第22話 浅野昴は初デートで妄想する

 約束の時間は10時。そして今は朝の6時である。この時間に昴は何をしているかと言うと、腹筋をしていた。

 わざわざ早起きして筋トレにいそしんでいる訳ではなく、「初デートだ!」と興奮して早く起きてしまっただけである。小学生の時の遠足だって、こんなにソワソワワクワクしなかった。小学生時代の昴は、見た目はニコニコと友達と話を合わせながらも、頭の中では「遠足如きではしゃぎ過ぎだろ」と冷めた視線を向けるような、可愛げのない子供だったからだ。


 で、何をそんなに興奮しているかというと、昨日沙綾をアパートまで送った別れ際にした沙綾との会話に原因があった。


「浅野さんは、だし巻き卵は甘い派ですか? 塩っぱい派ですか? 」

「だし巻き卵? お弁当のとかについてるのは甘いよね」


 正直、甘い物はあまり好きではない昴は、お弁当の付け合せの甘いだし巻き卵や人参のグラッセなどはあまり好まなかった。それが表情に出ていたのか、沙綾は少し表情を和らげた。


「浅野さん、甘い物苦手でしたね。了解しました」

「ね、だし巻き卵がどうしたの? 」

「明日、車でドライブですよね? 」

「うん。沙綾ちゃん人混みじゃない方がいいだろ? ちょい田舎の方行ってみようかなって」

「だから、お弁当作ろうかと」

「え? 」

「お弁当、嫌ですか? 」

「好き……無茶苦茶食べたい」

「そうですか、なら良かったです。じゃあ、送っていただいてありがとうございました」


 そそくさと車から下りる沙綾をボンヤリと見送りる昴の脳内で、沙綾の言葉が何回もリピートされる。

 昴は手作りのお弁当を食べたことがなかった。小学校の時の遠足などは菓子パンを買って持っていったし、中学以降は昴に気のある女子がお弁当を作ってきて渡されることもあったが、何が入っているかわからなくて食べずに捨てていた。


 初彼女との初デートで初弁当!

 初めてだらけのことに、27歳にして楽しみ過ぎて早起きをしてしまったのだ。(運転があるから寝るのは気合いで寝た)そしてやることがないから腹筋をして時間を潰しているという訳だ。


 ちなみにその頃の沙綾は、寝不足で閉じそうになる瞼と格闘しながら、朝の5時起きをして弁当を作っていた。(しつこく言うが、約束の時間は10時である)


 3時間、みっちり筋トレした昴は、軽くシャワーを浴びてから昨日用意しておいた洋服を着る。細マッチョの昴だが、さすがに筋トレ後は筋肉がパンプアップされており、細みのTシャツに筋肉が浮き出ていた。ただのTシャツにジーンズ姿なのに、まるでモデルの着こなしのようだ。アクセサリーとかも貰い物が沢山あるが、あえて時計のみでシンプルに装った。


 10時5分前に沙綾のアパートにつき、ラインで到着を告げると、すぐに大きなバスケットを持った沙綾が部屋から出てきた。昴は車から下りて外階段の下まで沙綾を迎えに行く。


「おはよう、沙綾ちゃん」

「おはようございます」


 バスケットを受け取るとズシリとかなり重く、昴のテンションが上がる。

 車に乗ると、沙綾はバスケットの中から水筒を二つ取り出した。


「コーヒーいれてきました。喉渇いたら言ってください」


 一つは昴用にコーヒーを、もう一つは自分用に紅茶をいれてきたようだ。他にも、飴やガムを出してジーンズの膝の上に置いた。


「眠くなったらガムありますから」


 いたれりつくせりらしい。昴は楽しい気分で車を発進させた。行き先はすでにカーナビに登録済みだ。たまに沙綾の指ごと飴を食べながら(距離がつかめなくてごめんねと言いながらわざとだ)、高速道路に乗り走ること2時間弱。ちょうどお昼の時間くらいに最初の目的地である牧場についた。

 長期休暇でも連休でもない普通の日曜日、チラホラとは客はいるものの、かなり貸し切り状態に近い。


「まずお昼にしようか」


 牛だ羊だ山羊などが目の前にいるが、昴の頭の中は右手に持ったバスケットの中身のことでいっぱいだ。沙綾の手を軽く握って、キョロキョロと食べれる場所を探す。思わず手を握ってしまっていたが、これは本当に無意識だった。牧場の中には、食堂みたいなのや手ぶらでBBQができる場所みたいなものもあった。


「お弁当いらなかったですかね」

「いるに決まってるだろ。ほら、あそこのテーブル。あそこで食べよう」


 雨ざらしのテーブルと椅子が数個あり、そこで家族連れがお弁当を広げていた。その斜め後ろのテーブルにバスケットを置くと、沙綾がバスケットの中身を広げていく。ウインナーに唐揚げ、アスパラのベーコン巻き、だし巻き卵、プチトマトなどが入っていた。大量のおにぎりは微妙に形が違ったり、海苔がまいてあったりなかったり。


「おにぎりは、梅干し、おかか、鮭、肉ソボロ、ユカリがあります。残ったら持って帰って明日の朝ごはんにしますから無理せず食べてください」

「凄い……。いただきます! 」


 二人分にしたらかなり多い量の弁当を主に昴が食べ進めていく。

 ウインナーはタコの形で目にはゴマが入っており、唐揚げは醤油味と塩味の2種類入っていた。だし巻き卵には塩昆布が入っていて、いつも弁当などに入っている甘い味付けではなく出汁のきいたうっすら醤油味だった。


「美味すぎるんだけど」

「ありがとうございます」

「はぁ~、マジで毎日沙綾ちゃんのご飯が食べたい。癒やされたい」

「大袈裟です」


 昴は斜め前の親子連れをボンヤリと眺めた。お父さんにお母さん、幼稚園生くらいの女の子が賑やかに弁当を食べている。その幸せそうな風景に自分を当てはめてみる。


 父親はもちろん俺。


『あ、そのウインナー紗雪の』


 プクッと頬を膨らませるのは沙綾似の女の子だ。


『早いもの勝ち』

『パパ大人気ないわよ。紗雪、唐揚げあるよ』


 沙綾ママが娘の口元に唐揚げを運ぶ。


『えー、塩唐揚げはパパが食べたい』

『紗雪が食べちゃうもんね。パパはトマトでも食べてなさい』


 沙綾ママの箸から唐揚げをパクリと食べた娘は、指でつまんだトマトを俺の口に押し込む。娘はプチトマトならなんとか食べれるが好きではないから、次から次に俺の口に押し込もうとする。


『紗雪、野菜も食べるよ。パパも違う野菜も食べてね』


 ヤバイ……。なんだこの幸せな風景。想像しただけで涙腺が緩みそうなんだけど。しかも俺の奥さんが素敵過ぎる。アーッ、結婚したいッ!!


「浅野さん、お腹いっぱいになりました? 」


 妄想に悶えている間に、残ったおにぎりを片付けられてしまった。お腹はいっぱいだが全部食べたかったのに。


「うん、残りのおにぎりは帰りの車で食べたい」

「いいですけど、こぼしたら大変じゃないですか? 」

「そういうの気にしないから」


 それから二人で牧場を見て回った。牛の乳搾りもできるようで、二人で試しにやってみたら沙綾に乳搾りの才能が開花した。シャーッシャーッと勢いよく飛び出すミルクに、「才能あるね」と昴が言うと、沙綾は「使い所に困る才能ですね」と苦笑していた。


 牧場を満喫した後はトリックアートミュージアムに行き、お互いの写真を取り合った。笑顔が得意ではない沙綾だからか、困った顔や驚いた顔が写真にマッチして、かなり真に迫る写真が撮れたと思う。そんな中、あっち見ようこっち見ようと手をつないだり離したり、なるべく沙綾に意識させないように軽いスキンシップになるように意識しながら、徐々に手をつなぐ時間を長くしてみた。最後はずっとつなぎっぱなしにしてみたが、沙綾に嫌がっている雰囲気はなく、今回のデートの一番の収穫となった。そうすると、さらに先に進みたくなるのが、男の性というもので……。せめてキスくらいは!と、今日のデートの〆を変更することを目論む昴だった。


 帰りも高速道路を使い、夕飯は途中のサービスエリアでお昼の残りのおにぎりと軽食を食べた。これで沙綾をアパートまで送って今日のデートは終了する筈だったが、せっかく初デートでかなりお互いの距離が近くなった気がしていた昴は、さらに二人の距離を縮める為(目的は初チュー)に少し寄り道することにした。


 車から見れる夜景が綺麗なスポット。


 昼間は少しお子様過ぎるデートプランだったから、最後は大人らしく締めようと、さっき沙綾がトイレに行っている間にサクッと調べておいたのだ。方面的にも帰り道の途中にあったし、ここで少し沙綾との仲を進展させれたら! と気が急いていたせいか、昴は助手席に乗っている沙綾がいつも以上に無口であることに気が付かなかった。

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