第11話、始まりの勘違いは、人のせいにしつつもどこか真実をついていて



あの場から去ることで、打って変わって昼食会が明るく楽しいものになるとも思えなかったが。

あそこまできっぱり言われたのなら留まる方が気まずいだろう。

晃はそう思い、屋上を後にしたのだが。



「……こんなことじゃ、使命どころじゃないじゃないか」


容赦ない葵の言葉に、それこそ泣きたいくらいショックを受けているってことを悟られるのが情けなく恥ずかしい、といった意味もあっただろう。


「部活もやめるべきかもしれないな」


階段の踊り場からベランダに出て。

壁に寄りかかるように座り込み、そんな事を呟いた。

どんどん思考がネガティブに、マイナスに傾いてゆく。

何か一曲、どん底に悲しい曲でも聴いてやる気と元気を回復させないと、何もする気が起きないくらいに。


……と。


「あの、十夜河くん」

「ぬおっ?」

「わわっ」


音もなく気配もなく突然声をかけられて、思わず晃が飛び上がると。

そんな晃のオーバーリアクションに目を白黒させている、柾美の姿があった。



「なんだ、止めでも刺しにきたのか」


表向きだけは落ち着きを取り戻した晃は、そんな事を言って自虐的な笑顔を見せる。

すると、それをもちろん冗談とは受け取らなかったのか、子供みたいにぶんぶんと首をふって柾美は言った。


「そんな事言わないで、十夜河くん。葵ちゃんはね、ほんとはあんなこと言う子じゃないんだよ。ほんとは心のやさしいいい子なの。十夜河くんが嫌いなんじゃなくて、ただ、勘違いしてるだけなの。だからお願い。葵ちゃんを許してあげて」

「勘違い。一体何を?」


あるいは誰と、だろうか。

反芻し聞き返すと、柾美は言葉を続ける。


「葵ちゃんね、十夜河くんに命を狙われてるって思い込んでるんだよ」

「……」


言われたことが、すぐには理解できない。


「はは、命を狙ってる、だって? 言い繕うにも、もっとマシな理由があるだろう?」


思わず晃はそう言い、鼻で笑う。

だが柾美は、そんな晃にすぐ反論してくる。


「嘘じゃないよ! 葵ちゃんはほんとにそう思ってるんだよ!」

「何故? 何故葵ちゃんは俺が命を狙っていると、そう思うんだ? 自分が命を狙われる理由があるとでも?」


それは、嘘にしてはあまりにも奇抜すぎたから。

柾美が嘘偽りなく、本気でそう言っているように見えたから。

反射的に晃はそう聞いていた。

すると柾美は、その言葉に大げさなほどの反応を見せる。



「そ、それは……」


続く言葉が出てこず、奪われる柾美の表情。

それは何だか晃を恐れているようにも見えて。


「例えば葵ちゃんの正体は世界の破滅をたくらむ魔王か何かで、逆に俺はそんな魔王を倒すための使命を負った勇者……とかなら辻褄はあう、か?」


言っていて自分で馬鹿らしくなってくる晃である。

葵だけじゃなく、目の前にいる柾美にすらつきまとう自分に対しての怯えのようなものを払拭したくて、思わず口から出たしょうもない冗句、だったのだが。


自分の冗談は通じないのだと、晃はつくづく実感させられてしまった。

いや、この場合はちょっと意味合いが違うのかもしれないけれど。



「やっばり、そう……なの?」


まじめな顔? あるいは怒っている?

そう呟く柾美の表情は、一言で言い表すのは難しかった。

まるで表現したいものを封じられているかのような。

表現の仕方が分からないかのようにも見える。

晃はそれに違和感を覚えたけれど。


「そんなわけないだろう。……いや、すまない。ちょっとした冗談のつもりだったんだが」


何だかいたたまれなくなって、晃は頭を下げる。

すると、柾美は首を傾げて。



「冗談? じゃあ、十夜河くん、葵ちゃんの命を狙ってるわけじゃないの?」


確認するかのようにそんなことを聞いてくる。

晃は思わずため息をついて、肩を落とした。


「当たり前だ。命狙ってるってワケ分からん。一体誰がそんなそれこそ冗談にもならないことを吹き込んだんだ?」

「えっとね、英理お姉ちゃんが後輩のテニス部の……あ、そうそう。さっき十夜河くんの隣にいたひとだよ。あの人から聞いたんだって」

(あの野郎)


だからあんなニヤニヤしてやがったのか、と今更ながらに思い出す晃。

冗談にしては度が過ぎているというか、信じる方も信じる方な気もするが。


晃は知っている。

春になってこの地に戻ってきた晃より先に、この地にやってきていた使命の前任者である寂蒔太郎と言う男ならば。

使命を果たせなかった腹いせに晃の邪魔をしてやろうと平気で考えそれを実行する悪魔なヤツだってことを。


まぁ、腐れ縁とも言える長いつきあいだから。

どうせ怒ったって、『ヒヒ、潤いのない日常にキミの望むものを提供してやったのさ』などと言われるだろうことは、容易に予想できたが。



「はぅ、よかった~。そうだよね、うん。あんないいお話かける人が、そんなことするわけないって思ってたんだよ」


とても嬉しそうな顔で手を叩く柾美。

打って変わって見てる方まで心が和む、そんな笑顔を浮かべている。

しかし、晃にとってはどうにも聞き捨てならない台詞がそこに混ざっていて。


「ちょっと待て。あんないい話書けるって。一体何をしてそんなことを言うんだ?」

「え? あっ、えと、それはっ。ほら、ユタカくんから聞いたんだよ?」

「すぐにバレる嘘ならつかない方が賢明だな。いいかどうかはともかく、ユタカとそんな話題で盛り上がったことなど一度としてない」


豊と話すのは大抵音楽の話だった。

近しい間柄だからこそ、恥ずかしく『読書』趣味の話はしたことなかったのだ。


それを、顔見知り程度の柾美が何故知っているのか。

別に嘘をつくことを悪いのだと思っているわけではない。

ただ、それに慣れているところのある晃は、どうしてそんな分かりやすい嘘をついたのかが疑問だったのだ。


だから、晃はその真意を問おうと、柾美の、朱の混じった瞳を見据える。

それが、相手を射殺さんばかりであることに、やはり本人は気づくこともなく。


案の定、柾美の瞳が波打った。

一瞬だけ、きつく言い過ぎてしまっただろうか?

なんて思った晃だったが……。



             (第12話につづく)






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