第21話、記憶がなくとも、水の一族の進化はそれを超えていく



「……お、おい。やりすぎだろう、これは」

「それはこっちのセリフだろうがっ! ちったぁ手加減しろっ!」


思わず晃がそう言うと、すぐさまジャックにそう返される。


「俺はただ投げただけだぞ?」

「ウソつけっ、思いっきり魔力込めてただろうがっ……って、よく考えたら結果オーライだけどな」


ぶつぶつ言っていたジャックは、何かひらめいたのか頷いて、そのまま抱えていた少女を澄んだ水の中へと降ろした。


「お、おいジャック。何をしている?」

「何って、さっきキミが助けるって言ったんじゃないか」

「……いや、意味が分からない」


助けるのに水の中へ降ろすとはどういう了見か。

なんて思って再び晃が疑問符を浮かべると、ジャックはやれやれ、とばかりに深い息をついて。


「どうして広大な土地と強大な力を持つ地の魔精霊のヤツラが、小さく脆弱な水の国を、水の魔精霊を求めるのか……それも忘れちまったのか? 友よ?」


唐突にそんなことを聞いてくるから。

晃は訝しげに思いながらも、読んだ日記……物語の内容を思い出し、答える。


「……確か、水の魔精霊が住むところにある水は、良質なものになるから、だったか?」

「ヒヒ、そんな生易しいもんじゃないよ。水の眷族が祈りを込めた『水』は魔精霊にとって万能の水になるんだ。瀕死の怪我や重い病気すら治るほどのな」

するとジャックは首を振り、そんな事を言う。


「……そんなことが?」


できるのだろうか、あるいは自分にも。

続く言葉は口から出てはこなかった。

それはもう、魔法などと呼べるレベルを遥かに超えている気がして。

代わりに、そんな晃の心のうちが顔に出ていたのだろう。

ジャックは大げさなほど大仰に頷き、


「本来ならやっぱりそれはこっちの台詞、なんだけどな。まぁいいか。できるかできないかなんてやってみなければ分からないんだもんな?」


晃が一度口にした、もっともな言葉を口にしたのだが。



「ああ、うん。それは分かるんだが、一体どうやって?」


そもそものやり方の見当もつかないのだから困りもので。

それを聞いたジャックは、処置なし、とばかりにため息をつく。

それから暫く、考え込んでいたジャックだったが。



「今からボクの言う通りにしてくれ。そうすればうまくいくはずだ……多分だけど」


ややあって、自信のないところを隠しもしないジャックのそんな言葉が返ってくる。



「そ、そうか。じゃあ頼む」


それに対し晃のできることは、ただ頷くことだけで。


「よし、まずは精神集中だ。魔力を高めろ。ちょうどおあつらえ向きに周りは水だらけだ。後はキミが彼らの傷が癒えるようにと、心から祈ればいい。水の神にな」

「あ、ああ。やってみる……」


内心それだけでできるのならとは思っていたけれど。

まくし立ててくるジャックに圧されるようにして、晃は頷いてしまった。

どうにも流されている感のある自分にちょっとへこみつつも、それでもやるだけやってみようなんて思い、晃は目を閉じる。



「……っ」


すると、暗闇の中で水の流れが息づく気配を感じた気がして、晃はちょっとそのことに驚きを隠せない。

実の所、目を閉じたことに意味なんてなかった。

言うなればなんとなく、だったのだが。

もしかしたら身体が覚えていたのかもしれないな、なんて思う晃である。

そんなことあるはずないのに、言われもしないのに目を閉じたことが、それを証明している気がして。



(生命育みし悠久なる水よ、その大いなる力で傷つきしものを癒せ……)


そのことでうっかり調子に乗っていたんだろうと、その時晃は思った。

水に包まれる感覚とともに、心うちで口にしたのはありがちで格好悪い、だけどできうる限り心を込めた、そんな一節。


台詞回し、声の出し方。

そのイメージとしては、演技であることなど見るもの全てに忘れさせる、神をも欺く演技、だろうか。

幸いなことに、それは柾美に出会う前から晃の身近にあって。

見よう見真似だったけれど、晃自身としては自分も中々捨てたもんじゃない、なんて自負していて。


そんな自惚れは、ある意味晃の思っていたものとは別のベクトルで、顕在化した。



(……っ!?)


瞬間、晃の身体全身にかかる負荷。

それは、痛みもなく苦痛もなかったが。

何かに吸い込まれていくかのように力が抜け、さらに強力な睡魔のようなものが晃を襲う。


声をあげようとしたが声にはならず。

それどころか声を出さなくては、といった思考すら働かなくなっていることに気づかされて。

当然、開こうとした目も開けない。

まるで、最初から目などなかったかのように。

そして、それは比喩ではなく、正しかったのだろう。

声を発する喉も、脳も瞳も今の晃には存在していないのだ。


何故かは分からないけれど、晃はそう確信していた。

今まさに、晃は辺りの水と一体化し、水そのものになっているのだと。



なんにでも姿形を変えられる水の魔精霊、フェアブリッズ。

それは、水の神ですら例外はない、ということを晃は実感して。



「……あれ? わ、私……」

「やべっ、やりすぎだっての! 目、覚ましちまったぞ!」


晃が、抗うこともできずに睡魔に敗れて意識を手放そうとしたその時。


聞こえてきたのは。

香澄の面影のある少女の声と。

何だか焦っているジャックの、そんな声で……。



              (第22話につづく)






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