第16話 金華の園

 ギルド本部から南西に位置する水上都市、セレドゥ。

 豊富な海産物が特産品のこの国の周辺で突如発生した遺跡共鳴現象ロスト・レゾナンスを解決するべく、僕達は数多の探索者達の内の一小隊として、この遺跡群の調査へと向かっていた。


「水上都市かぁ……。今回出現した遺跡は海の上とかに出て来たのかな?」

「いや、遺跡はあくまでも海の周囲の陸地で発生してるらしいよ」


 セレドゥ近郊で見つかる遺跡の中には水上や水中に遺跡の入口が生成される場所もあるが、今回はそう言った特殊な遺跡は無いらしい。


 僕達は馬車に揺られ、セレドゥ方面へ真っ直ぐ進む。

 一日夜営を挟み、二日目には例の場所へと辿り着いた。


 遺跡の入り口が無数に並んでいる光景にも圧倒されるが、その中でも一際目立つのが中央にそびえる円柱状の巨塔。周囲の雰囲気と事前の情報、塔から放たれる重圧からして、あれが今回の大遺跡で間違い無いだろう。


「あれが、噂の大遺跡ですか? 何と言いますか、とても近寄り難い雰囲気ですね……」

「圧迫感って言うの? 私もこの感覚は好きじゃないかな」

「なんだか押し潰されちゃう様な気がする……」


 僕と同じく、三人もあの遺跡の放つ圧に押されている様だ。

 一先ず大遺跡の事は置いておき、先行しているはずの調査隊とギルド長との合流を目指す。


 列を組んで遺跡の合間を縫う様に進むと大遺跡前に設置された簡易ギルド本部が見えて来た。

 そこに集っている職員達は現在も収集した情報の精査や周辺地域の住民達の安全確保に尽力している様子だ。その中心で指示を出す騎士と見紛う格好の男性は、新たにやって来た探索者達を見て直ぐにこちらへ向かって来る。


「どうやら頼もしい助っ人が来てくれた様だ」


 目の前に居る彼こそ、探索者ギルドを創設した長にして歴戦の大探索者、アース・レイローク。

 実に十五年もの間探索者として遺跡攻略の最前線にいる彼の等級は勿論最上位の一等級。


 未だ衰えを見せない彼は、数多の探索者の憧れと言っても過言ではない。


「到着して直ぐで悪いが、今回揃った全小隊の詳細を教えてくれ」

「はい、直ちに!!」


 今回集まった探索者達の中で、一番等級の高い小隊の隊長が一枚の紙を持って彼の元へ向かう。

 そこに書かれている情報を元に、アースさんはどの小隊がどの遺跡に適任かを素早く判断し割り振って行く。


 次々と探索者達が遺跡に向かう中、僕達の小隊はぽつんと取り残されていた。


「これ、私達にちゃんと割り振られるかな?」

「どうでしょう……。もしかしたら余計な手間を掛けさせてしまったのかも知れません」


 ここに集まった小隊の中で、僕達の隊が一番等級が低い。

 最悪調査に回されないと言う可能性もあったが、しばらくしてアースさんから声を掛けられた。


「お待たせ。君達には、この場所の調査をお願いしたい」


 そう言って彼に案内されたのは大遺跡の裏に存在する入口。

 遺跡内に入ると、そこに広がっていたのは金色に輝く美しい花畑。

 可憐に輝く花達はこの大陸では見た事が無い品種の物だった。


 その花に見惚れていた僕達を見てアースさんは咳払いをし、壁に触れながら説明を続ける。


「大遺跡の裏にあったから念入りに調査してみたのだが……どうやら本当にこの花畑のみの様でね。特に問題は無さそうだが、もし何か発見したら仮設本部の方に直ぐに知らせて欲しい」

「はい、分かりました!!」


 アースさんから直々に仕事を任された事で気分が上がり、僕はいつもより大きな声で返事をする。そんな僕を見て彼はうんうん、と頷きながら笑みを浮かべる。


「良い返事だ。私は大遺跡の方へ向かわねばならないから、質問等があればそれも仮設本部に居る彼らに尋ねてみると良い。大体の事には答えてくれるはずだ」


 そう言い残して、彼は去って行く。

 残された僕達は早速、例の花畑の調査を開始する。


「凄く綺麗ですね。このままずっとここに居たいと思ってしまうくらい」

「うんうん。何だか不思議な感じがする。何て言うか~、ぽわぽわする感じ?」


 リベラがよく分からない例えをするが、何となく理解は出来る。

 この花に包まれていると自然と気持ちが落ち着いて来る。

 先程までアースさんに会っていた事で興奮していた僕だったが、その興奮も今は落ち着いてどことなく穏やかな気分になっていた。


「いやー、最初はどんな仕事を任されるのか心配だったけど、あの人の事だから私達用に危険の少なそうな場所を選んだんだろうね」

「うん。多分そうじゃないかな……ってあの人?」


 エルンのギルド長に対する気さくな態度に僕は少し困惑する。

 彼女と彼に何か接点があったのだろうか?


「あれ、前に言ってなかったっけ? 私が教会の為に無謀な遺跡探索をした後、ギルドのお偉いさんにこっぴどく叱られたって。それがあの人だったんだよ」

「そ、そうだったの!?」


 確かに前にそんな事を言っていた気がする。

 だが、まさかギルド長と直々にあっていたなんて……。いや、未管理状態の遺跡に女の子が単身突っ込んで行ったとなれば、確かにギルド長本人が動く事も有り得るのかな?


「実は私が探索者になるってなった時も、あの人は結構反対してたらしくてね……。結局、許可を出す代わりにレナちゃんと一緒にナイズ教官の訓練を徹底的に受けさせられる破目になった訳よ」


 エルンが探索者になる際にそんな事があったなんて……。

 新たに知った事実に驚愕するも、直ぐにそんな場合では無いと調査を再開する。


 アースさんが言っていた通り、この花畑には特に異変は感じられない。

 気分の鎮静化に関しても、何かしら害のある花粉が飛んでいたりする訳では無い様だ。


 そこでふと、僕は花を手に取ろうとしゃがみ込む。

 するとそこで不可思議な事に気が付いた。


「この花……根が無い?」


 普通の植物であれば存在するはずの根がこの花には無かった。

 試しに花を一輪手にすると、地面に接していた時には存在していたはずの茎ですら消え去った。


「……これは、どういう事?」


 その摩訶不思議な現象に思わず困惑する。

 何と言うか、植物としての花と言うより、花と言う概念を模した存在だけがこの場に在るとでも言うのだろうか……。


 少なくともこの花は只の植物では無さそうだ。けど、それが分かった所で他に繋がる情報が無い。何かないかと遺跡の内部を探すが、在るのはただただ広い壁くらいか。


「そう言えば、これだけ遺跡が密集してるのに他の遺跡とぶつかってないって言うのはどう言う理屈なんだろうね?」

「確かにそうですね。地表に出現した大遺跡は兎も角、地下に存在するその他の遺跡が一つも重なって居ないと言うのは一体どういう事なんでしょうか」

「もしかしたら、この壁を壊してみれば他の遺跡に出るかも? えいえい、突っつき攻撃!!」


 視界の隅では既にこの場所の調査に飽きてしまったのか、エルン達が会話を始めていた。

 その流れでリベラがちょんちょん、と遺跡の壁につつく様に触れる。


 ―――すると不思議な紋様が遺跡の壁中に浮かび上がり、突如として花達が一斉に輝き始めた。


「え、え!? なにこれ、どういう事!? 何が起こってるの!?」

「リベラ!! 落ち着いて、一旦壁から離れるんだ!!」

「ちょちょ、これは不味いのでは……?」

「何が起こるにせよ、皆で固まった方が良いかも知れません……!!」


 想定外の事態に一瞬慌てるも、直ぐに集まって周囲の様子を窺う。


「不味い、遺跡の出口がいつの間にか消えてる……」

「嘘!? も、もしかして私のせい……?」


 いつの間にか外へ通じる唯一の出口が消えている事に気が付き、その事を知ったリベラは責任を感じているのか涙目になりながら問いかけて来る。


「いーや、これはリベラちゃんの所為じゃないと思うな。寧ろお手柄かもよ?」

「え? どう言う事?」


 エルンの言葉は、ただリベラを庇う為だけに発されている訳では無さそうだ。


「普通に考えて、あの人……ギルド長が私達に考えつく様な手を試してないとは思えないでしょ? それに壁に触ったって言うならあの人が最初に触ってるしね。という事は、この遺跡の仕掛けはリベラちゃんが触れて初めて動かせたって事じゃないかな?」


 ……確かに、それが一番真実に近いのかも知れない。

 ギルド長も僕達にこの場所を案内する際、普通に壁に触れていた。


 単純に魔力に反応する仕掛けであれば、その時点で作動していてもおかしく無かった。


「大丈夫だよリベラ。どんな仕掛けが待ってたとしても、一緒に越えて行けばいいんだから」

「お兄ちゃん……。うん、そうだね。私、頑張るよ!!」


 持ち前の元気を取り戻したリベラは、改めて気合を入れて拳を握る。


 そうしている間に、花達の輝きはいよいよ目が開けられない程に眩くなっていく。

 その光量に、思わず僕達は目を閉じてしまう。






 そして次に目を開けた時僕達の視界に映ったのは、先程までの花畑では無く、荘厳な雰囲気を放つ建物の内装だった。

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