27 狼の独占。



 スクリタは再び私を背に乗せると、アナスタの街の近くの森を駆けて、動物を狩った。

 それから、焚き火用の木の枝を拾い集めて、噛み千切った動物を魔法でつけた焚き火で焼く。

 動物は、野生らしい大鶏。

 すっかり陽が暮れた。

 焚き火と夕焼けで、私の目に映る世界は、橙色が混じった赤だ。

 綺麗だと、見惚れてしまった。


「ねぇ、スクリタ」

「もう少しで焼ける」

「いやそうじゃなくて」

「もう少しで焼ける」

「だからなんで焼いてるの?」

「腹が減ったから」


 ここで狩ったものを焼いている場合か。


「だったら、家に帰るなり、キャロッテステッレ国の城に行けばいいでしょう?」

「……」


 何故か、スクリタは漆黒の大狼の姿のまま。

 それでよく支度が出来たものだ。魔法も使っていたからな。

 狼の姿でも、露骨に呆れた顔をしたのがわかった。


「何よ、その顔」

「嫌だ」

「嫌ぁ?」


 私は聞き返す。

 ぷいっと大きな狼の顔がそっぽを向いた。


「アンタが回復するまで、歩いていく」

「いやいや、家には魔力回復薬がなかったけれど、キャロッテステッレ国の城ならあるでしょう? 転移魔法使ってよ」

「ほら、いい具合に焼けた」

「わぁー上手に焼けましたぁ……じゃなくて!」


 ひょいっと浮かして私の手元まで飛ばしてきた鶏肉を受け取ってしまう。

 本当にいい具合にこんがりと焼けている。

 食べ物を粗末にしてはいけない。だから、噛み付いて頬張る。


「……こうして過ごすのは、初めてだよな」


 同じく鶏肉を咀嚼するスクリタは、そう言った。


「アンタに世界中連れ回されたけど、それは平和になった景色を確かめるためだったり、誰かを何かから救うためばかりだった。こうして野宿するのは、初めてだよな」

「ん……そう言えば、そうだね」


 肉の油でべたっとした口元を手で拭いつつ、私は頷く。


「これから、こんな時間を増やしていこうぜ。いいだろう?」


 スクリタは、もう一つ、鶏肉に噛み付いた。


「もう……眠ったりしないよな?」

「……」


 私は、何も言えなかった。


「……。ごめんね、あんな姿を見せて」


 沈黙したあと、謝罪を絞り出す。


「アンタ、謝ってばっかりだ。あの日も、あの時も、謝ってばっかだった」


 スクリタは、顔を背ける。

 なんとなく、泣いている気がした。

 手を伸ばして、その背を撫でようとしたけれど、手はべったりと肉汁にまみれている。


「……それで? その姿は、なんなんだよ?」

「わかんない」

「はぁああ?」


 スクリタが呆れ顔を、再び向けて来た。


「十年前に作って飲んじゃった不老不死の薬の影響らしいけれど、詳しくはわかんない」

「不老不死の薬だと? じゃあアンタは不老不死の薬で一回死っ……眠ったってことかよ!?」


 死んだ、とは言いたくないらしく、眠ったと表現するスクリタ。


「なんでっ!! あんな血を吐いたんだよ!!?」

「それはあくまで推測だけれど、若返るために必要な過程だったのかもしれない。または不死の者になるための過程」

「若返る? 不死の者っ?」


 ステータスについて、話そうとしたけれど、スクリタは大きな顔を振った。


「ああ、もういい。何度も同じことを言うのも面倒だろ。エグジ達と会ってから、説明してくれ」


 エグジ達と合流してから、話を聞くそうだ。

 スクリタは水の塊を魔法で作り出してくれたので、私は手を洗った。

 最後の鶏肉を食べ終えるとスクリタは、ぼそっと言う。


「……アンタのから揚げが食べたい」

「それなら、キャロッテステッレ国の城に送ってくれれば、作ってあげたのに」

「嫌だ」


 だから、なんで拒むかな。


「……そう言えば、よく私を見付けられたね」

「匂いを追った。初めはクソ魔王がアンタを奪っていったのかと思ったが……その形跡はなかった。とりあえず、アンタの匂いを辿ってきたら、魔力を感じて見付けたんだよ」


 やっぱり匂いで認識しているのかしら。獣人族って。


「魔王と言えば……シャンテが私に蘇生の魔法を使おうと、キスしたって聞いたけれど」

「!! あれはキスにカウントしねぇええ!!! 人工呼吸と同じだ!!!」


 悪魔の嘘だとは思わないが、なんとなく確認したくて聞いた。

 全力であれはキスのうちに入らないと怒鳴られた。

 確かに人工呼吸と同じだとは思うが、声大きい。


「……すまねぇ。アンタが眠って、完全に油断してた。危うくアンデットにされるところだった」


 しゅんと顔を俯かせると、謝ってきた。


「アンデットは嫌だねー……私を不死の者に作り変えている最中だったから、蘇生の魔法を弾いたのかしら」

「……。なぁ、リリカ」

「ん?」


 推測を立てていたら、スクリタに呼ばれる。

 顔を向き直すと、ちゅっ。

 大狼の黒い唇が、私の唇に当たった。


「――――これは、カウントしておけよ」


 意味がわからなくて、私は固まる。


「腹も満たされたし、寝るか。ほら、オレに寄り添え。あったかいだろ」

「? あ、うん」


 大きな狼は私の後ろに回ると丸くなった。

 確かにこのもふもふなら、十一月の寒さにも耐えられそう。

 なんだったんだろう。今のキス。

 ちょっと少しの間、宇宙猫になった気分だった。

 でもお腹も満たされた私は、満天の星空を見上げながら、うとうとしながらもふもふに包まれて眠りに落ちる。


 パチン、と焚き火の枝が、折れた音が私を意識を浮上させた。


 起き上がると、朝焼けだ。水色の空と地平線に金色の太陽が眩しい。

 ぽけーっと見つめたあと、目元を擦る。小さな手だと気付く。

 まだ小さいままだ。幼い子どもの姿。


「……」


 振り返れば、黒いもふもふ。


「……?」


 昨日からずっと獣の姿だ。

 なんでだろう。

 ……。

 私は好奇心で、スクリタの顔に触れた。

 そして、魔力を軽く注いで、変身させる。

 青年の姿に変わったスクリタは――――やつれた顔をしていた。イケメンが台無しの酷く疲れた顔。

 目元の黒っぽいクマが酷い。寝ていないんだ。

 魔力を注いだのに、起きもしない。

 ああ、きっと。この顔を見せたくなかったのだろう。

 私はもう一度、魔力を注いだ。

 そして、獣の姿に戻した。


「……ごめんね」


 私は両腕で抱き締める。


「ごめんなさい」


 スクリタだけじゃない。

 絶対、私を取り戻そうとしたのだろう。

 エグジとアルテも、こんな状態なのかもしれない。

 不眠不休で、方法を探していた。

 私を取り戻す魔法を――――。

 悲しい悲しい苦しみを与えただけじゃない。

 ずっと、無理をさせているんだ。

 早く会わないと。

 エグジに失ったと思った居場所はちゃんとあると教えてあげなくちゃ。

 安らかにはいられないと言っていたアルテにも。

 弟子だけじゃない。

 私の友にも、会わなくちゃ――――。


「んっ、んんっ? なんだよ……寒いのか?」


 少しして、スクリタが目を覚ます。

 抱き付いている私が寒がっていると思い、また焚き火に火をつけた。


「スクリタ。キャロッテステッレ国の城に行こう。エグジとアルテにも会わなくちゃ」

「……」


 起き上がったスクリタは、露骨に嫌そうな顔をする。


「スクリタ、お願い」

「なんでだよ!! いいじゃねーか!!」


 スクリタはぶるぶると身体を震わせて、声を上げた。


「少しぐらいオレに独占させろよ!!」

「……スク」


 独占か。もう二十四歳なのに、子どもみたいなこと言って……。


「……ごめんね、スク」

「謝んな!! もうっ! もう謝んな!!」


 聞きたくない、と言わんばかりに声を荒げた。


「謝らなくていいから、オレだけのそばにいてくれよ」


 私に大きな顔を押し付けてくる。

 すると、黒い煙が充満した。大きな狼から姿を変えたスクリタが、私を抱き締める。

 両腕できついくらい、抱き締めてきた。

 泣いている気がして、私はそっと背中を撫でる。


「……腕の中におさまるアンタ、可愛い」


 むぎゅーと、さらに締め付けてくる。


「いや、元々スクの方が大きいでしょ」

「前より、もっとずっと可愛いサイズ」


 ふっ、とスクリタが笑った。

 そして、すりすりーと頬擦りをしてくる。


「スク……」

「ん?」


 スクリタが、スンスンと鼻を当てて、首を吸い込んだ。


「発情期なの?」

「……」

「薬飲み忘れた?」


 獣人特有の発情期かと思った。

 昨日のキスといい。きっとそうだろう。


「私の調合は、ちゃんと覚えたでしょう?」

「……はぁー」


 スクリタがどでかいため息をついたから、首にかかってしまう。

 くすぐったい。

 でもむぎゅっと締め付けられたままだから、身動き一つ出来なかった。


「がぶっ」

「いたっ!?」


 ギョッとしてしまう。

 私の首に、スクリタは噛み付いた。

 なんてことをしてくれたんだ。


「アンタ自身で転移魔法が出来るほど回復するまで、オレに独占させてくれ」

「……でも、スク。エグジもアルテも、苦しんでいるでしょう? あなたと同じように」

「……」


 ぼんっと黒い煙に包まれる。

 大きな狼の姿に、変わった。

 やっぱり、顔を見られたくないのか。


「そう長くはかからないだろう。次の街に行こうぜ。腹空いてるなら、何か狩るぞ?」

「そうだね……わかったよ。今日だけよ?」


 大きな狼が、口角を上げて笑った気がした。

 片時も離れたくないらしく、私を背に乗せて、狩りをする。

 丸々太った野ブタを捕まえたけれど、私とスクリタでは食べ切れない。

 そばの街で、残りは売ろう。


「アンタと出逢う前……親父と暮らしてた時は、こうやって一緒に食べていた。毎日、毎食……」

「初耳」


 摘んだハーブと一緒に焼いた豚肉にかぶりついた。


「初めて言った」


 スクリタは、しれっと言い退ける。


「お父さんと過ごした日々を思い出す?」

「懐かしいが、別に恋しくはない。だが、こうしてアンタと過ごす時間が増えるのはいい」

「そんなに私を独占したいの?」

「当たり前だろう」


 ちゃかしたかったが、スクリタは当然と返す。

 驚いてしまった。


「あなた、いつから素直になったの?」

「誰かさんが死んでからだよ」

「……」


 意地悪を言う。

 むすっとした。

 だが、失ってから、大切さを知るものだ。

 もっと独占するべきだって、思ったのかもしれない。

 私はまた水を出してもらい洗ってもらったあとに、精一杯大きな狼を抱き締めた。

 大きさのせいで、しがみついているだけにしか思えないだろう。


「街に行きたいのか?」

「……」

「ほら、乗れよ」


 スクリタが頭を下げて、乗るように促した。

 私は跨って、黒い毛を握り締める。

 草原を駆け抜けて、次の街へと向かった。

 気持ちいいものだ。スクリタは生き生きと走っていくし、風の中を抜けていくのは楽しい。

 大狼の姿のまま、スクリタが街に入るものだから、私は魔力を注いだ。


「何しやがる!?」


 人の姿に戻ったスクリタの背から、私は落とされた。


「ぶへっ!」

「全く!」

「あなたのクマなら、寝ている間に見たわ!」

「なんだと!?」


 スクリタが必死に顔を隠すから、私は明かす。


「スク……もしかして、そんな顔をしたエグジやアルテを見せないために、時間稼ぎしているの?」

「は? ちげーよ。独占したいだけだ」


 ちょっと過ったけれど、何を言ってんだって顔をされた。

 エグジやアルテの辛そうな顔を見せないためかと。

 私への気遣いかと思ったんだけどなぁー。

 まぁ、連絡してないみたいだし、それはないか。


「わかったわ、ほら」


 手を差し出す。


「手、繋ぎましょう」

「……おう」


 スクリタは、私の手を取ると握り締めた。

 ちょっと疲れた顔で笑う。

 ナスタシアという街は、ブラウンの煉瓦の落ち着いた街並みだ。

 そこをデートするように、練り歩いていく。

 兄妹にしか見えないだろうけれど、スクリタは嬉しそうだった。


「おい、リリカ。あれ食べようぜ」


 屋台で売っている食べ物を買っては私とシェアをする。

 次は、私の服を買うと言い出して、子ども用の仕立て屋へ。


「可愛いな、次」


 スクリタが次から次へと注文したから、仕立て屋は大忙し。

 右へ左へと駆けては、仕上げてくれる。


「スク。何着買うの?」

「当分は必要だろう? ……成長するか知らねえーけど」

「スク……成長はすると思う」

「本当かっ?」

 

 ぱぁっとスクリタが目を輝かした。

 やけに喜ぶ。そう思えば。


「永遠にぺちゃぱいは可哀想だもんな」


 なんて問題発言をした。

 なので、突発的に、私はグーでパンチをかます。

 魔法壁をすり抜けておく。

 椅子に腰かけていたスクリタは、ひっくり返る。

 自分でも驚いた。こんな小さな身体に、そこまでの威力があるとは思わなかったのだ。

 覗き込んでみれば、スクリタは気絶していた。

 どうやら、クリティカルヒットしてしまったらしい。


「おーい、スクリタ? スク? あらら……。ごめんなさい。起きるまで、ここにいさせて」

「大丈夫です、ドレスの仕上げをしますので、ごゆっくり」


 仕立て屋さんはそれどころじゃないみたいに、スクリタが買うと言った服の仕上げに取り掛かる。

 山積みだ。

 しばらくスクリタが起きるまで待ったが、なかなか起きない。

 なんと、彼は寝息を立て始めたのだ。

 寝不足のせいか。寝ちゃったよ、この子。


「完成しました! お客様!!」


 やり切った感を満面に出した笑みで、仕立て屋さん一同は言う。

 私は持ってきていたお金で支払ったあと、山積みの服を見上げる。

 収納魔法を使うか迷ったが、転移魔法を使う方がいいと思い立った。

 思い立ったらすぐ行動。

 私はスクリタを右手に、山積みの服を左手に当てて、唱えた。

 キャロッテステッレ国の城へ。


「”――トゥルナーレ――”」


 きらりと黄金色のラメの煙が巻き上がる。

 成功と思われたが、次の瞬間、私はキャロッテステッレ国の城を見下ろしていた。

 空中にいる。やばい。

 そう思った瞬間には、落ちていた。

 幸い、バルコニーが近かった上に、大量の服が先に落ちてくれたおかげで、クッションになってくれる。

 まぁ、服なので、そこまで落下の衝撃を和らげたわけではない。

 よく見れば、先にスクリタが落ちたらしく、私は下敷きにしてしまった。


「うっ……」


 ほんのちょっぴり呻いたが、がくりと力を抜かす。


「スクー!!」


 しっかりしろ!!

 揺さぶろうとしたが、騎士達が駆けつけてきた。


「侵入者だ!!!」

「何者だ!!?」


 今まで顔パスしてきたのに、城の侵入者だと言われてしまう。

 私は天才魔導師凜々花だと、誰が信じてくれるだろうか。

 スクリタの言うようにぺちゃぱいになってしまったし、三十歳も若返ってしまった。

 しかも、私は転移魔法も簡単に使えもしない状態。

 わかるわけがないだろう。

 弟子でも友人でも。

 あ、スクリタがいる。

 スクリタを、はたき起こそう!


「スクリタ様が倒されているぞ!? 気を抜くな! ただの子どもじゃないぞ!!」


 スクリタに気付くと、騎士達が警戒を深めた。

 起きろ! スク!! 説明してやってくれ!!



 

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