり、暗黒の地は魔王が治める小さな国なのである。

 因みに、ダンゲール大陸の最果てにあるこの地は人々から『暗黒の地』と呼ばれてはいるが、別に年中暗雲や濃霧が立ち込めていたりするわけではない。気候のせいで曇天の日が多くはあるけれど、晴れの日もあれば雨の日もある、割と普通の山岳地帯なのである。


 食堂や応接室やバルコニーなどを見て回りながらしばらく歩いていると、城の正面ホールに出た。そこでアメリアはホールの角の方に不自然なスペースを見つける。


「あれは何?」

 ホールの壁沿いには棚がいくつか並んでおり、その前にはバーカウンターのような長いテーブルが置かれている。そしてカウンターの奥では椅子に座った一匹のガーゴイルがこっくりこっくりと退屈そうに船を漕いでいた。


「あれは売店ですね」

「売店!?」

 言われてみれば棚の中にはタペストリーや木彫りの魔王人形、更には魔王軍の幹部と思われる人物達のブロマイドや、用途がよくわからない工芸品が並んでいる。


「そんな観光地みたいな……」

「魔界からこっちの世界に遊びに来る人々にとって、ここは観光地みたいなものなんですよ」

 二人が売店に近付くと、眠そうにしていたガーゴイルはハッとして背筋を伸ばした。ルーナはそんなガーゴイルに気さくに声を掛ける。


「こんこん〜、今日は暇そうですね」

「なんだ、ルーナちゃんか。こんこん〜。魔王様かと思ってドキッとしちゃったよ……。あれ? そちらは塔に幽閉されているというお姫様では? いやー、噂通りお綺麗な方ですな」

 妙に緩い雰囲気に戸惑いつつも、アメリアはガーゴイルにペコリと会釈をする。


「ルーナ、その『こんこん』って何?」

「今魔王軍で流行ってる親しい人同士の挨拶ですよ」

「へ、へぇー……」

 中々パンチの効いた挨拶に戸惑いつつも、アメリアはガーゴイルに尋ねる。


「あのー……こんなところにある売店にお客さんが来るのですか?」

「今はオフシーズンだからねー、全然ですよ。でも魔界で収穫祭が終わる時期になると結構この辺りも賑わうんですけどね。まぁ、自由に見ていって下さい」

 アメリアは自分がこんな緩いところに幽閉されていたかと思うと頭がクラクラしてきた。その気になれば観光客に紛れて普通に出ていけそうではないか。まぁ、それをさせないために塔に幽閉されており、見張りとしてルーナがいるのではあろうが……。


「ほら姫様、見てください」

 そう言ってルーナが差し出してきたものを見ると、それは一枚のブロマイドであり、そこにはかっこよく長剣を構えたマチルダが写っていた。


「マチルダさんは観光客にも人気で、ブロマイドの売り上げも上位なんですよ。カレンダーまで出てるんですから」

 するとガーゴイルが話に入ってくる。

「あー、マチルダさんね。あの人は強くて美人だから人気だよねー。そういえば今度木彫り人形も出そうかって企画部の人が言ってたよ。四天王のドルマさんはまだ人形化してないのに」

「えー! 本当ですか!? 私買っちゃおうかなぁ」

「ただ原型師がモペモペさんならいいけど、グルジャンさんだとちょっとねー」

「あー……確かに。この前出た静水のクリアさんの人形、ちょっと太めでしたもんね」

「あの人は趣味丸出しだから困るんだよなぁ。ムッチリ好きなのはわかるけどさー、クリアさんはスレンダーなのが魅力なのにさぁ——」

 ルーナとガーゴイルの会話にアメリアは色々な意味で全く入っていく事ができなかった。


「でも、マチルダさんも人気だけど、ルーナちゃんも人気者だよね」

 それを聞いて、アメリアはルーナの顔を見た。


「え? そうなの?」

 するとルーナはテレテレと恥ずかしそうに頬に手を当てる。

「やだぁ! 私なんてそんな大した事ありませんよぉ。『魔王城勤務・お側に置きたいメイドさんランキング』で三年連続二位なだけですからぁ」

「……なにそれ」

 アメリアはそんなものがあるとは思ってもいなかったし、そもそも誰がそんなランキングを開催して、誰が集計しているというのだろうか。というか、魔王軍の連中はヒマなのだろうかとアメリアは疑ってしまう。

 しかしまぁ、アメリアからしてみてもルーナが人気なのはわかるような気もした。


 ルーナは働き者で気が利くし、物腰も柔らかく、一緒にいたらなんとなく気が抜け……否、穏やかな気持ちになる不思議な雰囲気を纏っている。会話にも失礼にならない程度にユーモアがあり、程々に感情豊かで、メイドでなくとも友達として側に置いておきたいタイプだ。

 見た目だって、顔立ちはどちらかと言えば素朴ではあるが、可愛らしくて整っており、目はパッチリと大きくて、ほっぺは思わずプニプニしてしまいたくなる程に柔らかそうだ。

 スタイルは小柄であり、マチルダのような色気は無いが、そんなルーナが大きく体を動かして仕事をしている様子は思わず『頑張れ!』と応援したくなる。更に胸やお尻が意外に出ているのがニクいところで、さながら『頑張り屋さんの妹系ポワポワメイド〜ご主人様! イタズラは許しません!〜』ってなもんだろう。

 そしてアメリアの世話を任されているという事は、その働きぶりに魔王からの信頼も厚いのだろう。


「でも、二位って事はもっと人気なメイドがいるの?」

 すると、それまでポワンとした表情を浮かべていたルーナの目つきがキッと鋭くなる。アメリアがルーナのそんな顔を見るのは初めてであった。ルーナは感情豊かではあるが、アメリアの前で怒った事など一度もないのだ。


「あいつです! あいつのせいです!」

 ルーナが指差した先には、サイン入りのブロマイドが入った大きな写真立てが置かれており、そのブロマイドには頭から猫耳を生やし、あざとくて可愛らしいポーズを取る美人メイドの姿が写っていた。彼女は恐らく猫科の獣人なのであろう。

 彼女の着ているメイド服はルーナが着ている伝統的でシックな色合いとデザインのものとは違い、あちこちにフリルがついていて、スカートはパンツが見えそうな程に短く、胸元は大きく開いており、トランプカードでも挟みたくなるような豊かな谷間がコンニチワしている。どちらかといえば城勤のメイドというよりは酒場の給仕、いや、踊り子に近い格好だ。

 それを見てガーゴイルはうんうんと頷く。


「あー、兵士食堂のミーニャちゃんね。彼女の人気は不動の一位だからなぁ」

 ミーニャちゃんとやらが人気な理由はアメリアが考えるまでもなく理解できた。なんというかもう、あざとさのてんこ盛りなのだ。

 例えるならばハンバーグとエビフライとスパゲティとカレーが同じ鉄板に載せられた『うふふ……男の子ってこういうの好きなんでしょう?』といった感じの贅沢プレートである。食べたら胃もたれするかもしれないが、間違いなく美味い。それが彼女だ。

 一方ルーナは確かに可愛いが、例えるならばパティシエが丁寧に作ったこだわりタマゴのプリンといった感じで、イマイチパワー不足である。


「姫様も女性だからなんとなくわかると思うのですが、あいつズルいんです! 私がメイドパワー八十、可愛さ七十のバランスだとしたら、あいつはメイドパワー三十、可愛さ二百で勝負してるんです! 別に悪い事はしてないんですが、なんかズルいんです!」

「……うん、そのメイドパワーってのはよくわからないけど、言いたい事はわかるわ」

 どこの世界にもあざとさ全振りで支持を集める女はおり、男というものはあざといとは思っていながらもついつい支持してしまうものなのである。まぁ、あざとさも一つの魅力ではあるが、メイドとしての人気ランキングでそれを引き合いに出されると納得いかないというルーナの気持ちは理解できた。


「でも俺はルーナちゃんの方が好きだけどなぁ。何にでも一生懸命だし、誰とでも物怖じせずに話すしさ。俺の同僚にもルーナちゃん派の奴多いよ」

「ううっ……ありがとうございます」

「俺はこれからもルーナちゃんを推していくから、変に方向性を変えようとせずに、地道に頑張って欲しいな」

「はいっ! 私、頑張ります!」

 涙目でガーゴイルと握手を交わすルーナを見ながら、アメリアは「私は一体何を見せられているんだ……」と思った。


 しかし、とりあえずわかった事は、魔王軍の連中は『人気』をやたらと気にするという事である。

 アメリアのいたエスポワール王国では伝統と品格と血筋が重んじられており、◯◯人気ランキングなんて俗っぽいものは存在しなかった。いや、水面下では存在していたかもしれないが、それを表に出すのはタブーのような風潮があった。

 どちらが集団の形として正しいのかは断言できないが、どちらかと言えば魔王軍の方が『楽しそう』ではある。

 これは様々な面で魅力的な者達をプッシュアップしていく事で、それを部下達の娯楽としたり、ライバル同士で切磋琢磨させたり、魔族の民衆からの支持を集めようとする魔王の策略なのかもしれない。


 ガーゴイルと別れて正面ホールを後にした二人は、再び城内散策を始める。


「他に見て回るところはないの?」

「うーん、魔王様の所に行ってもいいですけど、お仕事中かもしれませんし……」

 そこでルーナは何かを思いついたのか、ポンと手を叩いた。


「そうだ! あそこに行きましょう!」

 そう言ってルーナは意気揚々と歩き始めたのであった。

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