第18話 舞い散る炎


 何も無かったはずの荒野に現れた人影。

 周囲には燃え盛る炎が壁を成して僕達をじわじわと炙り続ける。


「これが遺跡の仕掛けの一部だとすると、あの人影を倒せば良いのかな?」


 即座にエルンが身構え、僕達もそれに続いて各々の武器を取り出す。

 先程放たれた炎や僕らを取り囲む日の海も目の前の存在が繰り出した物だろうか……。


 その答えを示すかのように人影はその身体の一部に炎を纏わせ突っ込んで来た。


「来る!!」


 隊列を崩して相手を囲い込もうと立ち回る。

 戦闘に慣れている様子のエルンが正面切って敵を相手取り、僕とリベラが彼女を補助、そしてレナが魔術で僕達全員を支援する。


「そいっ、とうっ!!」


 ヒトの形をしている影は、拳に炎を纏って拳打を繰り返す。

 対するエルンも風を拳に纏わせ、互いに一歩も引かずに殴り合いを続ける。


「―――『泥渦』!!」

「―――『焔の抱擁』!!」


 そのタイミングで足元と身体を目掛け魔術を使い拘束を試みる。

 だが、気配を察知したのか影は泥に足を掬われそうになった瞬間、飛び上がって距離を取った。


「―――『癒しの清水』」

「ありがと、レナちゃん」


 その間に敵と拳を打ち合っていたエルンをレナが回復させる。

 少し火傷を負っていた彼女の皮膚は瞬く間に元の綺麗な肌に戻って行く。


 人影は仕切り直しのつもりか、改めて炎を燃え滾らせ拳に宿す。


「エルン、まだ行けそう?」

「あと二、三回くらいは出来そうかな。それ以上はちょーっと助けて欲しいかも」


 この遺跡であと何度戦闘になるか分からないが、出来れば正面戦闘を得意とするエルンを余り消耗させたくない。リベラと視線を交わし、二人で小剣を構えて前へ出る。


「一度僕達が相手をするから、エルンは隙を見て攻撃を入れて欲しい」

「良いけど、二人共大丈夫そう?」

「うん、お兄ちゃんと私にどーんと任せて!!」


 自信満々なリベラの姿を見て、エルンは一度後ろに下がる。

 それを待っていたかのように影は再びこちらへ向かって拳を振り抜く。


「く、リベラ!!」

「とりゃ!!」


 狙われた僕は敵の拳を避けず、敢えて攻撃を小剣の腹で受け止め、その一瞬の硬直を狙ってリベラが刃を振るう。影は僅かに身体を逸らして攻撃を躱し、標的を彼女に変えて拳を繰り出す。


「させないよ」

『―――!?』


 そこにレナの支援を受けたエルンが現れ、彼女の拳が敵の横っ腹を捉える。

 水と風を纏い、ドリルの様にうねるその一撃を食らった人影は大きく吹き飛ばされ炎の壁に衝突し、負傷した部位からボロボロと影が零れ落ちていた。


 どうやらあの炎は敵もダメージを受ける様だ。


「良いダメージ入ったね。この調子で行けそうかな?」

「このまま倒しちゃうよ!!」


 軽口を叩きあいながらも、誰一人として構えを解かずに敵を注視する。


「……待ってください、何か様子が!?」


 そんな僕達の様子を見てか、はたまた一撃貰った事に対する何かしらの感情からか。

 先程まで朧げな姿だった人影は愉快なものを見たかの様に笑い出し、その輪郭がはっきりと見えるまでに変貌していく。


「姿がだんだん見え始めた……?」

「影が女の人になってる!?」


 目の前にあった人影は、黒と赤の混じった短髪の女性へと顔を変えた。獰猛な笑みを浮かべる彼女は、まるで獲物を狙う狩人の様にギラついた目で僕達の姿を捉えている。負傷した部位は元通りになり、彼女が拳を打ち鳴らすとそれに呼応するように周囲の炎も勢いを増す。


「回復した!? それにさっきより強くなってる……!!」

「うっそ、これ不味―――」


 その光景に驚いた一瞬の隙を突き、先程のお返しとばかりに敵はエルンへと拳を見舞う。


「い、がっ……!?」

「エルン!!」


 手加減されていたのか素の状態の拳で殴られたエルンは、よろめきながらも立ち上がる。

 相手は吹き飛ばされたエルンを追撃せず、今度はこちらに向かって手招きをして来る。


 どうやら完全にこちらを舐めているらしい。


「……リベラ、一緒にやるよ」

「うん。絶対に倒す」


 だが油断して居るなら好都合だ。敵の挑発に敢えて乗っかり、リベラと二人で突撃する。


 まだエルンやレナと即興で息を合わせられるほど戦闘に慣れている訳では無いが、リベラとなら同時に攻撃をしても互いの邪魔にならない程度の練度は積んである。

 一撃で倒す事を狙わず二人で交互に、細かく手傷を負わせて行く事を重視して攻撃を繰り出す。


 次第に一つ、二つと敵の身体に切り傷がついて行く。

 彼女も拳打で僕達を追い払おうとするが、適度に距離を取って挟み込んでいるお陰で掠り傷こそ受けるものの大きなダメージには至って居ない。


 その事に苛立っているのか、彼女の表情はさっきまでとは一転して忌々しい物を見る様な目付きに変わっている。


「『迅雷』」「『水鏡』」


 少し身体を引き、体勢を立て直そうとした敵目掛けて魔術を放つ。

 敵はリベラの放った魔術を躱すが、鏡に跳ね返された雷に肩を焼かれ地面に転がり込んだ。


 そこに治療が終わったエルンがレナの支援を受けて拳を思い切り振り抜く。

 水を纏った風が彼女の拳から放たれ、地面を抉りながら倒れている相手目掛けて突き進む。


『―――……』


 身を捻りながら飛び上がった敵は、舌打ちをしながらこちらを睨み付ける。


「流石にそろそろ厳しいね……」

「そうだねー。お相手さんはまだまだやる気らしいけど」


 戦いを経て、人影はどんどんその姿を露わにしていた。

 顔から始まった変貌は次第に全身に及び、完全に一人の人間の姿を取っている。


「あの恰好、見た事ないね」

「確かにこの大陸の服装では無さそうですね……」


 胸部と腰に巻き付ける様に着られている布。

 必要最低限の姿で僕達の前に立つ彼女の服装は、この大陸由来の物では無さそうだ。

 露出の多いその格好をリベラとエルンは興味深げに凝視する。


『―――!!』

「な、えぇ!! まだ強くなるの!?」

「か、壁が迫って来てるよ!!」


 その不躾な視線に憤った、と言う訳では無いだろうが、敵は怒り狂った様に拳打ち足を踏み鳴らす。一連の動作が終わると彼女の纏う炎は膨れ上がり、壁が揺らめいて徐々にこちらへと接近し始めた。


「流石にこれは……」


 必死に魔術を放ち壁を押し戻そうとするも全く手応えが無い。

 呑みこまれる……そう思った瞬間、一筋の切れ込みが壁に入り、炎は瞬く間に霧散して行った。


「たす、かった……?」

「いやー、どうだろうね。また新手が来たらしいけど……」


 そう話すエルンの視線を追うと、今まで戦っていたのとは違う騎士の格好をした女性の人影がこちらを向いているのが見える。

 剣を持っている姿からして、炎を斬り払ったのは目の前の存在なのだろう。


 しかし、それが僕達の味方であるかは分からない。

 特に挟まれている今の状況は相当危険だ。


 だが、二つの影は何故か動こうとせずその場に留まって居る。


 まるで互いの間に居座る邪魔者が退くのを待っているかの様な……。


「……みんな、この間から離れよう」


 とにかく、相手が動かないなら都合が良い。

 直ぐに挟み撃ちの状況から脱し、睨み合ったままの二つの人影を注視する。


 すると、邪魔者の居なくなった影達は拳と剣に炎を纏わせ戦い始めた。

 飛び交う剣閃と拳打。一撃一撃が必殺の威力を誇る両者の戦闘は、速度や精度、どれを取っても先程までの戦いがまるで児戯の様に感じられる程凄まじい。


「なに、これ……」

「先程までの力は、本気では無かったと……?」


 今まで僕達が相手をしていたのとは別人の様な動きを見せる女戦士。

 目の前で繰り広げられる戦いに少しの間意識を奪われるも、直ぐに周囲を見渡し何か変わった所が無いかを探し出す。


 さっきまでは逃げ場を奪われ戦闘に集中するしか無かったが、今はあたりを取り囲んでいた炎が斬り払われている。もしかすると、次の場所へ通ずる道が開けているかも知れない。


 その予想は的中し、初めの頃は見えなかったはずの扉が直ぐ背後に存在しているのに気が付く。


「こっちだ!!」


 未だ二つの影の戦いに意識を奪われている三人を呼ぶ。

 その声に気が付いた三人は扉の存在に気が付くと、直ぐにこちらに向かって走り出す。


 その間にも戦いは苛烈さを増して行き、拳と剣がぶつかり合う度に炎が舞い散りあたりを紅に染めていく。


「お兄ちゃん、早く!!」

「すぐ行く!!」


 先に扉へ入ったリベラが最後まで残っている僕を呼ぶ。




 その声に応じて扉をくぐる直前。最後に僕が目にしたのは、左腕を斬り落とされた女戦士と、胸を貫かれた女騎士の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る