第4話 剣を教えて下さい。2

「いえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」

 アメリアの唇がマチルダの唇に触れるかと思われた次の瞬間、アメリアの握る木刀の柄がマチルダの顎をかち上げる。


「ふぐっ!?」

 そしてフラついたマチルダに、アメリアは凄まじい連撃を叩き込み始める。


「いやぁ!! せやぁ!! えやぁ!! へあっ!!」

「い、痛い! 痛い!! やめっ……!! もう……いい加減にしろーっ!!!!!」

 怒号と共にマチルダの全身から凄まじい闘気が放たれ、アメリアはその場から吹き飛ばされてゴロゴロと転がる。普段マチルダは魔王と同じように己の力をセーブしているのだが、それを開放したのだ。


「貴様ぁーっ!! だから狡い不意打ちをやめろ!! 大体『一発でも』って言ってるんだから、一発当てたら手を止めんかぁ!! あと乙女の純情を弄ぶなぁーっ!!」

 マチルダは見た目はセクシーではあるが、実は彼氏いない歴イコール年齢のピュアガールあった。


「いいか!? 中々の演技力ではあったが、戦場ではそんな手は通用せん! 正面から堂々とかかって来い!」

「はいっ!!」

「それから、今こっそり拾った石を置け! 木刀だけでかかってこい!」

「……はいっ!!」

 こうして、ようやくまともにテストが始まった。


「せやぁぁぁぁあ!!」

 アメリアは初心者にしては鋭い太刀筋で打ち込んでゆくが、次々と繰り出される木刀をマチルダは軽々と躱してゆく。マチルダはまともに戦えば魔王軍でも十本の指に入る程の腕前を持っているのだ。そんなマチルダにとって、三年間引きこもりのような生活を送っていたアメリアの剣を躱し続ける事は散歩をするのと変わらぬ労力であった。


 そして————

 十分が経過しても、一時間が経過しても、アメリアはマチルダに木刀を掠らせる事すらできなかった。

 アメリアは木刀を振り続けたせいで手の皮がボロボロになっており、疲労のせいで腕は上がらず、足もフラフラになっている。


「ほれ、どうした? もうおしまいか? その程度で魔王様に楯突くつもりだったのか!?」

「はぁ……はぁ……。ま、まだまだ!!」

 アメリアは鉛のように重くなった腕を必死に持ち上げ、マチルダへと向かってゆく。しかし足がもつれ、顔面から地面に倒れ込んでしまった。


「ふん、お姫様にしては頑張った方だとは思うが、いかんせんセンスは感じられないな。これを機に魔王様を倒すなどというバカな考えは捨てて、塔でおとなしくしておく事だな」

「い、嫌です……!!」

 アメリアは子鹿のようにプルプルと足を震わせながら、木刀を杖代わりにして立ち上がる。アメリアの雪のように白い肌には擦り傷が付き、地面に顔面を打ちつけた事で鼻からは鼻血を垂らしている。新品だった運動着もすっかり土まみれで、酷い有様だ。


「なぜだ? なぜ貴様はそのような姿になってまで立ち上がる。毎日ただお姫様らしく食事をし、暇を潰し、眠るだけの生活を繰り返しながら次の勇者を待てば良いものを……」

 そう、別にアメリアは自ら苦しい思いをせずとも、魔王討伐のトロフィーとして優雅に生活していれば、いずれなるようになるのである。勇者が助けに来るかもしれないし、なんなら魔王が世界を支配してから魔王の求婚を受けてしまえば、超セレブな生活が待っているだろう。

 それでもアメリアは——


「私は……もう十分に待ちました。三年間も、毎日、毎日、それが正しく尊い事だと思って、ただ空に祈りながら待ち続けた……。でも、それは間違っていたんです! 自分の運命は、結局自分で切り開かなきゃいけないのです! 例え苦しみを伴おうとも、私はもう後悔したくないのです!」

 アメリアは悔いていた。

 己の運命を他人に委ね、ただ祈り続けていた日々の事を。

 待つことが自分の宿命だと思い込み、現状に立ち向かわずにいた日々の事を。

 勇者に裏切られた事でアメリアは学んだのである。

 自らの運命は自分で切り開かねばならないという事を。


 再度打ち込もうと前に出るアメリアの膝が、先程と同じようにガクリと抜けた。しかし、崩れた膝が地に着こうとしたところで、アメリアは負けじと踏ん張る。


 その時、奇跡が起きた。

 下方向へと崩れたアメリアの体重が、倒れ込む寸前で地に爪先を踏み込んだ事により、前方向へ進む力としてベクトルを変える。それは東方の島国の剣士達が決闘の際に用いる、究極の踏み込みの方法だったのだ。


「ぜやぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 グンっと、まるで前方向に落下するかのように踏み込んだアメリアは、全体重を味方につけたその爆発的な加速を利用して渾身の突きを放つ。


「なっ!?」

 咄嗟に半身に躱したマチルダの眼前を、木刀の先端が恐るべき速さで通過した。そしてつんのめったアメリアはそのまま地面に倒れ込む。アメリアは再度起き上がろうとしたが、もう体が思うように動かなかった。


「姫様ぁ!」

 ルーナはたまらずアメリアに駆け寄り、抱き起すと、治癒魔法を掛け始める。魔法で傷と疲労を癒しながら、ルーナはアメリアに語りかけた。


「姫様、私感動しました……。姫様にあんなガッツがあったなんて思いもしませんでした……」

「……ルーナ」

「木刀を当てる事はできませんでしたけど、あのガッツがあればきっといつか魔王様を倒せますよ! マチルダさんはダメでしたが、私がまた別の人に頼んでみますから!」

 するとそこで、ルーナの話をマチルダが遮る。


「……誰がダメだったって?」

「え? もしかしてマチルダさん、姫様に剣を教えてくれるんですか!? 姫様のガッツに感動して『全く、こいつの根性には負けたよ、明日からビシバシいくから覚悟しときな』ってやつですか!?」

「バカ者! そんな三文芝居みたいな理由で私が剣を教えるか! ……見ろ」

 マチルダは髪をかきあげ、ルーナに耳を見せる。

 マチルダの耳の先には小さな切り傷が付いおり、血が滲んでいた。アメリアの木刀はマチルダにかすっていたのである。


「約束は約束だ。時間が空いた時でいいなら剣を教えてやろう」

 そう言い残すと、マチルダは二人に背を向けて去ってゆく。


「やったーっ! 良かったですね、姫様ぁ!」

 ルーナはボロボロになったアメリアの手を掴み、ブンブンと振り回した。そしてアメリアは手の痛みを堪えながら、ニコリと微笑んだのであった。

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