第2章

第57話 どこぞの誰かの爆弾発言

「はじめまして、M大学情報科学科三年山田美和です。よろしくお願いします」


 インターンシップの学生を今日から数人受け入れると聞いていたが、まさかそのうちの一人を庶務課で引き取るとは思っていなかった。もちろん庶務も重要な部署ではあるが、どうせインターンで入るなら、営業や企画開発部などの方がより後に役立つ経験ができるのではないかと……。いや、庶務ももちろん色々経験はできるけども。


 まだ大学生らしい彼女は、紺のリクルートスーツに、サラサラ黒髪の清楚系の美人さんだった。男性社員の顔が八割ニヤけているのはしょうがないだろう。何せピチピチの二十一歳だそうだ。まぁ、沙綾もそんなに年齢は変わらない……筈だ。四捨五入したら同じ二十歳ということで。


「女子は制服があるから……神崎さん、彼女に制服の支給を頼む」


 沙綾はいきなり名前を呼ばれて、ビクリと肩を震わせた。最近人と話すことに慣れてきたとはいえ、朝礼の席で庶務課の社員全員の視線が自分に向けば、人見知りじゃかくても緊張してしまうことだろう。


 部長は美和の紹介を終えると、始業の挨拶をしてから沙綾を手招きした。


「神崎さん、彼女は山田美和さん。うちの取引先でもあるサンヨウのご令嬢だ。彼女の指導、君に任せるから」

「わ……私がですか?! 」

「あぁ、君も今年の春で三年目になるだろ。去年は新人がうちには入ってきてないから、君がうちで一番若手だし、新人の面倒を見るのは、直近の先輩の仕事だからね。それに社長の親戚の君なら適任だろう」


 全然適任じゃありません!


 と、沙綾は声を大にして言いたかった。言えないけれど。

 年末に昴との関係がバレると同時に、沙綾が神崎の身内であることが社内に広まってしまい、社内はかなり騒然となった。沙綾としては、別に偽名を騙っていた訳でもなく、ただ黙していただけなのだが。


「山田さん、神崎さんによく聞いて仕事に慣れてね。じゃ、あとよろしく」


 部長が自分の席に戻っていき、他の社員も自分の仕事を開始した中、沙綾はモジモジと美和に話しかけるきっかけを探っていた。


「制服……あるんですよね」

「うん、そう! 制服あるの。まずは更衣室よね」


 美和から声をかけてもらって、沙綾はホッとして美和の前に立って歩き出す。更衣室につき、予備の制服を美和に手渡すと、美和は微妙な顔をしてその制服を手に取った。


「あ、Sサイズで大丈夫だよね? 山田さん細めだから」

「これ、着ないといけないの」

「え……っと、制服だし、一応」

「……ダッサ」

「え? 」


 見た目も衣装も何も変わっていないのに、美和から受ける印象がガラリと変わった。清楚なお嬢様然としていたのに、ほんの数ミリ目尻が上がり、唇が歪んだだけで、ハスッパな印象になる。


「こんなん、誰が着るのよ。ダサ過ぎて無理。第一、誰が着たかわかんないお古とか、なんで私が着ないといけないの? 」

「クリーニングには出してるし……」

「むーりー。それに、私の体型だと、既製品は合わないの」


 そういうと、美和はジャケットを脱いで見せた。どこに隠していたんだというような宝満なバストに、両手でつかめるんじゃないかというくらいの細いウエスト、ハリのあるヒップ。清楚な顔立ちに似合わない我儘ボディーがそこにあった。

 確かに、これでは既製のサイズは合わないかもしれない。バストに合わせてシャツやベストを選べば他はガバガバだろうし、肩幅などに合わせたら前が閉まらない。スカートも同じく、ヒップに合わせたらウエストがガバガバで落ちてしまうだろう。


「……確かに。でも、それじゃあどうしよう」

「ここの社長、カズの親戚なんでしょ。カズの制服なら着てもいいわよ」

「それは……」


 確かに伯父の和成は有名なデザイナーではあるが、有名だからこそ事務服のデザインなんて引き受けないだろうとも思う。第一、カズブランドはそれなりの値段がするのだから、事務職の女子社員分仕入れるとなるとかなり経費がかかる。


「無理だわ。うん、無理。わかりました、私がこの制服、山田さん用にリメイクします。スリーサイズ教えてください。あと肩幅とかも」

「は? サイズがあっても着ないから。第一ね、私は庶務課なんかにくる為にこんな会社に来た訳じゃないから」


 色んなサイズの制服を出して、パーツパーツ合わせてみようとした沙綾の手から、美和は制服を叩き落とした。


「はぁ……、どんな課でも会社には必要ですけど」

「私は営業に行きたいの! 営業以外は時間の無駄」

「……」


 まだ大学生だというのに、自分のやりたいことがハッキリしているなんて……と、沙綾は感心してしまう。少しストレートに物を言ってしまうのは、若さ故と思うことで目を瞑ろうとした。


「だって営業には昴がいるでしょ」


 スバル……って、営業にスバル何某さんっていたっけ? それか、何某スバルさん。まさか、浅野昴ではあるまい。


「……営業のスバルさんに何の関係が? ちなみに何課のスバル何某さんですか? 」

「はぁ? あなた、昴を知らないの?! 浅野昴よ? ア•サ•ノ•ス•バ•ル。あんないい男知らないなんて、あなた目腐ってるんじゃないの?! 」

「一課の浅野さん……」


 美和は宝満なバストの前で腕を組むと、沙綾を馬鹿にするように見下ろした。清楚系の雰囲気がガラリとハスッパな物に変わる。洋服も髪型化粧に至るまで何も変わっていないのに、少し目力が強くなり、意地悪そうに唇が少し歪んだだけで、凄い人相の変わり様だ。美人さんであることには代わりはないのだが。


「なんだ、やっぱり昴のこと知ってるんじゃない。お祖父様も、昴なら私の婿にしても問題ないって言ってるし、私も昴となら結婚してもいいかなって思うわけ。見た目的にも釣り合うし、仕事だってできるみたいだし、何より身体の相性が抜群だもん。だから、営業に、昴の近くで仕事したかったのに」


 結婚?

 身体の相性が抜群?


 沙綾は美和の言っていることが理解できずに、馬鹿みたいにポカンとして美和を見上げた。



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