懐かしいロボアニメの世界に転生したら、俺のCVがあの人だった件

冴吹稔

エピソード・0

第1話 いつか来る日と、恐れていた

 十八歳の誕生日は気持ちよく晴れて少し風のある、良い天気だった。

 

 身支度を終えて館の中庭に出ると、ちょうど一輌の軽歩甲シュテンクラフトが格納庫から引きだされたところだった。防弾鋼板を溶接した箱型の車台から短い手足を生やしたような、武骨な外観をした歩行戦闘マシンだ。吹き付けて間もないサンドイエローの塗装が目にも真新しい。

 機体の足元では俺の父、ジュピタス・ロランドがそれを満足げに見上げていた。


「来たかロンド。見よ、お前のためにクヴェリの工房に頼んでおいた『サエモド』だ。廉価な『顔なし』ではあるが、機体は手入れが行き届いて新品同様、どこの軍営に並んでも見劣りはすまい……持っていくがいい、わしからのせめてものはなむけだ。さしあたり武装は十三メリ機銃を一門積んでおいた。どんな戦にでも役に立つし、それでなお心細ければ、おいおい納得いく装備を整えて行けばよかろう」


「何から何まで……ありがとうございます、父上」


 俺は微笑んだ。戦場の花形、騎士が使うマシンである重戦甲カンプクラフトでないのは残念だったが、没落した我が家にとっては、これでも相当に無理をした買い物だったことだろう。


 俺――ロンド・ロランドは期待されている。その事実が、物心ついて以来抱えていた今日という日への不安を、一時なりとも忘れさせてくれた。


「……お前はわしの自慢の息子だ。必ずや武勲を上げて出世し、ロランド家を再び盛り立ててくれるものと信じておる。我が家はもう何代も前に家産のほとんどを失ってしまったが、それはあくまで大義のため――簒奪によって滅んだ旧皇室の支族、トライデン家の遺児を辺境へ落ち延びさせるために私財を投じたゆえのことだ。天下に何一つ恥じることなき忠勇と献身の家門であると、だれに対しても胸を張って生きるがよい」


 幼い日から何度も聞かされた訓戒だ。現に金がないのでは大義もクソもあるかとも思うのだが、この世界では先祖の事績と名誉が何かと重視されるのだ。ロランド家の培ってきた風評こそは、いまのところ俺の何より確かな財産だった。 

 

「はい、父上。今ではその簒奪者、サンブル家の皇統も既に名ばかり。いまや大陸は乱れたること麻の如く、実力ある諸侯や宗門が各地で軍を集め相争う戦雲のただなかにあります。これこそは男子たるものがその志を、余すところなく掴みうる時勢というものでしょう」


「うむ、その意気よ! かねてからの手はず通り、まずはラガスコに駐留するドローバ・ハモンド殿を訪ねよ。我が家とは遠縁にあたる、この辺りでは有数の軍閥を率いる男だ。彼に仕官すれば、まず悪いようにはなるまい」


 そこまで話すと、ジュピタス・ロランドはさすがに痩せた肩を震わせて咳き込んだ。数年前から胸を悪くしているのだ。


「大丈夫ですか、父上?」


「うむ。案ずるな、少し休めば治る。なあに、まだまだ当分は我が『ガラトフ』と共に、このカッタナ村を守ってみせるともさ……」


 そう言ってジュピタスはまた大きな咳をした。

 ガラトフもまた性能と言い値段と言いサエモドと似たり寄ったりの、軽歩甲シュテンクラフトの一種だ。十三歳から今日まで俺が操縦を磨いたのも、全て父のガラトフを借りてのことだった。

 使用人たちに助けられて寝室へ向かいながら、父は最後に叫んだ。

 

「わしのことは気にするな。この吉日を逃さずく発て、ロンド!」


「はい、しかとお言葉通りに……では父上。行ってまいります!」


 俺は拳で目頭をこすって、サエモドの機体に取り付けられたU字型のフックに手をかけ、体を持ち上げた。サエモドの全高は約五メートル。操縦席まで上がると、さすがに少しだけ膝が震える。 

 背部の雑具箱を確認すると、必要なものがしっかり積んであった。水と保存食、大小の鍋とランプ。それに毛布と若干の着替え。これだけあれば、この季節の旅は快適なものだ。あとは腰に長剣、懐に少額の路銀もある。

 細かな動作設定は走りながらでもできる――俺はクッションの悪い操縦席に何とか身を沈め、覗視孔クラッペの蓋を全開にして街道を西へ進んだ。



 カッタナから三十分ほど走ると、街道上で隣にあたる運河の街、シュルペンに差し掛かる。水路に沿った堤防下の砂利道を通って街を抜けようとしているときに、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。

 

「ロランドの若様ァ! やっぱり今日だったね!」


 声のする方を振り向くと、堤防の上に、こちらと並走する小型のマシンがある。自転車に近いくらいの感覚で使われる、腕を持たない二足だけの歩行マシン「ダダッカ」だ。そのサドルに丸い尻をのせて手を振る少女は、見間違えようもなかった。シュルペンの町長の末娘、俺とは二つ違いで年下の、付き合いの長い幼馴染だ。

 

「リン・シモンズか! どうしたんだ、そんなものに乗って!」


「ええ!? そりゃちょっとツレないんじゃないですか若様、決まってるでしょ。あたしも一緒についてくのよ!」


「バカを言うな、私は遊びに行くのではない! 仕官するんだ、軍人になるということなんだぞ!」


「分かってますよーぉ」


 リンはぷいっと視線をそらして正面を向くと、ダダッカの速度を上げた。そのまま勢いをつけて、堤防の法面を斜めに駆け降りてくる。

 

「父さんには許可をもらってる! 飛び移るから受け止めて下さいねッ」


「うわっ、ば、バカタレ!!」


 ダダッカは降りてくる途中でまだ俺のサエモドよりも高い位置にあった。リンはそこから踏み切って、背中の長銃ライフルもろともサエモドめがけて飛んで――否、降ってきた。

 跳躍力自体は大したものだった。彼女の細い指は、見事にサエモドの操縦席の上にある、リング状の機銃マウントレールを掴んでいた――ただし、片腕だけ。

 当然、彼女の力では自重を支えきれなかった。指がずるりと滑って落ちかける瞬間、俺は何とかリンの腕を掴んで落下を防いでいた。

 

「あ、や、ありがとう……!!」


 声を震わせる少女を、渾身の力を込めて操縦席へ引っ張り込む。こうなってはもはや「帰れ」とも言えない。

 

「仕方ない。私の従者という触れ込みで連れて行ってやる。だができれば男装で通せよ」


「うんうん、分かった」


「やれやれ……先が思いやられる」


 この娘を相手にしているとどうにも調子が狂う。とはいえ責任の一端は俺にもあるのだ。なにせ初対面のときに「お前のことは、生まれる前から知っている」などと口走ってしまったのだから。幼い娘であれば誤解もしようというものだ。

 

 ダダッカはリンがいないまま、体勢を崩さずに奇跡のように走り続けていたが、さすがに砂利道まで降りきるとバランスを失った。俺はサエモドの左腕で通りすがりざまにそれを掴み上げ、そのまま機体を走らせた。

 

 図嚢マップケースから地図を出してこの先の行程を確かめた。この先、二時間ほど走ると運河と街道が四方から集まる、大きな街に出る。

 それがラガスコの手前に位置する交易の要衝、歩行マシン全般を扱う巨大工房を擁する軍事拠点でもあるクヴェリだ――



※作者ページの近況ノートで、本エピソードの挿絵を公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700428770964474

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