第24話 煌めく雷


 ラースの右腕に刻まれた傷。リベラに付けられたその傷跡によって、彼女はエルンを掴んでいた右手に力が入れられず、彼女を取り落とす。


「エルンちゃん、大丈夫?」

「く、はーっ……大、丈夫。それより……」


 エルンを連れてラースから離れるリベラだったが、その全身には淡く紫色に輝く稲妻を纏っていた。


「その格好ちょっと眩しくない? どうなってるの?」

「えぇ!? それを最初に言う!?」


 助けられたエルンはリベラに対して少しズレた質問をする。

 そんな彼女に驚き呆れながらも、リベラは答えを口にした。


「エルンちゃんがいつも腕とか足に魔術を纏わせる奴を全身にやってみたらこうなったの!!」

「うわぁ、それはエゲツないね」


 リベラは簡単そうに言っているが、一歩間違えれば自らの魔術で自分自身を傷付けかねない技術だ。


 戦闘に重点を置いたこの技術は、多くの探索者にとっては習得難易度と使用頻度の問題で軽視される傾向にある。

 この小隊で唯一その技術を使えるエルンでさえ、拳や足と言った一部分に限定して扱っているのを考えれば、求められる技術力・集中力がどれほど高い水準にあるのかが分かるだろう。


 魔術を不得手とするリベラだったが、この極限状態で感覚が研ぎ澄まされた結果扱える様になったのかも知れない。


「……」


 一方、腕を切り刻まれたラースは傷跡をじっと見つめたまま動く気配が無い。先程まで饒舌に喋っていた事もあり、余りの変わり様に嫌な予感が隠し切れない。


「リベラちゃん、ありがとうございます……」

「お礼は大丈夫だよ。それより、今はあの人を倒さないと」


 全員で一度集まり、今のうちに傷の手当てをして態勢を立て直す。残存魔力は若干心配だが、身体の怪我に関しては全て治療を終えた。


「リベラはまだその力を使えそう?」

「うん。何だか力が漲ってるんだ!!」


 リベラはまだまだ戦える様で、再び全身に雷を迸らせる。


「フハハ、アハハハハ!!」


 その時、今まで沈黙していたラースが突然笑い始めた。

 それに呼応する様に、周囲を取り囲む炎も轟々と唸りを上げる。


「あぁ、最高だ!! ようやく良い戦いが出来そうだよ」


 言外に今までの戦いではまともに力を出していないと告げられるが、そんな事は関係ない。

 僕達はただ、彼女を倒して先に進むだけだ。


「エルンちゃん、合わせて!!」

「おっけー。いっちょ頑張りますか」


 身体と剣に雷を纏わせたリベラは、ラースとの距離を一瞬で詰める。

 先程とは見違えるほど素早い動きで剣を振るうリベラだが、本気を出し始めたラースは彼女の斬撃を全てを捌いていく。


「良い速度じゃ無いか。でも、まだ足りないな!!」

「ちょーっと横からお邪魔しますよ、っと!!」


 その懐にエルンが飛び込み、顎を抉る様な角度で拳を振り上げる。


「そうそう、良い感じになって来たじゃ無いか」

「舐めてくれちゃって……。二人共!!」


 攻撃を躱したラースに向かい、レナと共に互いの得手とする水魔術を組み合わせ一つの魔術を編み上げる。


「「―――『明鏡の水刃』!!」」


 自ら攻撃魔術を使えないレナの代わりに、僕が主体となって魔術を放つ。

 無数に広がる鏡の刃がラースを四方八方から取り囲み、その身を切り刻まんと迫り行く。


「甘ぇ!!」


「うわっ!?」

「くぅ……。デタラメだなぁ、もう!!」


 だが、彼女は全身から炎を放出させることで全ての刃を消し飛ばした。

 熱の余波によって近くに居たリベラとエルンも吹き飛ばされる。


「今度はこっちから行くぞ!!」


 場を仕切り直した彼女は、全身に炎を纏ってこちらへ向かって来た。

 炎と一体となって突っ込んで来る彼女を、一早く体勢を整えたリベラが迎撃する。


「させないよ!!」

「そうか……なら止めて見せな!!」


 拳と小剣が激しく火花を散らしながら何度もぶつかり合う。

 一撃一撃の精度と威力は間違いなく相手が上だ。それでもギリギリで拮抗して居る様に見えるのは、リベラの手数が尋常ではないからだろう。

 目にも止まらぬ速度で連撃を繰り返す彼女は、防御を殆ど捨てて全力で攻撃を打ち込み続ける事で接戦状態を演出している。


 それでも一瞬でも気を抜けば直ぐに押し切られる。

 勿論、僕達もそれを黙ってみている訳では無い。


「―――『清浄の聖水』」

「―――『飛岩』!!」


 防御を捨てた事で負った傷をレナが癒し、膨大な手数を以ても尚詰め切れない地力の差を埋めるべく僕が魔術で更に手数を増す。


「ちぃ……中々手こずらせてくれるなぁ!!」


 そのお陰で今まではまともにダメージを負わせられなかったラースの身体に一つ、また一つと傷が付き始める。

 不利とまでは行かずとも無理やり拮抗させられているのを悟った彼女は、目の前の障害を纏めて吹き飛ばそうと拳に炎を滾らせる。


「失せろ、『滅火轟――――」

「もういっちょお邪魔しますよい!!」

「く、そがぁ!!」


 その隙を目掛け、エルンが背後から奇襲を仕掛ける。

 渦を巻いて荒れ狂う暴風を纏い突進してくる彼女を無視出来なかったのか、ラースは無理矢理身体を捻りながら横薙ぎに拳を振った。


 正面だけに向けて放たれれば致命的な損害を与えられていたであろうそれは、大振りで無茶苦茶な軌道に変更させられた結果、本来の威力を維持出来ずその力の大半を無駄に消耗させていた。


 背後から迫っていたエルンの迎撃と言う目的は辛うじて果たせたものの、威力を分散させてしまった代償に正面から向かって来たリベラを止めるには至らなかった。


「『煌雷』!!」

「ぐううあああああっ!?」


 紫電が迸り、振るわれた小剣が決して無視出来ない痛手をラースに負わせる。

 彼女は咄嗟に身を捻って回避しようとしたようだが、技を放った硬直が残って居たのか完全に避け切れずに右腕を切断された。


 傷口からは絶え間なく影が漏れ出し、どれだけ姿形が酷似して居ようと目の前に居る者はあくまで遺跡の守護者でしかない事を思い知らされる。


 だがそんな意思の無い存在のはずの彼女は、まるで過去を思い出しながら話すヒトの様な表情でこちらを見つめて来る。


「……あぁ、認めてやるよ。ここまで俺を追い詰めたのはあいつら以来だ」


 いつの間にか周囲を覆っていた炎は消え失せ、その代わりに彼女の身体の内からとてつもない熱量が発されている事に気が付く。


「な、何をするつもり……?」

「簡単な話だ。この期に及んで出し惜しんでたのは俺も同じだったって事だ」


 そう言って不敵に笑うラース。

 一瞬の間を置き、その彼女の全身を燃やし尽くす様に炎が燃え盛る。


「うわっ!?」

「まさか、自分自身を燃やしてるのか……」


 その推測を裏付ける様に、彼女の身体は端の方から次第に炭化して行く。

 本人はそれすら気にも留めて居ないのか、これまでにない笑顔で僕達に宣言する。


「これで終いだ。無様に灰となるか、見事打ち破って最奥へと至るか……この俺が試してやる」

「……望むところ!!」


 己の存在すら燃やして使命を全うせんとするラース。

 彼女に応える様にリベラの全身から煌々と雷が放たれる。


「これ、全員で防げそう?」

「分からないけど……防ぐ以外に道は無い」


 文字通り、全身全霊を込めたラースの一撃。

 残る魔力で防げるかどうかは分からないが、この一撃を防げなければ僕達は全員揃って消し炭となるだろう。


 こちらも全力を以て彼女の一撃を迎え撃つ用意をする。


「―――用意は良いか? 行くぞ!!」

「どーんと来い!!」


 こちらの準備が整ったのを察した彼女が、その身を焦がしながら残っていた左腕を振るう。



「―――『劫焔』!!」



 放たれた一撃は眼前を完全に赤一色で埋め尽くす。

 それほどの熱量を前にしながらも、僕達は誰一人として後ろに退く事は無かった。



「「―――『明鏡水盾』!!」」



 僕とレナが力を合わせ、一枚の大盾を形成する。

 揺らめく水面、輝く鏡の様に煌びやかなその盾は襲い来る炎を正面から受け止める。


 だが目の前に広がる業火は、二人だけで受け止められる程度の威力では無い。

 盾には次第に亀裂が走り、その隙間から漏れ出た熱波が僕達を襲う。


「くぅ……分かってはいましたけど、このままでは……」

「エルン、用意は良い!?」

「はいはーい。いつでも行けますよ」


 その光景を見た僕は、後方で控えていたエルンに声を掛ける。

 相変わらず呑気な返事をする彼女は、その声音とは裏腹に全身に吹き荒ぶ暴威を従えて目の前の炎を見つめている。


「エルン、お願いします!!」


「了解―――『狂乱の暴風』!!」



 初めて聞く彼女の魔術詠唱。

 その威力は絶大で、彼女の身から放たれた巨大な竜巻は水の盾を吸い込み、今にも盾を破壊しようとしていた炎を掻き消すように押し広がって行く。


「行ける―――リベラ!!」

「うん、任せて!!」


 あと一押しで完全に打ち破れる。

 そしてその最後を任されたのは全身に雷を纏うリベラ。


 付与した雷によって長剣サイズまで刃が伸びた小剣を構え、そして―――




「『天雷!!』」




 渾身の踏み込みと共に轟音が鳴り響く。

 その身を以て雷を体現したリベラは、竜巻に威力を削がれた炎を容易く打ち破りその先に居るであろうラースに向かって突き進む。




「―――ってあれ? ぶはっ!?」




 だが……既にそこに彼女は存在せず、残っていたのは僅かな灰だけだった。

 そうとは知らずに物凄い勢いで突っ込んだリベラは、残った灰を全て蹴散らした後に見えない壁にぶつかって吹き飛ばされたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る