第51話、アクマのプリンスの、嫉妬めいた冗談のつもりのひとこと




それは、晃が未だ幻想理想郷な異世界での学園で日々を過ごしていた頃の話。




その頃の葵は、今以上に他人を寄せ付けない、そんな雰囲気を持っていて。

たまたま隣に席になった奏子とも、ほとんど会話することはなかった。


だがある日、何日か葵の休みの日が続いて。

家の都合で隣町から引っ越してきたばかりの葵には、他に親しい人間がいなかったから。

隣の席というよしみもあって、奏子がそんな葵にお見舞い兼、プリントを渡すために黒彦家に足を運んだのだわけだが。


家にいた葵の祖父に、葵は土蔵にいると、そう言われて。




「その場所で、私は見てしまったんです。葵が本から出てくるのを」


驚きに言葉を失う奏子。

その姿を見つける葵。

奏子以上に葵は驚いていたけど。



『あなたは刺客……じゃないみたいね。……今見たことは忘れなさい。命が惜しくなかったらね』


とてもとても疲れている、淋しげな声で奏子から顔を背けて去っていこうとする葵。

それが、言葉とは裏腹に助けを求めているような気がして。



「それから、そんな葵が気になって、なんども葵の家に遊びにいったんです。迷惑かな、とも思ったけど、なんか悔しかったから」

「……」


大人しそうに見えて、肝が据わっているというか、我の強いタイプらしい。

それは、なかなかできるものじゃないんだろう。

自分勝手と言われればそうかもしれないけど、少なくとも晃にはできなかったことだった。


「しつこくつきまとう私のことを、葵は口ほどに邪険にはしませんでした。たぶん、だれかに話したかったってこともあるとは思いますけど……そんなことを繰り返しているうちに、葵のほうが折れてくれて、話してくれたんです。葵の中にある、あの力のことを」



葵の内に潜みしその力、《フェアリ・ーテイル》。

増えすぎた人間たちを滅するために地球そのものが送り出した呪いの力。

それは、異世界の扉を開き、現世と異世界の境界線をなくすという。

そこに足を踏み入れたものが、その世界を肌で体験し、知ることによって。

その本の世界が作り物ではない、当たり前のものだと認識することによって。


放っておけば、その当たり前は次々と世界を変え、世界は混ざり合い、滅茶苦茶になる。

様々な世界の幻想がぶつかり合い生まれる混沌。

そして現実の世界は……人間の暮らす世界は。

やがてその軋轢に耐えられず滅んでしまう。

それは、晃がいつか垣間見た赤い空の終末へと世界が、向かっていくことを意味していて。



「葵は、その力をじぶんではどうすることもできなくて、困っていました。いつのまにか持っていたその力の、止め方がわからなかったんです。……そんな葵のもとにあらわれたのは、葵の命を狙う正義の味方、でした」


真剣な眼差しで、晃を見据えてくる奏子。

冗談みたいな話なのに、晃は笑う気にもなれない。

何故なら、実際世界はどんどん変わっていたからだ。

ほとんど誰にも、当たり前として気付かれないままに。

オープンテラスを照らす赤に近い紫色の空が、如実にそれを示していて。


「葵は私がそのことを知るずっと前から、そんな正義の味方さんたちと戦ってきたんです」


そんな葵の近くにいたことで、奏子自身も危険な目に遭う、なんてこともあったらしい。



「それで、その正義の味方とやらが今度は俺だと、そう言いたいんだな」


今の話の流れで導き出される答えはそれだろう、とばかりに晃はそう訊いてみる。



「はい、だって寂蒔さんがそう言ってたから」


すかさず返ってくる言葉に、ここ最近で一番のイヤな予感を覚える晃。


「待て待てっ。あいつはそういう人が迷惑するだろう嘘を平気でつくやつだぞ? あまり鵜呑みにするものじゃない」

「でも、寂蒔さんもその刺客のひとりで、『今までのようにはいかない、十夜河晃が来ればお前らはもう終わりだ』……って」


とんでもない言いがかりに詰め寄らんばかりの晃に、おののき、泣きそうになってそんな事を言う奏子。

はっと我に返り、合間を取った晃だったけれど。

思わず出てくるのは、力の抜けたヘンな笑い。



(……刺客って、あの馬鹿)


きっと、そう言われて面白いからノッたのだろう。

人の負の感情を煽って喜ぶ、まさしく悪魔のようなやつなのだ。

そんなデタラメを吐くほうも大概だが、それを信じる奏子や葵も大概だろうと、ちょっと思う晃である。

まぁ状況が状況だし、言葉だけで判断すると、意外とタローは嘘を言っていないので、仕方ないのかもしれないが……。



「もしかして、葵ちゃんが俺を避け嫌ってたのは」

「うん。そのせいだと思います。嫌ってるっていうより、警戒していたっていうか、怖かったんだと思いますけど。ほら、晃さん三ヶ月たっても知らないふりしてぜんぜんなにもしてこなかったから」


知らないフリをしていたわけじゃないが、三ヶ月何もしてこなかったのは確かで。

ひょんなところで解決してしまう、ここ数ヶ月の晃の悩み。


ふつふつと沸き上がるのは、理不尽な怒りで。

今更ながら思い出される、屋上での一幕。


不敵な、何かを企んでいた風の、タローの人が悪い笑顔。

思わず友達やめるべきだろうか、なんて晃は思ったけれど。



「それで、葵ちゃんのメールを見て、これは俺の仕業だと、大屋さんはそう思ったわけだな?」


それにこくりと頷く奏子。

晃はそれに、深い深いため息をついたが。


晃は、その瞬間ふとひらめいた。

だったら、これを利用してやろうと。



「だったら望み通り、終わらせてやる。本当の意味でな」


それは、叶えることのできなかったカーナの願いのかわりのようなもの。

晃は内心そう思っていて。



「ほんとうの、意味?」


何だか投げやりにそう言う晃の言葉を、反芻する奏子。

晃は再び奏子を見据えて頷いて。


「知っているか? 本当の正義の味方ってのは、敵も味方も自分自身も、笑顔でいられるヤツのことらしい」


発せられたのは、やはりつっけんどんな、遠まわしな言葉。



「え? それって」


目を見開き、首をかしげる奏子。

対する晃は、何度もそれを口にするのは恥ずかしかったから。


「だが、まだ知らなければならないことがある。一旦ここを出よう」


それに答えることなく晃は席を立ち、


「あ、待ってください!」


後についてくる奏子を確認してから。

再び、去ったばかりの上徳間家……いや、黒彦家へと足を向けた……。



             (第52話につづく)







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