08 守護獣誕生。(エグジ視点)


 エグジ。

 初めは、その名前しか持っていないと思っていた。

 でも孤児院の子どもにいじめられて、暴走した時に、多すぎる魔力を持っていると知った。

 院長は、おれを魔物の子どもだと罵った。魔物の血を受け継いでいると。

 そして、罰を与えた。

 痛かったし、怖かった。

 ずっと続くのかと思っていた。

 でも、違った。

 暴走した魔力で出来た炎も、つけられた傷さえも消し去ってくれた人は、おれを嫌いな場所から連れ去ってくれたのだ。

 その人は、なんというか。

 子どもみたいな人だった。

 大人の女の人だけれど、でも中身は子どもみたいに、笑うんだ。

 触れてくれる手も、おれの火傷を治してくれた時の唇の感触も、魔力も、あったかかった。

 魔王を倒して、この世界を救ってくれた勇者一行の一人。

 天才魔導師リリカ。

 孤児院の子どもであるおれでも、知っている。

 この世界を救ってくれた人は、おれのことも救ってくれた。

 おれの居場所を、探してくれるのだと。

 太陽の光をたくさん浴びることの出来る明るい場所へ。

 でも、連れていかれた場所は、なんとお城だった。

 おれみたいな孤児がいていいような場所ではないってわかっていたけれど、他に行く宛てもない。

 彼女――――リリカ様は、弟子を探している。

 それを知ったのは、国王陛下と会った時だった。

 おれなんかが、天才魔導師の弟子候補。

 国王陛下と会った時と同じ。恐れ多いと思った。

 でも、リリカ様は直接、言ってこない。

 弟子になれとも、弟子にならないかとも、言わない。

 ただおれを連れて、魔導師の研究室を出入りしては、見せてくれた。

 研究室の中には、興味はあったけれど、それより視線が痛い。

 弟子なんて認めない。そう言いたそうな目。

 おれは、歓迎なんてされてなかった。

 ここは違う。きっと。おれの居場所じゃない。

 リリカ様は、何を考えてるんだろう。

 疑問で一杯なまま、絵を描いていた。孤児院で描いた絵は、おれが燃やしてしまったから、また描く。

 おれの空想の友だち。いつか現実化したらいいなって思っていた。

 リリカ様は、横に腰を下ろすと、また無邪気に笑いかける。

 そして、とんでもないことを言ったんだ。

 いつかじゃなく、今。

 現実化するべきだ、と。

 ちゃんとわかってくれていた。

 おれが、魔法で作り出したいのは、生きているものだって。

 そして、種族名を決めさせてくれた。

 守護獣。

 それが、これから作り出す、友だち。

 わくわくしながら、おれは書物を読んだ。

 でもすぐには完成しないのだろう。

 何日かかるかな。それとも何ヶ月。

 さっきまでおれはこんなところにいたくはなかったのに、この魔法の完成まではいたいと思えた。

 ここにいたいと思ったのだ。

 リリカ様のそばにいたいと思えた。


「あの、リリカ様」

「なんだい、エグジ」

「今、何をしてるの?」

「命の源を作ってるところだよ」


 書物を読んでいるおれのすぐ横で、リリカ様は魔法を発動させては、魔法鍋とかいう鍋をぐつぐつと煮込み、何かはわからない液体を流し込む。

 その動きはとてもてきぱきしていて、何をしているかはわからないけれど、すごかった。

 一番おじいちゃんな魔導師の人も、興味深そうにリリカ様の手元を見つめている。

 邪魔しないように、黙って見守っていた。


「命の源? じゃあ、守護獣の命と、どう違うの」

「んーっと。ここに種があるでしょう?」


 くるりとひねった手を開くと、リリカ様の手の中には一粒の種がある。

 おれが確認したと頷くと、きらりと黄金の煌めきが放たれた。

 おれは知っている。リリカ様の魔力だ。

 忽ち、種は芽吹いた。


「言い直す。命の種を作る。種を成長させる魔法は、そこに書いているはずだよ。早く覚えて。もうすぐ出来る」

「えっ! えっと、わかった!」


 もうすぐ出来るって。どういうことだろう。

 とにかく、種を成長させる魔法を探して、それを覚える。

 正しくは、成長を早める魔法だ。魔力を栄養にして、成長させ、芽を出させる。


「あの、読んだけれど」

「よし、じゃあ、実践」

「えっ!?」


 別の種をおれの手に持たせたリリカ様は、魔法を発動させろと言った。


「おれ! 魔力の使い方知らないよ!? また暴走するかも!!」

「何言ってんの? エグジ。私の魔力に触れたことあるでしょう。それを自分の中に感じればいいよ」


 手を包み込んでくれるリリカ様が言うけれど、おれには使える自信がない。

 確かに、リリカ様の魔力を感じ取れる。

 温かい太陽の光を、肌で感じるのと同じ。

 でも自分の中で血の流れや熱を感じることは、普通出来ない。


「自信を持ちなさい。じゃないと生まれないわよ。あなたの友だち」


 リリカ様は茶色の瞳で真っ直ぐに見つめながら、言った。


「これから、あなたは友だちの命を作るの。あなたを守り抜く強くて素敵な友だちに、自分の命を分け与えるつもりで魔力を込めなさい」


 自分の命を分け与えるつもりで……。

 どうやら、これは試しに、種を芽吹かせるためではないらしい。

 本番。すごい緊張を感じた。プレッシャーってやつだろう。

 よくよく見たら、手の中に入れられたのは、種なんかじゃない。

 半透明な粒。

 もしかして、書物を読んでいる間に、さっき言っていた命の種を作り上げてしまったのか。

 命の源。これを上手く出来なければ、守護獣は誕生しないのかな。

 おれの手にかかってるの?

 ずっと思い描いていた友だちを、今、この手で、生み出せるの?

 手が震えた。でも、ぎゅっとその手を、包み込んでくれた。

 リリカ様の温かい手だ。


「私の魔力を感じて。追いかけるように、魔力を流すの」


 祈るように、手を合わせた。


「願うの。心の底からね。あなたを守ってくれる、強くて、素敵な友だちの誕生を」


 大丈夫。そう言っているかのように、微笑んだ。


「エグジ。出来るよ。やれる?」


 出来る。どこから自信がくるんだろう。

 おれは魔力を暴走させたことしかないし、魔法を使ったことなんてないのに。

 それなのに、どうして、茶色い瞳は揺るがないのだろう。

 おれはおれを信じられなかった。

 でも、それでも。

 リリカ様のことなら、信じていいと思えた。

 リリカ様が出来ると言い切るなら、きっと出来るんだ。

 だから、身を委ねることにした。


「うんっ!」


 強く頷けば、無邪気な笑みを溢す。

 子どもみたいな、そんな笑み。


「ふーっ」


 リリカ様が重ねた手に息を吹きかけた。

 魔力を感じる。リリカ様の温かい魔力だ。

 手の中に、巡っていく。

 その動きを追いかけるように、おれも魔力を流す。

 おれにも出来る。きっと出来る。

 そう言い聞かせながら、必死に温かい魔力を追いかけた。

 黄金色のキラキラした光が、隙間から零れ出る。

 リリカ様が魔力を注ぐことをやめた。おれも止める。

 そして、掌を開いた。

 白かったはずの粒は、金色の粒に変わっている。

 てっきり、芽吹くのかと思った。

 だから失敗したのかと不安が過ったけれど、リリカ様を見たら、目を輝かせている。

 さっきの光よりも眩しいくらいに、キラキラと目を輝かせた、満面の笑みだ。


「成功だよ! エグジ! これが君の友だちの心臓になるんだよ!」

「心臓……?」

「そう! 命なんだよ!」

「いのち……」


 おれの手の中に、命がある。

 それはとてつもなく、緊張が走るけれど、怖くはなかった。

 ただ、きっと、すごいことが起きたことは理解出来て、息をごくりと呑み込んだ。


「次の段階に取り掛かろう!」


 待ちきれないと言わんばかりに、急かすリリカ様はおれから手を離す。

 おれは、しっかりと命を自分で持った。


「ほら、これ飲んで」

「何これ?」


 棒状のものが差し出される。飲み物らしい。

 手が塞がっているから、おれの口につけてちょっと強引に飲ませてきた。

 甘い。果物の甘さじゃないな。砂糖に近い。


「超魔力回復薬だよ。今ので多分、三分の二は魔力減っただろうから」


 研究室の中にいる魔導師達が、ざわつく。

「あんな子どもに超魔力回復薬を!?」とか「例の完全回復の!?」と驚いている。

 よくわからないけれど、おれ、なんかとんでもないものを飲まされたのかな……。


「これからだよ!」


 そんなざわめきなんて、全然聞こえてないみたいに、はしゃいでいるリリカ様。

 やっぱり子どもっぽいな……。

 近い年だったら、きっと、おれはこの人を……。

 な、何考えてんだ!? おれ!


「どうしたの? 顔真っ赤だけど。超魔力回復薬にそんな副作用があったっけ?」

「な、なななんでもない!!!」

「え。声でか。……そう、問題なく、友だちを誕生させられそう?」


 全力で誤魔化した。

 リリカ様は少し引きつつも、気を取り直した様子で、絵を突き付けて来た。


「この子の幼少期を想像して」

「幼少期?」

「そう、生まれたての姿。そうすれば、互いに負担が軽いはず。さっき話した生き物を形にして攻撃する魔法もね、まずは小さく生み出して、徐々に大きくするの。その手の中にある心臓を胸の中に埋め込んで息を始める守護獣は、これから君とともに成長をする。わかる?」


 おれはリリカ様の言葉を理解したことを示すために、何度も頷く。


「よろしい。では、始める」


 リリカ様は、その場でターンをした。

 いつの間にか、深紅の石をつけた杖を手にして。

 ローブをはためかせて、髪を掻き上げては、ぺろりと自分の唇を舐めた。


「お、おれは何をすれば?」

「思い描いて。これから生まれる友だちを。あとは任せて」

「わ、わかった!」


 リリカ様が任せてと言うんだ。

 おれは出来ることを精一杯やろうと、目を閉じて想像する。

 絵に描いた空想の友だち。その子の生まれたての姿。

 リリカ様が、何か唱えている。子守歌を歌うような、優しい声だ。

 ドックン。

 手の中の命が、心臓が、脈を打った。

 ドックン。ドックン。

 目を開くと、ピンクと赤と青の線が、渦を巻きながら、心臓を囲っていく。

 ふわふわとそよ風を起こすのは、きっとリリカ様の魔力だ。

 リリカ様の温かさが充満したそこで、おれの手の中で誕生する。

 おれが思い描いた空想の友だち。

 ううん、もう、それは現実だ。

 両手に、重さはあまり感じられない。

 けれど、そこにいた。

 魔力で作り上げた友だち。

 守護獣。その赤ちゃん。

 鳥のような顔と翼を持つ四本足の生き物。絵に描いたほど長くはない足。

 大きな瞳は黄金色で、羽根はピンクと赤と青の三つの色に艶めく。

 生きている。呼吸を感じた。温もりも。

 夢だった。いつか。いつか、遠い将来。

 魔法で空想の友だちを作り上げること。

 きっと何年も研究室にこもって、おじいちゃんになった頃に完成させるはずだったことだろう。

 それなのに、リリカ様は半日でやって退けた。

 天才魔導師。そう呼ばれる理由を目の当たりにした。


「流石私。天才」


 満足げに無邪気に笑うリリカ様を見て、おれは望んだ。


「かっわいー! なんて名前つけるの? エグジ」

「え、えっと……リリカ様が、つけてくれる? この子に、リリカ様から名前をあげてほしい」


 大事に抱えた守護獣の赤ちゃんの名前を、決めてほしいと頼む。


「世界にたった一匹しかいない守護獣の名前をつけられるなんて光栄だね! そうだな……エランなんてどうかな? 発光しているでしょう? 古い言葉では、ランが発光。そしてエグジのエをつけて、エラン」

「エラン! うんっ! エランって呼ぶ! エラン!」


 おれの名前から取ってつけてくれたエランの名前を呼ぶ。

 エランは目を瞬かしては首を傾げたけれど、キューキューっと返事をするように鳴いた。


「リリカ様! ありがとう!!」

「いやいや、アイデアをくれたのはエグジだよ。君の初めての魔法だ。新しい魔法を初めての魔法なんて、絶対大物魔導師になるね」


 リリカ様がにんまりと笑いかけながら、エランを指先で撫でる。

 生みの親だってわかっているのか、気持ちよさそうに目を細めた。


「リリカ様が大物魔導師に育ててくれる?」

「え?」


 おれは、きっとまた顔を真っ赤にしただろう。

 熱を感じながらも、おれは望んだことを口にする。


「天才魔導師リリカ様の弟子にしてください!! お願いします!! おれっ、おれの居場所! リリカ様のそばがいい、と思ったんです!!」


 リリカ様は、目をまん丸に見開いた。

 リリカ様のそばにいられるなら、弟子にしてほしい。

 居場所なら、リリカ様のそばがいい。

 そう望んだんだ。

 こんなにも偉大な天才魔導師の弟子が務まる自信なんてない。

 それでも、もう独りではないのだ。

 きっと、大丈夫。

 エランと一緒に、恥じない弟子になってみせよう。

 天才魔導師リリカ様の弟子として、大物魔導師になってみせる。


「……」


 じっとおれの目を見つめたあと、リリカ様は微笑んだ。

 やっぱり子どもっぽい、無邪気なそれ。


「いいよ。じゃあ、今から師弟関係だ。師匠と呼びたまえ、初弟子くん」


 ふふんっと笑って、手を差し出してくれた。

 リリカ様は、おれの師匠になってくれたんだ。

 やっぱり温かい手を握って、おれはちょっとだけ泣いた。



 

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