剣よ、かく語りき~剣と魔法の異世界に転生したのに実は文明が現代レベルだった件

山形くじら2号

序章 - 俺とじじいと剣の日々

#01 ~ 死と罪、そして転生

 叩くような雨音が、静寂を支配していた。

 水の中ににじむ赤い色が、少しずつ、少しずつ広がって――それが自分の死を告げているのだと、現実感のないままに受け入れるほかなかった。


 気が付けば、あれほどあったはずの痛みが、もうない。

 ただじんじんとした鈍痛と、身体が底から冷えていくような感覚だけ。

 寒いのに、眠くて眠くてたまらない。


 ああ、これが死なんだと。


 小説で読んだ、映画で見た、漠然とした概念がしみわたっていく。


 クソみたいな人生だった。

 熱中できるものなんてひとつもなかった。漠然と生きて、働いて、SNSで何の益にもならないような文句を垂れ流すような毎日。

 若い頃はもっとすごい何かになれると思っていた。けれど、そんなことは全然なくて。恋人には裏切られ、友人関係も薄いものしかない。

 何のために生きてるかも分からない、くだらない人生。


 死にたくない、とは思わなかった。

 ただ、まさかこんな形で――通り魔に刺されて死ぬなんていう、普通ありえない死に方をするなんて思わなかっただけ。


(ああ、クソ)


 もしも生まれ変われたら。

 ――せめてこんなクソみたいな生き方は、もうしたくない。


 目を閉じる。

 そして、俺は死んだ。







 ――叩くような雨音が、静寂を支配していた。

 体を叩く雨粒が、いやに痛みを伝えてきた。


 それに混じって、赤子の泣き声がする。

 うっすらと目を開けると、そこは森の中だった。


 おかしい。俺はさっきまで東京にいたはずで、こんな森の中にはいなかったはずだった。

 誰かが俺を運んだのか? まさかあの通り魔が?


「――赤子か」


 ふと、突然、目の前に老人があらわれた。


 じじい、見てないで助けろ!


 思わず心の中でそう叫んでしまい、そして恥じた。

 俺はさっきまで死を受け容れていたのに。ああやっぱり死にたくないんだと。


「……これが、神の思し召しというものか……」


 老人が手を伸ばし、そして俺を抱き起す。

 フードを被った老人の腕は、思ったよりもずっと硬かった。いや、男を一人軽々と持ち上げるなんて、老人の筋力じゃない……?


 いや、違う。

 そこで俺は初めて悟った。

 俺の身体が小さくなっているんだと。


「ワシの罪を、いまさら償えというか……双つ神よ」


 深々と、老人はため息を吐いて、そして立ち上がる。

 マントの裏側に俺の身体が隠れたおかげで、痛かった雨の感触が止んだ。


 俺は生きてるのか。死んでるのか。

 ああ、眠い。

 ただひたすらに、眠い――。




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2022.12.28 書籍化しました!

本作はweb版であり、書籍版とは少し展開および設定が異なります。

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