第2話 解除訓練


「遺跡内部は明かりが無い事が多い。探索者は常に照明類を持ち歩くべきだと覚えて置け」


 ナイズ教官に案内されながら、僕達は石製の遺跡へと足を踏み入れる。

 頭には電灯付きのヘルメットを被り、手にも魔力式のライトを持って通路を進む。


「それはそうだよ。明かりが無きゃ、気付ける罠にも気付けないもんね」

「そうだね。……でも、教官がわざわざ説明するって事は、明かりを持って行かない探索者も中には居るんですよね?」


「あぁ……残念ながらな」


 僕の問いに教官は頭を押さえながら告げる。

 探索に必要な魔道具自体は、魔道具の製造販売を主産業とするプローダクと言う国とギルド間での取り決めで比較的安価で購入出来る。


 だが、探索者になったばかりの……加えてこの訓練を受けて行かないような無鉄砲な新人の中には、対した装備も持ち合わせず、照明すら持たないまま単身で遺跡に乗り込み、そのまま危険な目に遭って帰って来る者が多いそうだ。


「受付を通して遺跡へ向かう者はまだ対処出来る。だが、中には申請や依頼の受注も無しに遺跡へ突っ込む馬鹿共も居る。ああ言う連中が五体満足で帰って来た例を、私は知らないな」


 大きなため息を吐きながらナイズ教官は語る。

 僕達が思って居る以上に探索者と言う職業を、一発逆転が狙える夢のある職業だと楽観的に考えている人は多いらしい。


 思わず愚痴を零す形となってしまった教官は咳払いをすると、ある地点で立ち止まった。


「話が逸れたな。ここからは罠についての説明をしていく。罠には大きく分けて二つの種類があるのは知っているか?」

「はい。接触感知式と魔力感知式、ですよね?」


 接触感知式―――主に壁や床のスイッチを押すと発動する物やワイヤートラップが該当する。

 起動箇所に直接触れる事で起動し、基本的に一度起動すると再度トラップが発動する事は無い。解除するには仕掛けられている場所の構造から罠の種類を見極め、安全な場所から作動させると言う手順を踏むのが主流だ。


 慣れて来るとどんな構造の場所にどの種類の罠が貼られるかが分かって来たり、床や壁の小さな違和感に気が付きやすくなるため、比較的解除の難易度は低い。


 問題はもう片方の魔力感知式。

 これは侵入者の魔力を感知して自動で発動する罠。


 最近になって発見されたこの罠は解除が非常に難しく何度でも起動する事から、この罠が発見された遺跡の探索は熟練の探索者によって行われる。


「よく勉強しているようだな。今、私が立っている場所より前には接触感知式の罠が仕組まれている。失敗しても怪我はしないよう改良されているから、安心して解除に取り組むと良い」


 説明を終えると、ナイズ教官はこれ以上言う事は無いとばかりに腰を下ろす。


「よし、やろうリベラ」

「りょーかい!!」


 僕とリベラは早速罠を解除する為に床や壁に違和感が無いか調査する。


 いま僕達が居るのは一本道の通路。

 となると、基本は床にスイッチがある落とし穴やワイヤートラップが主流だろう。


 稀に大きな岩が転がって来る罠もあるそうだが、教官の言葉やここが訓練所として扱われている背景からして、そんな殺意満点の罠が待ち受けている可能性は限りなく低い。


「むむっ? お兄ちゃん、罠のスイッチ見つけたかも!!」

「了解。壁の方に異常は無さそうだから、直ぐに解除しよう」


 少しして、床を確認して居たリベラが一ヵ所だけ出っ張っているのを発見した。


 付近に他の罠が無いかを確認した後、魔術で岩を生成してスイッチの上へと落とす。岩の重みでスイッチが作動し、通路の真ん中に大きな落とし穴が現れた。


 予想は当たっていた様で、落とし穴の内部を確認すると穴の中はたっぷりとスライムの液体で満たされていた。

 落ちても怪我はしないだろうが、非常に気持ち悪い感触に全身を包まれる事だろう。


 その光景を想像して思わず身震いする。


「無事に解除出来たようだな。二人掛かりとは言え、中々手際が良いじゃ無いか」

「お父さんとお母さんにやり方は教わってたもんね!!」


 ナイズ教官が褒めると、リベラは胸を張りながら答える。

 僕も彼女程では無いが、両親から教わった事をしっかりと習得出来ている事を誇らしく感じる。


 元探索者の父さんと考古学者であり、自身も率先して遺跡へと潜っていた母さん。二人から色々な話を聞いていた事もあり、僕達の解除速度は新人にしては相当早い部類に入るそうだ。


「一応伝えて置くが、ここから先には低級ではあるが魔物も用意されている。罠だけでなく、奴らにも注意して進んで行くと良い。お前達ならこれ以上の助言が無くともここを攻略出来るだろう」


 僕達の実力を見込んでか、ナイズ教官はそれ以上の助言は不要だと判断した様だ。


「おぉ、魔物!! 本格的な探索っぽい!! 頑張って行こう、お兄ちゃん!!」

「そうだな。でも罠にも気を付けろよ?」

「うん。罠を見つけるのは任せて!!」


 ようやく探索者らしい事が出来ると息巻くリベラを宥めながら、気を付けて遺跡を進んで行く。教官も万が一の事を考えついて来ているが、先程までと違って先導しているのはリベラだ。


 彼女が器用に罠を発見し、僕が罠の種類を絞り込んで解除を試みる。

 単純な役割分担だが、僕達の性格を考えるとこの方法が最適解だった。


 そうして順調に罠を解除して進んで行くと、今まで一本道だった道がここに来て初めて二つに分かれていた。


「分かれ道か……。僕が右を確認するから、リベラは左をお願い」

「うん、分かった」


 僕が右を、リベラが左の道を確認する。


 右の道は今まで通って来た一本道と同じく、緩やかな下り坂になっている。

 だが曲がり角があるらしくライトは途中で壁を照らし、それ以上は確認出来ない。


 次に耳を澄ませてみるが、特に目立った物音は聞こえない。

 確認出来る範囲では危険は無さそうだ。


「……こっちは緩やかな下り坂で、その先に曲がり角があって道が途中までしか確認出来ない。物音はしないから魔物が居る可能性は低そうだけど……そっちはどう?」


「う~ん……。こっちは結構急な下り坂で、魔物の足音みたいなのが遠くから聞こえて来るかな。一定間隔で水が跳ねる音みたいなのが聞こえるから、多分スライムだと思う」


 互いの情報を整理し、一先ず危険の少なそうな右の道を選ぶ事にした。

 緩やかな坂を下り、例の曲がり角へと辿り着く。


「……僕が魔術を使うから、リベラは確認をお願い」

「任せて。罠は一つも見逃さないよ!!」


 曲がり角で一度立ち止まり、『水鏡みずかがみ』と言う魔術を使って角の先を確認する。


「む~ん……? お兄ちゃん、これ多分行き止まりだよ」


 鏡に反射された景色を確認したリベラは落ち込みながら呟く。

 僕も鏡の中に映る通路をじっくりと観察するが、罠らしき物も無く途中で壁に突き当たっているのが分かる。


「一応確認してみよう」


 魔術を解き、行き止まり部分の壁や床を確認するが、特に異常は無い。

 どうやら本当にただの行き止まりのようだ。


「……という事は左の道を行くしか無いか」


 一度来た道を引き返し、魔物の居る気配がすると言う左の道へと足を踏み入れる。


 緩やかな下り坂だった右の道と違い、足元に気を付けなければ転げ落ちそうなほど急な坂を、壁に手を付けつつゆっくりと進む。

 幸いな事に、坂道や壁に罠が仕掛けられている様子は無さそうだ。


 その事に安堵しながら進むと次第に平坦な道が見え、リベラが言っていた通りぴちゃ、ぴちゃと水が跳ねる様な音が聞こえて来る。


「スライム……それも三匹くらいか。結構近いみたいだ」

「わーお。とうとう魔物とご対面だね」


 基本的に狭い通路を進むため、探索者の使う武器は小回りが利き扱いやすい小剣が推奨される。

 僕達もそれに倣い、それぞれショートソードを取り出して魔物との戦闘に備える。


 平坦な場所へ近付くにつれ、水音は徐々に大きくなっていく。

 そしてそこに出る瞬間、僕は懐から電灯棒ライトロッドを取り出し前方へと投げつける。


 魔力を通すと光を放つそれは、一時的にライト等の明かりから手を離さなければならない戦闘時などに視界を確保する為に使用するアイテムだ。


 その光が照らした先には、予想通り三匹のスライムが通路の中央を跳ね回って居た。

 一部の魔物であれば急に明るくなると視界を奪われ身動きが取れなくなる種類も居るが、目や耳と言った器官を持たないスライムはそう言った妨害が効かない。


 反応速度自体は鈍いので、二人で迅速に近付き小剣でスライムの体内に存在する核を刺し貫く。

 同時に二匹を倒した所で残る一匹がリベラに襲い掛かる。


「リベラ!!」

「大丈夫―――そい!!」


 彼女は襲い掛かって来たスライムを避け、着地した隙を的確に突いて無事に倒したようだ。


「うんうん。上手い具合に倒せたよ、お兄ちゃん!!」

「あぁ。スライムくらいだったらそこまで手こずる事は無さそうだな」


 褒めて褒めて、と言わんばかりに迫って来るリベラの頭を撫で、小剣をしまい床に落ちたままの電灯棒を回収する。

 注いだ魔力が切れるまで発光するこれは、一度使った後は効力を失う消耗品の癖にそこそこ値が張る物なので駆け出しの僕達がおいそれと使い捨てられるような物じゃない。


 ライトの魔力を温存するためにも、電灯棒を明かり代わりに持って探索を続ける。


 電灯棒のお陰で視界が確保しやすくなったが、この道に罠は仕組まれていない様だ。

 するすると道を進んで行き、とうとう秘宝の入っているであろう宝箱と小部屋を発見した。


「わぁ、お宝だー!! 今いく―――ぐぇっ!?」

「落ち着け。手前にワイヤーが見えるだろ?」

「む~ん? あ、本当だ。危ない危ない……」


 宝を目の前に走り出そうとしたリベラを止め、宝箱の見える部屋の手前を指差す。

 彼女も罠が見えたようで、壁や床を注視し始める。


 一通り確認した限り、部屋の手前で発動しそうな物は無い。となると部屋の中で発動するタイプの罠だろう。よく、宝を目前に舞い上がった探索者を餌食にする為にあるタイプだ。


 意を決してワイヤーに足を引っかける。

 すると、部屋に入って直ぐの場所にスライムの液体が降り注ぐ。

 リベラがあのまま走ってワイヤーに引っかかって居たら、さぞ滑稽な姿が見れただろう。


「冷静な兄に助けられたな」

「あ、あはは。アリガトウゴザイマス……」


 ナイズ教官も同じ事を思ったのか、意地悪な笑みを浮かべて彼女を揶揄う。


 さて、しっかりと罠を解除した所で、念願のお宝とご対面だ。


「と、その前に宝箱が偽物じゃ無いか確認しよう。もしかしたら開けた瞬間爆発するかも!!」


 先程の事に懲りたのか、リベラはコンコンと箱を小突いてみたり、耳を当てて中の音を探る。

 流石にそんな悪辣な罠がこの遺跡で仕組まれている訳も無く……何も無いと判断した彼女と一緒に、宝箱をゆっくりと開けた。


「さてさてお宝は~♪ わぁ!! 綺麗な腕輪だ!!」

「ブロンズのブレスレット……。しかも軽い物だけど魔術付与エンチャントがされてるっぽいな」


 初めてのお宝を前に興奮する僕達を見て、ナイズ教官はフッと優し気な笑みを浮かべる。


「それはこの遺跡を踏破した新米に送る、ギルドからの細やかなプレゼントだ。本物の聖遺物に比べれば気休め程度ではあるが、魔物除けの効果も付加されている。使うも売るも好きにしろ」


「やったー、早速つけちゃおーっと!!」

「ありがとうございます、教官」


 僕達は初めて手に入れたお揃いのお宝を腕に嵌める。

 電灯棒の明かりに照らされ、きらりと輝くその腕輪に僕もリベラも心を奪われっぱなしだった。


「……んんっ。無事辿り着いたは良いが、帰るまでが遺跡探索だという事を忘れるなよ?」

「「はい!!」」


 余りにも宝に見惚れていた僕達を嗜めるように教官が咳払いをする。

 そこでようやく意識が戻って来た僕達はその後、最後まで気を緩める事無く、無事にこの遺跡を後にしたのだった。

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