第28話 『おーばーうぇるみんぐ・いんふぇりおりてぃー!』

(現状を整理するよ。私の氷が破られるのは時間の問題…相性が悪い上、圧倒的に火力で負けている。更にここから動くことも逃げることもできない。禁術使いは炎使いの後ろに隠れてる。つまり正面から迎え撃つしかないってこと。─いや、『逃げる』の定義によればワンチャンあるかも、博奕ばくちにはなるけど…。)

 氷の勢いが弱まっていく。

(氷女はそろそろ疲れてきた…?平先輩の勢いに押されているし、もうこれは詰みと言っても…、あれは?)

 稲葉は電柱の天辺が凍っていることを見つける。

 ガタッ、ドッ!

 ─次の瞬間電柱を通して、巨大な氷塊が稲葉に襲いかかってくる。

(私から先に狙う…妥当。平は氷に五感を遮られている。しかも、禁術は攻撃と見做されるから相手の攻撃を禁止することはできない。けど…)

「先輩!」

「チッ…小癪なマネを…!」

 ゴォォ!

 平は氷塊に炎を放つ。

 氷塊はあっという間に溶かされていった。

「ふん、時間稼ぎもいいと…」

「あっ…がぁっ…!」

「い、稲葉ッ!?」

 稲葉の口に、氷の刃が刺さっていた。

「いたた…、学校で受け身習っててよかったぁ。でも気持ちよさが減っちゃったしそれはそれで辛いよぉ…。」

 その後ろには、起き上がっていく龍崎がいた。

(ま、まさか…!あの氷塊は攻撃のためのものじゃねぇ。重石にして、自分を向こう側まで送り出すため。氷塊の大きさは背後に回って奇襲を仕掛けるフェイクにもなる。けど一歩間違えれば電柱が支えきれずに倒れていた…奴はそのギリギリを見極めたんだ!)

「テメェ、何者だ…?」

「スリルが大好きな、ちょっと変わった女子高生です!」

(はっ、道理でだ…!コイツ自身は気づいてないかもしれねぇが、ギリギリを見極めることに関しては天才だ。しかもそれを楽しむ…やっぱテメェは厄介だ。何より…)

「俺の舎弟に手を出して生きて帰れると思うなこんのダボがぁッッッッ!!!!!」

(楽しみたい所だけど…流石に勝てないよね。)

 龍崎は逃げ出した。

 平は追いかけようとしたが、それをやめて立ち止まる。

「クソッ!クソォォォッ!」

 大地は、銀色に光っていた。








(…部屋の中、誰かの声が聞こえる。恐らく闘ってると思うけど…。共倒れ、狙ってみるか。)

 合理は大量の爆弾で部屋を覆う。

 少し離れたところで、起爆させた。

 その後戻ったが、部屋は無傷だ。

(…物理的攻撃はあまり通用しないのかな?隙間もないし、それならどうしようもな…ん?)

「0431967858」

 突如女の声が聞こえる。

(こっちに話しかけてるのか?でもこの10桁の数列は…、そうだ!)

 合理は急いで携帯を取り出してメッセージを送る。

(今のは間違いない、電話番号!中の女性が携帯電話のSNS機能で助けを求めているってことになる…!)




(この部屋の外に誰かいるってことは間違いない。足音もしたし、爆破後の様子を見に来たんだろう。相手はまだ耳を抑えている。場合によっては、詰み解除はあり得るかもしれな…、来た!)

『外の者です、戦闘相手の能力を教えてくれませんか?そうすれば協力することもやぶさかではないです。』

(救いの神ィィ!けど、恐らく外の人は、隙を狙って共倒れさせようとしてくる。でも逆転の目はここしかない!)

『バリアを貼る能力と物体を腐食させる能力です。』




(腐食…腐食か…。相性が悪いっちゃ悪いけど…この方法なら関係ないか。)




「耳がやっと戻った…、さてお前は詰んだ訳だが、辞世の句でも聴いてやろうか?」

「あー、もうちょい腐ってからでいい?」

 ─十分後、十文字の体がだんだん緑色に変色していく。

 だが中の人間はそれどころではなかった。

「…何故だ、何故この部屋がどんどん暑くなっていく?」

 犬神は汗でビショビショになったシャツをはためかせる。

(…やった!)

「恐らく外の人の仕業だよ!一度休戦した方がいいんじゃない?」

(…くっ、仕方ない。ここにいては蒸し焼きになるだけか。)

 犬神は部屋を解除する。

 白い壁と天井が、みるみるうちに消えていく。

 その代わりに現れたのは、部屋を覆う鋼だった。

 十文字は体が元に戻ってることに気づく。

「これで私を焼こうとしていたのか。ふん、甘いな。」

 犬神は手から出した刃で鋼を切り裂く─と、たちまち鋼が腐り落ちていった。

((─ここだ))

 十文字は犬神が開けた穴に向かって全速力で走っていく。

(この方法で私達を殺すことは不可能。『因果応報リンカーネイション』を解除すれば済むだけのこと。当然それは相手もわかってるはず。だとすれば相手の取る行動は…!)

 犬神の反応が一瞬遅れる。

 それが、致命的だった。

 ダンッ!ドオッ!ドゴォォ…!

 小型ドローンによる上空からの爆撃が始まった。

 十文字は僅かにこれを回避。

 全速力で走って爆煙に紛れる。

 対して犬神は、それをもろに喰らう形となった。








「ん、ここは…?」

「魂の世界です…」

 答えたのはレヴィアタン。

「なん、だと…!じゃあ私は…負けたのか…!?」

「はい…」

「何故だ、何故私が負けるのだ…!外からの介入がなければ勝つのは私だった…!私だったんだ…!」

「そうですか…。それで、あなたは負けたので魂は私のものになるんですが…、賞罰って…大事ですよね?」

 急にレヴィアタンの目つきが変わる。

 今までの焦点を合わせない目から、獲物を狙う肉食獣の目へと変わる。

「あなたのやったことは、正しいと言えるでしょうか?」

「な、何を言っている?その通りだろう。悪は裁かれるべきだ。」

「ではあなたのための世界へと、これよりお連れしましょう。」

 そう聞いた直後、犬神は微睡まどろみへと落ちていった。








「うっ…うん…ここは?」

 犬神が目覚めると、そこはジャングルだった。

「ここは一人の世界。お望み通り、悪人がいない世界にしました。」

「一人…一人って!」

「はい、人間は誰一人としていません。あなたの心が壊れるまで、永遠にここにいて貰います。それでは。」

「お、おい!レヴィアタン!返事しろ!嘘だ…!」

 犬神が敗者の末路を体で理解するのは、もう少し先の話だ。

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