第53話、授かった者を苦しめる、黒い翼の真なる意義は
そこは、地の国で一番地下深い、深遠なる水たゆたう場所。
クロイ……いや葵は、何も見えない闇の中。
まるで宙にでも浮いている気分になりながら、その闇よりも黒い本物の闇の翼を広げ、水の流れるままになっていた。
その流れは激しく荒い。
間断なく波がたち、天井から降ってきた岩塊が、水を深く穿ち沈んでいく。
その、天井が落ちてくるのも時間の問題だろう。
「……これで、何もかもうまくいく」
城が落ちてぺしゃんこになれば、流石に死ぬだろう。
この世界に足を踏み入れた『旅人』のように、その命を助けるものがないのだから。
自分が死ねば世界は、大切なみんなは救われる。
どうしてそんな簡単なことに気付かなかったのだろうと葵は思う。
気付いたら世界を滅ぼしてしまうなんて世迷言のような力が背中にあって。
葵はそんなつもりはないのに、世界を滅ぼす悪だと、命を狙われるようになって。
初めはずっと、ふざけるなと、葵はそう思っていた。
こんな目に遭う理由なんてない。
関係ないのに、死んでたまるかと。
何の罪もないのに死んでしまった、両親と伯父さん伯母さんのように、理不尽な死を受け入れることなんてできない。
死ななきゃいけない理由なんてない。
葵は強く強く、そう思っていた。
だから、葵は葵の命を狙う正義の味方を名乗る者たちを撃退することに、躊躇わなかった。
《フェアリー・テイル》の力は、少しずつ変わってゆく世界のことを、当たり前のものだと認識させるところに強みがある。
その力……本の世界に触れた彼らは、《フェアリー・テイル》の存在を当たり前のものだと認識する。
つまり、葵に対する敵意や殺意をなかったことにする……そんな力を持っていた。
それはきっと、《フェアリー・テイル》が宿主である葵のことを守るためのものだったのだろう。
別に命を奪うわけじゃない。
ただ忘れさせるだけ。
たとえその事で世界が少しずつ変わっていったとしても、それは私のせいじゃない。
それは仕方のないことなのだと、葵はずっと思っていたのに。
現れた100人目の刺客。
彼は《フェアリー・テイル》の世界に触れても、葵のことを忘れなかった。
―――『ヒヒヒ、今までのようにはいかないってことを肝に銘じておくんだな。十夜河晃が来れば……お前らはもう終わりだよ』
そう言って笑う、99人目の正義の味方、その少年の言葉。
それを暗示するみたいに……葵をこの世から消し去ろうと、鋭い殺意を向けてくる。
葵は怖かった。
いつかこんな日が来るとは思いながらも、その理不尽な滅びをどうしても受け入れたくなかった。
だから、彼を傷つけた。
『私の視界から消えてしまえばいい』と、強い気持ちを込めて。
それなのに。
そんなひどい仕打ちをしたと言うのに。
彼は笑っただけだった。
その理不尽な仕打ちを、ただ受け入れて、納得して。
初めて垣間見た、その素顔。
いや、その素顔を葵は知っていた。
まだ何も始まっていなかった頃の、幸せな頃の葵が、仄かな恋心を抱いていた友達の……無垢で純粋な、素顔だったのだ。
その事に気付いた時には、もう彼の姿はなくて。
―――『あんた見かけによらず子供なんだな、アイツと同じで』。
明確な意味すら明かさず、相手を拒絶すること。
意味がないのならそれを口にする必要はそもそもないはずだと。
その後に耳に入ってきたその言葉は、そう言う意味だったのだろうけど。
葵は、何気ない風を装って発せられた自分に対してのその言葉に。
強く打ちのめされ、そして気付かされた。
生きていくために、変わらざるをえなかった葵と。
彼、十夜河晃は同じなのだと。
そんな彼に、今まで自分が受け続けたのと同じ、理由のない仕打ちをして傷つけてしまったことを。
葵は、その時初めて、自分のしたことに深く後悔したのだ。
そして。
そうやって自身を見つめるうちに、葵はさらに気付く。
自分の受ける仕打ちに理由がないなんていうのは、自分勝手な言い訳だと。
ただ、目を逸らしていただけなのだと。
自分のせいで世界が滅びに向かっているのだと。
だから葵は、ここにいる。
それが一番いいことなのだと。
悪は滅びてこそ、なのだと。
そう……思っていたのに。
(第54話につづく)
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