第7話 探偵の苦悩(2)

 依頼というのは不思議なもので、同じ事に関する依頼が、双方から入ることがある。例えばケンカの仲裁。それに、バレンタイン前の調査。

 私はその2つの依頼に内心で唸り声をあげた。

 それは松組のマドンナこと酒井百合のチョコレートについてで、木下悟志も三波洋介も、どうにかそれを自分が欲しいと思っており、自分をさりげなくアピールしてもらいたいというものだった。

 無論、アピールに関しては断った。そこまでは私の関知するところではない。

 しかし酒井に誰か渡す相手がいるのかどうか調査を始めようとした矢先、当の酒井からも依頼があった。

「小西竜也君に親しくしている女はいるのか調べてもらえるかしら」

と。

 木下も三波も、彼女の眼中にないという事だ。

 しかしここで新たな事実に気付いた。小西は、通っている少林寺拳法のコーチに夢中だという事に。しかもこのコーチには同じ大学に通う恋人がいる。

 園児全員が失恋の憂き目に遭いそうだ。

 このままでは、バレンタインは荒れそうだ。

 誰もがハッピーになれるなんて思ってはいない。しかし、ただ観測してそれを伝えるだけという探偵の職分に、私はガラにもなく気が重くなってしまっていた。

 このままでは園の雰囲気が悪くなるか、ケンカが起こりかねない。そうなると、困るのは春香先生たちだ。

 私は彼女が胸を痛め、泣くのを想像して、溜め息をついた。

 そんな私に、声がかかる。

「俊君、迎えに来たわよー。帰りましょう」

 母の声だ。悩みがなさそうで羨ましい。私は内心で苦笑しながら、春香先生の曇りの無い笑顔に手を振った。


 父と向かい合わせでくつろぎのひと時を楽しむ。男同士の裸の付き合いというものだ。

「俊介、これは何時だ?」

「10時20分」

「よくできたなあ。正解だ!俊介は天才かもしれないなあ」

 お風呂のタイルに貼り付けた教育教材で、時計の読み方を練習しているところだった。

 父はにこにこと嬉しそうに笑って、私を膝の上に乗せる。

「ねえ、お父さん。お父さんはチョコレートケーキとチョコレートプリン、ケーキの方が好きだよね」

「そうだなあ。俊介はプリンが好きかな?」

「うん。でも、ケーキも好きだよ。

 でね、バレンタインがケーキじゃなくてプリンだったとしても、嬉しい?」

 父は笑って、私に頬ずりした。

「勿論!あはは。そうかあ。俊介はプリンを作って欲しいんだな?いいぞ、お父さんは」

 完全に勘違いしているが、まあ、そうか。プリンを食べたいとさりげなく母にアピールしておくか。

 私はひっそりとそう考えながら、タイルに水で貼り付けた時計の針を動かした。







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