父王から子供たちへ



 可愛い天使とのデートプランを練ろうとした矢先、僕は父上――つまり現国王からの呼び出しを受けた。


 父上の居室に呼び出されていたのは僕だけじゃなかった。ふたりの兄とシャルロットも同じく呼び出されていたのだ。人払いがされており、部屋にいるのは王族だけ。


「揃ったか……」


 ゴホゴホと咳の混ざった父上の声には張りも力もない。

 顔色も悪く、身体は以前の記憶よりも一回り小さく見えた。


「お前たちを呼んだのは他でもない。王位継承についてだ」


 王位継承。

 重い言葉を聞かされた兄たちの間に緊張が走る。王位には全く関係のない僕はそうでもないけど、ふたりには今後の人生を大きく左右する関心事のはずだった。


「そう遠くない将来、お前たち四人のいずれかが〈王の器〉を継承することになる」

「「はっ」」

「〈王の器〉っていうと……」


 兄たちが短く頷く横で、僕は思わず疑問を口にした。


「……あの、伝承にある神器じんきの、ですか?」


〈王の器〉。

 王位継承権を持つ王族の間でだけ語り継がれる伝説。そこに登場するシロモノだ。初代国王が創り出し、王となる者がその地位と共に継承する“王が王たる証”だと聞かされている。


 伝承に曰く、〈王の器〉は嵐を鎮めた。

 伝承に曰く、〈王の器〉は邪竜を倒した。

 伝承に曰く、〈王の器〉は飢饉から民を救った。


 僕が教わった伝承からは〈王の器〉が一体いかなる神器なのか、さっぱりわからなかった。伝承ごとに発揮している効果が全然違っているせいもあるし、具体的な形状については一切触れられていないせいもある。王笏なのか王冠なのか。はたまたもっと別の何かなのか。たぶん兄たちもわかっていない。


「その通りだ」


 と、父上ははっきりと頷いた。


「具体的にどのようなものなのですか?」

「継承すれば解る」


 父上はニヤリと口の端を歪めてみせた。王の威厳といったものとはかけ離れた悪戯小僧のような笑み。どうやら教えてはくれないらしい。


「継承すれば解るってさ、アル」

「私が継承した暁には貴様にも教えてやろう」


 兄たちは「お前は関係ないだろう」と言外に告げていたし、事実その通りだなと僕も思う。


「知ることができるのはひとりだけ、ってわかっているかな、クリストファー」

「兄上は魔法の研究がお忙しいでしょう。王の責務を全うできますまい」


 ふたりの間で火花を散らしている。おお、怖い怖い。近寄らないでおこう。

 父上はそんな兄たちの姿を黙って見ていた。どんな気分で見ているのか、父上の内心は知る由もない。


「――〈王の器〉は王たるに相応しいと考える者に自身を継承させる」

「は?」

「父上、今、なんと」


 今、父上が奇妙なことを言った。

 それって〈王の器〉それ自体が継承者を、つまり王を選ぶってコト……?


 父上は兄の疑問には答えず、話しを続けた。


。どうか力に溺れることなく、民を護り国を護ってくれ」


 父上は硬い表情に苦いものを滲ませた。


「私が床に臥せて長い。あれこれと課題も山積している。〈王の器〉に選ばれた者には苦労をかけるがよろしく頼む」

「「ははっ」」

「選ばれなかった者たちは善く王を支えてくれ」


 それで話は終わった。

 長く話せるような体調ではないのだろうけど、随分とあっさりしたものだった。できることなら色々質問したかったけれど、あまりにも具合が悪そうで躊躇われた。

 肺を破るような咳を響かせるのを聞きながら父上の居室を出た時、後ろからシャルロットに袖を引っ張っられた。


 僕に膝をつかせて耳元に顔を寄せ、最愛の妹はこう囁いた。


「シャルはアル兄さまがきっと次のおうさまだと思いますの」

「え? あ、あのね、シャル。僕のことを買いかぶるのはよしてね。あと、滅多なことを言うもんじゃないよ」

「はぁーい」

「わかってる?」

「わかってます。ふたりのナイショということですわね」

「わかってないよね」

「フフフフフ」


 ――数日後、父王は崩御した。

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