十二月十日   かんけり 下

空木先生へ


 来週の日よう日、待ってます。いそがしいようなら、むりしないでください。

 二回目の缶けりは井の川くんが見つけてくれました。とてもとてもおどろいていたので、かくれるのが上手みたいです。ちょっとだけ自信がつきました。缶はけれませんでした。頑張りたいです。

 空木先生と缶けりをするのを楽しみにしています。


✎﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


鈴宮さんへ


 無理はしていないので、安心してください。弟に、またあの大福が食べたいとせがまれているので、もっと早くに買いに行きたいぐらいです。

 二回目の缶けりは楽しめたようでよかったです。かくれるのも才能ですよ。自信を持ってくださいね。

 先生も鈴宮さんと缶けりをするのが楽しみです。


✎﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


 放課後、遠くで烏が鳴く中で缶を蹴る音が響く。小気味いい音は空木の耳にも届いた。あわてて振り返ると、缶は木の幹に当たって動きを止めている。


「あぁ、また蹴られちゃった」

「先生……隠れるのも鬼をするのも……」


 缶を蹴った辰次は同情の眼差しを向けながら、そこで言うのをやめた。そこまで言うならば、皆を言わずとも意味が取れる。

 辰次の的はずれな優しさは空木の心の傷に塩を揉みこんだ。

 二人まで見つけたのに、缶を蹴ったと同時に逃げたらしい。鬼も三回目となると、下手な空木にだって誰がどこに隠れているかだいたいの想像がつく。

 ただ一人を除いて。

 周りを軽く見渡した空木は辰次に視線を落とす。


「鈴宮さんが見つからないけど、井野川くん、知りませんか?」

「空木先生、ズルはだめだよ」


 辰次の切り返しに、うっと空木は呻いた。親に似て、彼は真面目な所がある。言い返すことのできない正論に、肩を落とした空木は缶を踏み、目をつむった。


「いーち、にーぃ、さーん」


 十まで数えれば、辰次の姿はない。

 生徒を指導するはずの教師が、終わることのない試練を与えられているようだ。

 夕日の半分が沈む頃、缶けりはお開きとなる。肩を落とす小さな背に空木は手を振るしかなかった。

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