第19話 『いぬがみ・えんゔぃー!』

 犬神瀞峡は、とても目立ちたがり屋の男だった。

 学芸会では主役に立候補し、勉強もテニスも一生懸命。

 コンクールを見つけたら、そこに必ず出品した。

 挑戦的な子どもだと、大人達からはそれなりに評価されていた。

 しかし彼はそこまでしか見られなかった。

 主役にはクラスのリーダーがなり、勉強は他のクラスの天才がいて、テニスは最初は一番だったが、後から来た転校生にはいつも負けていた。

 コンクールでも、一番良くて『佳作』だった。

 友人は多かったが、付き合いは浅かった。

 大学ニ年の時、一度恋人ができた。

 その時は彼の心は安定していたが、その恋人を先輩に奪われてしまう。

 その先輩は他人の恋人を奪うことが趣味の男で、他に何人も被害者がいた。

 怒り狂った犬神は恋人と先輩を殺害。

 死体は山奥の湖に沈めた。

 ─直後、途轍もない後悔が犬神を襲う。

 大学に行っても、何日経っても寒気が収まらない。

 自首を考えたその時だった。

「なぁなぁ、3年の高畑、行方不明になったらしいぞ。」

「マジかよ、ざまぁねぇな!俺の美雪ちゃんを奪いやがって!」

「まぁアイツは嫌われてたし、きっと殺されたんだろ。誰かわかんないけど感謝だな。」

「─ッ!」

 感じたことのない快感を覚える。

 それ以降、犬神は悪人達を『誅殺』し始めた。

 警察に狙われようと、喜ぶ声がある限り、犬神は悪人を殺し続ける。




 しかしそれでも、犬神は足りなかった。

(自分のやっていることは紛れもない善行だ…なのにどうして自分は評価されない!?所詮この世の悪には手出しできない警察や慈善団体なんかより遥かに善行を積んでいるのに…。ずるい、ずるい、ずるい、ずるい!)

 そんな時だった。

「こ、こんにちは…レヴィアタンって言います…」

 矢鱈弱気なこの蜥蜴が、犬神にある希望を与えた。

(どんな世界でも造れるのなら…未来永劫自分が世界最高のスターとして君臨する世界も造れるのではないか?こんな効率の悪いことは他に任せればいい!)








(壁を壊せるのは男のみか…。契術が未知数の方は始末した。ならやることは簡単。そいつを殺せば私の勝利は確定的!)

 犬神は踵を返して米沢に襲いかかる。

(何とかして壁に触れられれば…攻略は可能。しかし下手に触れに行けば逆に奴に触れられて腐る。腐食の早さは見た通りだ。



 …もしや。)

「はっ!」

「おぅらぁ!」

 龍崎は氷柱を犬神に飛ばすも、案の定壁に防がれる。

 その部分に宮藤が最大威力の血弾を放つ。

 しかし壁にはひびも入らない。

 犬神の斬撃が米沢を襲う。

 その瞬間、彼は刃を思いっ切り蹴っ飛ばした。

「無駄だ」

 斬撃は全く止まらなかった。

 ドンッ!

 米沢が壁際までふっ飛ばされる。

「攻撃中ならバリアはない…そう考えたのか?腐らないのは咄嗟に契術で自分をふっ飛ばしてガードをしたのか?褒めてやろう、偉いぞ。」

 犬神が真顔で言い放つ。

(いてぇ…畜生ミスった…、このバリアはおそらく衝撃そのものを吸収する!…だからベクトル全載せの蹴りも通じなかったのだろう。今のはバリアを体そのものに纏った。これでは俺の全力の2倍以上のパワーが必要になる。まずいぞ…!)

 犬神は米沢にトドメを刺そうと近づく。

 そこに、宮藤と龍崎が立ち塞がる。

「この男が魔王なのか、なるほどな。邪魔をしない方が楽に死ねるぞ?」

「言葉を返すで」

「いいえ、もっとこの感覚を楽しみたいので!」

「舐めるなよ…、俺はまだ立てる。」

 米沢が立ち上がる。

「愚かな」

 犬神が邪魔をする二人を先に切ろうとした瞬間、宮藤が袋を大量に開き、血を犬神に放つ。

 それはバリアに防がれたものの、米沢は宮藤の意図に気づいた。

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 米沢はパチンコ玉を最大威力で連射する。

 一瞬、だが確かにバリアに穴が開く。

 その隙に血液が侵入する。

「バカめ!この僅かな血液で…」

「ど阿呆、ウチらはその程度であんたを殺せんねん。」

 突然犬神の視界が赤く染まる。

 血が、犬神の目を覆っていた。

「腐ったところで血は血や。それ以上でもそれ以下でもありまへん。」

 犬神は混乱して立ち止まる。

 血を拭おうとした時を、米沢は見逃さなかった。

 パチンコ玉を放ち、前の壁を壊す。

 バリィンッ!

 犬神は反応できない。

 もう一発が、犬神に炸裂する。

 バリィンッ!

 バリアに穴が開く。

(まずい…バリアを貼り直さねば…)

 貼り直すより疾く、血液がバリアを開けたところに埋まり、溢れる。

 そのおかげか、バリアを上手く貼り直せない。

「そこだな」

 バギゥゥゥン!

 3発目が、炸裂した。

 犬神がビルの窓を突き破る。

「犬神!」

 珈砕が駆け寄る。

 気絶していたが、まだ息はあった。

 胸を撫で下ろすのも束の間、珈砕は3人がドアを開けるのを見る。

「よ、コイツ殺させてくれねぇかぁ?」

(俺様の契術は物を大きくする能力…あまり大きすぎるものには使えないから使い心地は悪いと言ってもいい、このままだと無理だ!勝つのは…ならいっそ…!)

「さっさとトドメ刺すで」

「勿体ないけど仕方ないですね…。」

 宮藤が血を放とうとしたまさにその瞬間。

 異変が起きる。

 珈砕の体がどんどん大きくなっていく。

「まずい、早くトドメを…」

 珈砕の手が犬神を奪う。

 奪って、左の拳に隠した。

(俺様の絵を評価してくれたのは犬神だけだった…、俺様を褒めてくれたのも犬神だけだった…!他陣営のヘイトを稼ぐからこれだけはやるなと言われていたが…すまない!命に替えても俺様のたった一人のファンは護る!)

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