第15話、光の向こうの異世界、その名は『ラキラの懐中時計』



「これは……本、か?」


そして、アーチェリー場脇にあるグラウンドに降りて名目上トイレに立ちよった後。しっかりと光源が見える所まで近づいて。


晃は半ば呆然と、そう呟いた。

すぐ近くで、アーチェリーの的に鋼鉄製の矢が撃ち込まれる鈍い音が聞こえる。

アーチェリー部の生徒もこれに気づかなかったのだろうか?

言葉を失いながら晃が思ったのはそのことだった。

確かにそれは、建物の裏手で死角にはなっているが。



「これがもしかして、上……柾美さんの言っていた?」


呟きに答えるものはいない。

思わずぐるりと辺りを見回したが、大介達の姿は土手の先にはなかった。

他に人の気配もない。

晃は意を決し、さらに近づく。

それが本であるならばその羽ばたくように開かれたページには何かが書かれているはずで。

風起こすこともなく浮かんでいるそれを、晃はそっと覗き込んだ。



「……ラキラの懐中時計?」


その本のタイトルだろうか。

飛び込んできた黄金色に光る文字を、晃は無意識のままに呟いて。

その途端、ふっと消える光。

さらに、それはその光が浮力そのものであったかのように、すっと落ちてきた。

晃は思わずそれを手に取って。



「……なっ?」


その瞬間、ひどい耳鳴りが起こり、視界が高熱を出したときのように定まらなくなり、ついには回転を始める。


そして。

ついには、立っていることすらできなくなって。

そのまま、晃の意識は闇へと飲み込まれた。


何かの、強い力に吸い込まれていくかのような感覚とともに……。





          ※      ※      ※





ざわざわと、草葉の騒ぐ音がする。

風か強いのかもしれない。

草のにおいが近いことを、晃は感じていた。


思い出すのは、小さい頃遊び回った恐竜公園での記憶。

坂道を転がって滑って。

いつもその側に、この草のにおいがあった。



「っ……?」


晃は、ひどく懐かしい気分に襲われながらも目を覚まそうとする。

深い眠気に溺れつつも起きようとしている、身体の動かない、だけど悪い気分じゃない感覚。


晃は委ねれば委ねるほどに甘いその感覚に敢えて抗い、かぶりを振ってなんとか起きあがった。

後ろについた手に、ごわごわの草の感覚。

すぐに感じる違和。

振り返ると、青々と背高い草々に埋もれている自分を知って。



「おかしい」


ちょっと前に同じことを言った気がしなくもないが、とにかく違和感の正体はそれだった。

今はまだ夏はもう少し先のはずで。

こんな真夏の時期に見られるくらいに草々が成長しているはずはなくて。


一体どういうことだろう?

晃は少し混乱している自分にも気づかず、それを考えようとして。



「ヒヒ、ようやくお目覚めか。いい身分だよな、友よ」


背中にかかる、聞き慣れたタローの声。

思いも寄らぬ人物の声に、不思議さと安堵感を同居させつつ、晃は声のした方を振り返ったが。


「なっ」


そこにいたのはタローではなく。

ずいぶんと頭の大きいフクロウのような何か、だった。

だが、ぎょろりとした目が。

特徴的なウェーブのかかったその毛並みが、そのわざとやっているような怪しげな雰囲気が、声で思った通りにタローを思わせる。


なんて分析した所で。晃はようやく自分の置かれている状況を理解した。

いや、理解できない状況を理解した、と言うべきだろうか。


「ん? どうしたいラキラ。どこか変化に不具合でも?」


フクロウが喋っている。

しかもタローの顔とタローの声で。



「……」


あの朝の時も身に沁みた晃だったが。

どんな経験を積んでいたとしても、人は思いも寄らない事が起こると思考停止に陥るらしいことを改めて実感する。


「おい、大丈夫か? ボクが分かるか?」


喋るフクロウも、どうやら晃のリアクションに何か異変を感じたらしい。

ひとをくったような笑顔のままだが、それでも様子を伺うように近づいてくる。

そして、見慣れた薄茶の大きすぎるくらいの瞳に覗き込まれて。

寸前まで起こったことを理解できずに混乱気味だった晃の思考が、すっと落ち着いた。

その、タローによく似た瞳の中に、真に心配する波を見たからだ。

晃は、それを返すかのごとく、そのフクロウを見据える。


アーチェリー場裏手で光り、浮かんでいた本。

それを手に取り、タイトルらしきものを読み上げた途端、気がついたら今の状況、だった。



『一緒に旅に行かない?』


思い出すのは、柾美の言葉。

本の中にある異世界への旅。


それにより導かれるのは、そんなことで……。



             (第16話につづく)












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