第40話、最も進化の早い種族であるからこそ、自身の自覚はなくて



重くのしかかる、一瞬の静寂。

余計なことを考えたのがまずかったのだろうかと、今更ながらに後悔して。


兎にも角にも一度やると決めた以上、ここで引き下がるわけにはいかないと。

再びチャレンジしようと、晃がもう一度瞳を閉じようとした、その瞬間。



ガァアアアッ!!


突如天蓋に包まれたその場所に、身の毛のよだつ獣の咆哮が響き渡った。



「あぁっ、闇の力が!?」


切羽詰ったスミレの声にならって顔をあげる晃。

うずくまるカーナの背中にある黒い翼。

燃え盛る炎のようにゆらめいていたそれが、その勢いを増している。

まるで生きているかのごとく、その中心には赤い瞳のようなものがギラついていて。


それは今一度、魂消るような咆哮をあげる。

すると、ボウッと爆ぜるように闇の翼の一部が割け、それは鋭い爪を持った腕と化した。


得体の知れない何かが生まれようとしている。

そんな光景に、呆然とする晃。

腕を生やしたそいつは、息の根を止めようとその腕をカーナの細い首へと絡みつかせて。



「カーナ様っ!」


スミレは慌てて駆け寄り、その手を外そうとその闇に触れる。


「きゃあっ!?」


とたん、本物の炎のように黒い靄のようなそれがスミレの手に広がった。

カーナと同じくして、苦悶の表情を浮かべるスミレ。

しかし、その手を離さない。

闇の力はそんなスミレを容赦なく包み込もうとする。



「……っ!」


晃が硬直から解き放たれたのはその瞬間だった。

自分は一体何をしている?

そう自問自答するよりも先に、晃の足が動いていた。

それはきっと、ズレを感じないこの世界だからこそ余計に感じる自分へのふがいなさ故で。


晃は心の底からあふれ出すよく分からない衝動のまま闇に向かって突進してゆく。

黒い靄のようなそれは、手ごたえなどないものだと思われたが、何かと正面衝突したかのような激しい衝撃が、晃を襲う。


一瞬意識が飛びかけた晃だったが、それは功を奏したらしい。

闇のその手がカーナの首から離れている。

しかし、それに晃が安堵できたのはわずかばかりの間だった。

それからどうするのか、考えていなかったからだ。



「ラキラさんっ!」


名を呼ぶスミレの声。

顔を上げれば、カーナの背にあったはずの闇が、今にも晃に襲い掛かろうとしていた。

何考え行動する間もなく、晃はただただそれを見つめることしかできなくて。



―――物語が終わる時は、その世界で命を失った時。


そんな柾美の言葉がひどくリアルな実感として、晃を襲ったけれど。


その瞬間、目前に迫り来る死の気配を遥かに凌駕する、何かの圧倒的な気配が背後から生まれた。

いや、背後からだけではない。

それは地鳴りのような音を立てて、四方八方から迫ってくるのが分かる。

今にも襲いかからんとしていた闇は、正しく意志あるもののように、警戒の呻きを漏らした。


スミレは、何が起こったのかも分からずに、意識を失ったままのカーナを抱きしめるようにしていて。

そんな中晃は一人、まるで迫り来るものの正体が分かっているかのように落ち着いていた。


いや、事実、晃はそれがなんなのか気付いていたのだ。

その音は、晃の呼びかけに応え集ってきた、怒涛の水の音だと。

晃は、力の発動に失敗などしていなかった。

ただ、スミレを助けたときのように、近くに水がなかっただけなのだろう。


力の発動に失敗していなかった事に気付いたのは、その音を聞いてからだったが。

目の前にある闇はそんな晃よりも早く、その力の発動に気付いていたのかもしれない。

だから、それに対抗するべく姿を変えたのだ。


そんな晃の考えは、間違ってはいなかった。

迫り来る水は、地を這うように天蓋をぬって姿を現し、晃の下へと集まってくる。


そのまま一体化する、晃と水。

次第に身体の輪郭が曖昧になり、視界がぼやけ、変容が始まる。


その自身を作り変えられるような感覚は。

スミレを助けたときの感覚と同じで。


完全に晃の意識が水の奥底へと埋没するとともに、生まれるは水の竜。



「水の神、ウルガヴ……」


目を覚ましたカーナがそう呟いた本当の意味を、晃は知らない。

水の一族でその力を使えるものが、ラキラ・フェアブリッズただひとりであることを。


そして。

晃がもう一つだけ、知らなかった……気づけなかった事があった。



それは。

大きな顎もって喰らわんとする水の竜に。

その闇が全く抵抗しなかったということで……。



             (第41話につづく)






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