カクヨムメールSS@一人の日常

 犬飼いの朝は早い。


 山の中、リシュと一緒に歩く。リシュ的には走ってるのかもしれないけど、ころころとまろぶようで、そう速くない。青灰色と白の毛色の子犬、出会った頃を思うと本当に元気になった。


 山の中で変わったものを見かけると、そっちに気を取られて走ってゆくこともある。気を取られるものは、晩の風で折れた枝だったり、転がった石だったりする。走って行っては俺が進んで離れていることに気づいて、慌てて戻ってくるを繰り返す。


 楽しそうで何より。うちの子かわいい。


 俺は俺でツタを払ったり、いつも歩く場所に落ちてた石をエクス棒で転がしてどけたり、山の簡単な手入れをしながら歩く。


 『家』のあるこの山は、神々とも呼ばれる力の強い精霊からもらった場所。俺の許可がないと生き物は出入りできない、世界からはちょっと隔離された安全な寝床、安全な活動場所。


 こっちの世界で親しい人もできたけど、未だ誰も入れたことがない。全部見せる必要もないし、四六時中一緒にいるわけでもないしね。


 用意された建物やら設備の規模的に、神々はここに村か町でも作って欲しかったっぽいのが透けて見えるけど。それは他のとこでやってるから、諦めて。


 山の中、歩くコースは大体食べられる草木がある場所、時々コースを外れて新しい発見も。今の時期は実がなってるものはないけど、手入れはしとく。というか、冬枯れの後、芽吹きの前のこの時期が一番手入れがしやすい。


 あ。豚くん。


 目があった豚くんが必死で地面の匂いを嗅ぎ始める。いや、食わない、食わないからね?


 小屋はあるけど、家畜は放し飼いにしている。うちの家畜たちは頭が良くて、夜には小屋に戻るし、畑を荒らすこともない。


 鶏は卵を産んでくれるし、山羊は生えて欲しくない場所の草を食べてくれるし、羊は羊毛がとれるし、牛は子牛もいないのに乳を出してくれる。そしてこの豚くんは地中のトリュフを探してくれる。


 若干、肉にされないために必死に見えるのがこの豚くんだ。役に立つところを見せようとしているのか、俺と会うとトリュフとかキノコのある場所を見つけて案内しようとしてくる。


 こっちの世界に来てから、動物の解体に慣れたことは確かだけど、でも慣れる前にここに連れてきた動物については、俺にとって家畜じゃなくてペットなんだよね。


 ちゃんと豚くんのために、どんぐりを落とす木もたくさん植えたし可愛がってるつもりなんだけど。うん、イベリコ豚ってどんぐりたくさん食べて美味しくなってるんだっけ?


 びくっとする豚くん。


『もう冬トリュフの時期も過ぎてるだろ? また夏になったらお願い』

そう声をかけるとあからさまに緊張が解けた様子の豚くん。夏までは命の保証がされた――みたいな。


 というか、俺、豚語話してる? それともうちの家畜は精霊が憑いてる? 豚くんの勘が異様にいい? どれ?


 うちの家畜について考えつつ、帰りは沢に沿って降りる。岩だらけで高低差もあるけど、俺の身体能力なら平気。リシュも軽々と跳ぶ、忘れがちだけどリシュは精霊だから、その気になれば体の重さからは解放されるのかな? 


 なんかこう、水が流れてるのってちょっとわくわくする俺です。イワナとヤマメは『食糧庫』にいたやつを放したんだけど、アユは迷ってる。アユは海で育って川を登ってくるんだよね? でも琵琶湖で暮らすのもいるらしいし……。


 この山に許可なく生物が入ってくることはないけど、出ていくこともない。なので安心して生態系を変えてます。あの時、海に面した場所を選んでいればもっとこう……っ!


 とりあえず、エクス棒と渓流釣りならぬ渓流手掴みをする予定でいるんで、イワナとヤマメには頑張って増えて欲しい。


 途中、以前植えたセリとミツバがもりもりと育っているのを見つけて、収穫。精霊がセリの隙間から自慢げにこっちを見ている。


『ありがとう』

お礼を言って、魔力を少し譲渡。


 手入れをしてないのにここまで綺麗にわさわさ育ってるのは、精霊がいてくれるおかげ。


 ちゃんとセリだよね? 毒セリとか混じってないよね? ちょっと不安になって根っこを確認してしまったのはナイショ。【鑑定】もしたし、大丈夫。


 精霊は悪気なく色々仕込んでくることがあるので、注意が必要なのだ。俺と相棒のエクス棒の意思が精霊たちにある程度伝わってるんで、今のところ酷い悪戯はないんだけど。


 ちょっと芽キャベツが金色だったとか、そんな程度だから大丈夫。大丈夫なはず。最初に金の林檎を見つけた時は、どんな味か本当に食べられるのか気になって、ウサギ林檎にしてみんなにもってって叱られたけど。


 いや、あの時はなんで食う方向に持ってくんだって言われたんだっけか。おいといてもダメにならないし、魔石より優秀な魔力供給源とかで国宝級だとかなんとか……。さすがファンタジー林檎。でも林檎だもん、食うよね?


 畑の見回りをしつつ、朝ごはんの材料を収穫。飛び回っている精霊のおかげで、山も畑も手入れが楽ですごく助かっている。


 自給自足がスローライフなんて誰が言ったんだろう? 時間に追われず? 人によるかもだけど、時間が決まってる生活の方が楽なんじゃない? 農業生活、天候によって作業のタイムリミットが突然決まったりするぞ?


 精霊の助けとこの特殊な土地がなかったら、忙殺されてるとこだ。広いのもあるけどね。神々にもらった力と体力、おもに農作業に使ってます。


 さて、朝ごはん。

 

 ミツバは茹でたササミを割いて、ワサビ醤油で和える。セリは天ぷらにしよう。雨の日で散歩がお休みの日は、胃に優しいものを食べるけど、今日はよく歩いたしお腹が減っている。朝っぱらから揚げ物でも平気! 


 他は畑で採ってきた空豆、『食糧庫』から出した筍――白身魚はメゴチでいいかな? レンコンに海老を潰したのを挟んだやつもいっとこう。あとはどうしよ、ああ、山芋も追加で。


 空豆、皮が柔らかい。時期が進むと皮が硬くなって剥くのが大変なんだけど、走りの時期の今は剥きやすい。


 それぞれ下処理して笊に綺麗に並べる。


 揚げながら食べよう。胡麻油を鉄鍋にどばっと、銅の鍋のほうが熱伝導がいいとかなんとかあるんだっけ? まあいいや。


 氷の上に衣用の液、バットに粉を用意。小鉢に塩とレモン、だし汁も用意。バーカウンターにあるような背の高い椅子に座り準備OK。


『火加減お願いします』

普段は自分で見るけど、食べながらだと忙しいのでズルして火の精霊に頼む。


 火の精霊は真っ赤なトカゲの姿をしてることが多いんだけど、今日の精霊は炎で作られたような小さな女の子。髪とスカートの端が揺らめく。


 了承してくれたのか、鉄鍋の下に潜り込んで火と戯れ始める。ちょっとすると、鍋の下からこっちをのぞいて首を傾げる。


 菜箸を油につっこんで、泡の出方を見る俺。先から細かい泡が出てるけど、もう少し。油に突っ込んでる全体から泡が立つまで――


『うん、これくらいでお願い』

俺の言葉を聞くと、火の精霊がにっこり笑ってまた鍋の下にひっこむ。


 薄く衣をつけたセリを早速揚げる。セリは綺麗に洗った根付き、半野生なせいもあってか風味も苦味も強くてクセになる。


 そして背徳の朝酒。匂いとか味にクセのあるものって酒が進むと思うのは俺だけ? 雰囲気に流されてるだけかもしれないけど。


 筍は土から顔を出さないうちに収穫した小さなものを4分の1に切ってある。食べると、なんかほんのりヤングコーンみたいな味。メゴチは身がふんわりとやわからくて、骨まで食べられる。


 箸休めにミツバとササミの和物。ミツバのいい香り、鼻に抜けるワサビのツンとくる辛さ。これも箸休めにぴったり。


 さっくっと歯切れのいいレンコン、後から広がるエビの味。山芋もさくっとほくっと、他の天ぷらと歯応えが変わっていい感じ。


 口の中の熱さとほんの少し残る油をお酒で流す。はあ、幸せ。




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