5. TeenagerForever

 高校に進学し、入学式の翌日。私と朔はクラスが別れたため、放課後に待ち合わせて職員室へと向かった。軽音楽部に入部するためだ。しかし、衝撃の事実が発覚する。


「うちの学校、軽音楽部は無いんだよね。」


 音楽の先生から発せられた言葉に顔を見合わせる。学校案内には確かに載っていた。


「あぁ、それちょっと古かったかな。今は入部希望者がいなくて無いんだよ。」


 話は終わったという感じで職員室に戻ろうとする先生を引き留める。


「あの、作ることは出来ないですか?」


 こっちも引き下がりたくない。バンド演奏を楽しみに、受験も頑張ってきたのだ。


「部活作ると顧問付けないといけないしなー。二人だけじゃなー。」


 この先生、面倒臭がってない?私が少しイラッとしたのを察して、朔が口を開く。


「先生は顧問、出来ないですか?お忙しいとは思いますが、僕らの青春がかかってるんです。なるべくお手間はかけないように活動しますので!部員が足りないなら集めますから!」


 朔は必死に引き留め、捨てられた子猫のような目で見つめる。


「そうか。まぁ、そこまで言うなら、掛け合ってみるよ。明日職員会議があるから、明日の放課後にまた来て。」


 意外といい先生じゃん、とか思ってしまった私は、単純だ。私も朔に負けず、笑顔でお礼を言った。


「咲樹も少しは成長したな。」


「うるさいよ。バンド、やりたいしさ。」


 バンドを組んだらなんの曲をやりたいかを議論しながら家路についた。



 次の日の放課後。職員室に行くと、真顔の音楽の先生が出てきた。


「お前ら・・・。ごめん。」


 え、だめだったの?

 ショックが顔に出る。


「副顧問付けれなかったわ。顧問は俺がやることになったから。あと、場所は音楽室とれた。吹奏楽部が新しい部室に移ってちょうど空いたところで良かったよ。」


 二人でキョトンとする。言葉の意味を理解すると、嬉しさが込み上げてきた。


「わー!先生、ありがとうございます!!最初は印象悪かったけど、ほんとに好きです!」


 思わず先生の手を握って口走ってしまった。


「印象悪かったんかい!まぁ、俺もせっかく高校教師になったんだし、青春してみるのも良いかなと思って。で、君たちどういう関係なの?あ、俺は『甲斐』って名前だから。よろしく。」


「僕たちは双子の兄妹です。僕は佐倉朔、妹の咲樹です。中二ぐらいからバンド演奏に興味があって、僕はピアノとボーカル、咲樹はギターとコーラスでいつもは演奏してます。」


 甲斐先生は双子が珍しいらしく、双子ネタを聞きながら音楽室に案内してくれた。


「ドラムとかの備品も使っていいから。でも、ここに無いエレキギターとかは自前になるな。」


「全然いいです。使うときは持ってきます!置いておいたり出来ますか?盗られたりとか・・・。」


 先生は機材準備室のロッカーに案内し、鍵を渡してくれた。


「佐倉、って二人いるから、呼ぶのは下の名前の方がいいな。咲樹はギター弾けるんだろ?弾いてみて。」


 アコースティックギターとピックを渡される。チューニングをして気合いをいれる。ただ、ギターに触れるとワクワクした。


「では、甲斐先生にご挨拶と言うことで大人なナンバーを。」


 今では何も見ずに弾けるエイリアンズを演奏し、朔が歌った。演奏が終わると、先生が目を見張った。


「えー、思っていた以上にクオリティ高いじゃん!テンション上がっちゃったよ。また、選曲が渋いね。」


 そのあと、朔もピアノの曲を弾いてみろと言われ、Sixpence None the Richerの『The Lines of My Earth』を演奏する。この曲は洋楽なのだが、叔母さんに紹介されて練習した曲だ。アコースティックギターも入れて、女性ボーカルなので私が歌った。


「いやぁ、最初は面倒臭がって申し訳なかったよ。咲樹の声もいいね。ちょっと俺、熱いれちゃうかもなー。昔バンドやってたから、思い出すなー。」


 結局、最後は先生が一番盛り上がっていた。



 私と朔が双子だということと、軽音楽部を作ったことはすぐに校内に広まった。朔はいつもの調子ですぐに友達が出来たようだった。私はいつもの感じで小ぢんまり、と思っていたが、中学とは様子が違った。一人でもいいや、と開き直った態度が好評らしい。


「佐倉さんって、かっこいいわよね!お友達になっていただけないかしら。」


 聞き慣れない丁寧な話し言葉に少したじろぐ。朔目当てに近づいて来る子は多いけど、彼女は違う感じがした。


「ありがとう。名前、何て言うの?」


「私は藤原椿と言います。よろしくね。」


 彼女は黒髪ストレートの清楚な感じで、お嬢様感が溢れている。気品の格が違う。


「かわいい名前だね。椿さん?私の名前は咲樹でいいよ。みんなそう呼んでるし。」


「だったら私も椿って呼んでほしい。」


 椿は、大人びた雰囲気と色気があり、女子には嫌われるタイプかもしれない。でも、私は友達になりたいと思った。


「なんか、椿の笑顔、キュンと来る。」


 胸を押さえて苦しむと、椿はとても可笑しそうに笑った。


「ふふふっ、なぁに、それ。私、なぜか女子に嫌われるんだけど、咲樹みたいな反応は初めて!」


 彼女とはすっかり仲良くなった。よく話を聞くと、大手銀行の頭取の娘さんで、やはりお嬢様だった。私の親は医者だと伝えると、家族にもいろいろ言われなくて済む、と喜んでいた。親の職業なんて子供の交遊関係に関係ない、とは言い切れない世界。少し切なかった。


 放課後、朔が迎えに来る。隣に誰かいた。


「ベース担当で口説き落としてきた。」


 流石、朔。メンバーが増える!バンド演奏に近づいている気がして、私は勝手に笑顔になっていたらしい。


「咲樹です。よろしくお願いします。」


 彼の少し鬱陶しそうな前髪を眺める。あれ、どっかで見たことある気がする。


「あ、笹蔵です。よろしくお願いします。」


 下の名前も言えよ、と朔が突っ込む。


「あぁ、下の名前は香月。香水の香るにムーンの月で香月です。」


 リュックの肩紐を握る左手の指先を見て思い出した。入試の時の帰りに、消ゴムを落とした人だ。


「お洒落な名前だね。じゃぁ、香月くんって呼んでいい?私と朔は苗字一緒だから、下の名前呼び捨てで呼んでもらえば良いので。香月くんとも苗字似てるね、笹蔵と佐倉。ふふっ!」


 彼は微妙な顔をする。いや、これは照れている?


「何、照れてんの?」


 私の突っ込みに「別に。」と返し、目を合わせてくれなかった。


「香月くんって、入試が終わった時に消ゴム落としたよね?」


 じっと見つめられる。しばらくすると「あっ。」と言って、また顔が赤くなった。けっこう分かりやすいんだな。


「あと、呼び捨てで良いから。咲樹・・・。」


 名前を呼ばれた気がしたけど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。でも、慣れると上手くやっていけそうな気がする。


 職員室に行くと甲斐先生がいて、三人揃って入部届けを提出した。音楽室に着くと、男子が立ってた。先生が声をかける。


「橘。もう来てたのか?」


 彼は笑顔で私たちに手を振る。


「こいつは二年の橘。ちょっと前まで吹奏楽部でパーカッションやってたんだけど、いろいろあって退部して、でも、ドラムやりたいらしいから声かけたんだ。」


 それぞれ自己紹介をする。橘さんは名前が楓というらしい。朔が「可愛い名前ですね!」と言ったら「ありがとう!」と言ってハグしていた。ノリの良い先輩なんだな。皆は橘さんのことを楓くんと呼ぶことになった。


 音楽室に入ると、先生からスコアを渡され、一週間くらいは各自で練習して、その後に音を合わせてみようということになった。


「あのー・・・、俺、ベースギターは持ってないんだけど。」


 香月がボソッと口を開く。よくよく聞いてみると、ヴァイオリンを小さいときから弾いていて、席が朔の後ろだったため話しているうちにその事を言ったら強引に入部させられたらしい。


「ベースだったら、俺のやるよ。明日持ってくるわ。」


 先生が譲ってくれることになり、なんとか形が作れそうだ。これから始まるバンド生活が楽しみで仕方なかった。先生に渡されたバンドスコアは、King GnuのTeenagerForeverだった。先生はKing Gnuファンだと知る。


 翌日から個人練習に励む。渡されたスコアは初心者バンド用にアレンジしてあるものの、ほんとのバンド初心者のため不安が募る。

 甲斐先生はバンドを組んでいたとき、ベース担当だったらしく、香月に教え込んでいた。さすがは長年弦楽器を弾いているだけあって、あっという間に弾けるようになる。


「おまえ、天才だわ。」


 先生までもが驚くほどだった。


「ヴァイオリン以外はあまり触ったこと無かったから楽しいです。」


 前髪が邪魔してあまりよく見えなかったけど、笑ったように見えた。その様子を見て笑ってしまった。


 一週間が過ぎる頃、各自パートの音ができてきたので、合わせてみることにした。楓くんが仕切ってくれて、なんとか曲になった。


「最初にしてはまぁまぁだけど、俺、ハートに火が着いちゃったから、ビシバシ行くぞ!まず、ボーカル。気持ちがこもってない。歌詞を朗読して、内容と伝え方をよく考えろ。あと、自分の声をよく聞け!聴かされてる側をよく考えろ。ギター!もっとはじける!ベース!もっと色気出す!ドラム!青春が感じられない!」


 甲斐先生はいつの間にか熱血顧問になっていた。朔が歌詞を朗読する。


「他の誰かになんてなれやしないよ、そんなのわかってるんだ・・・」


 よくよく聞いてみると、切ないけど、今生きている時間とか、仲間とか気持ちとかを大事にしたくなる曲だ。ただメロディーを演奏するだけじゃなくて、何を伝えたいか、伝わるように演奏するかが大事なんだな。言葉だけでは伝えきれないことも、音楽にするとこんなにも伝わる。音楽ってすごい、面白いな!


「そういえば、バンド名決めてなかったね。どうする?」


 リーダーは朔がやることになった。楓くんは、軽音部作ったのが双子だからTwinsとかCherriesとかでいいんじゃないか、と言っていたが、もっとカッコイイ名前がいい。


「なんかない?カッコイイの。香月は良いの出しそうじゃん!名前もかっこいいし!」


 朔は香月に無茶振りしていたが、結局みんなで考えてくることになった。駅までの道のりをみんなで話ながら歩く。


「最初はどうなることかと思ったけど、お前らが良い奴等で良かったよ。この曲みたいに、高校生活ぐらいは煌めいていたいな。」


 楓くんが吹奏楽部で何があったのかは知らないが、ドラムの腕前は確かだった。


「煌めくだと、glitterですね。」


 香月が呟くと、朔が、おー、なんかその響き、かっこよくない?と反応する。楓くんがいろいろと候補を出す。


「Glitter of Love、Glitter of Youth、Glitter of Star・・・。」


「バンド名なので文法は気にせず、ofは取っていいんじゃない?高校生だし、青春のきらめきでGlitter Youthでどう?しっくり来ないなら改名すればいいし!」


 私が提案すると、とりあえずこの名前で行くことになった。


 楓くんは電車の路線が違ったけれど、香月は方向が一緒で、ひとつ手前の駅で下りるらしい。実は私と朔が通っていた中学校の隣の中学校出身だった。朔は駅中の本屋に用事があるらしく、私と香月で電車に乗る。彼は少し考え込んでるように見えた。


「なんかあったの?悩み事?」


 楽器を背負っている手前、電車には立って乗る。身長差で、彼の顔を下から覗き込む形になる。案の定、彼は顔を背けて「何でもない。」と言った。


「ふふっ、人見知りなの?私も人のこと言えないけど。」


 は?と言ってこっちを向いた。


「人見知りはそんなに喋ってこないだろ。」


「同じ空気の人には話しかけれるんだよ。気持ちが分かるからね。コミュ障って訳ではないんでしょ?」


 香月は「まぁ、話せないことはない。」と言って窓の外を見る。


「俺さ、音に色気がないって言われるの、二回目なんだよね。ヴァイオリンでも言われてさ。考えたんだけど、色気なんてどうやって出せばいいかわからないし。」


「それは私も分からないな。女の子とはあまり話さないの?」


「うん。姉がいるんだけど、それくらい?あとは母親。女の子とかじゃなくて、極力、人とは話さなかったな。思い返すと、中学までは回りに話しかけるなオーラを出してたかも。高校に入ってからは何かと朔が絡んできてくれるから、ちょっとは外交的になったような気がする。」


 確かに最初は話しかけても会話が続かなさそうな感じはしたかな。


「じゃあ、私って貴重な存在じゃん。私にとっても香月は貴重な存在だよ。友達ってほんとにいないんだ。朔経由で知り合い、って感じ。」


 また、鬱陶しい前髪から照れた笑顔が覗く。


「笑ったところ、可愛いね。前髪切ってよ。その方が好き。」


「そういうこと、あまり無防備に言わない方がいいよ。」


 香月は前髪を触って照れている顔を隠していた。駅に着くと、じゃ!と言ってさっさと行ってしまう。無防備にって何だ?好きなものは好き、嫌いなものは嫌いってちゃんと言える人って良いと思うんだけどな。


 

 先生の熱血指導のお陰で、バンド演奏も様になってきた。一度オーディエンスを入れることになり、口コミで集まった生徒たちの前で演奏する。朔は持ち前のコミュニケーション能力で、トークも完璧にこなし、爽やかな笑顔と、歌っているときの真剣な顔のギャップで女の子のハートを掴んでいた。

 香月も前髪を切り、整った顔がよく見える様になった。それに、背が高くてベースを弾いているだけでかっこよく見える、と人気が出てきた。楓くんは圧巻のドラム演奏が男子にも人気だ。

 あと、彼女が見に来ていて、彼女がいることをメンバーは初めて知った。


「佐倉妹のギター、見た?スッゴいうまいよな。ソロのところとか、なんか色気あったなー。」


 予想外の反応に驚く。香月の音には無いと言われた色気が、私の音にはある?


「では、最後の曲になります。Teenager Forever。」


 香月を見るとこっちを見ていて目が合った。きっとこれから、色気が出てくるんだろうな。私たちはまだまだこれからだ。この曲のように、今という煌めきに気付きながら成長していこう。

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