第3話 探偵の孤独(1)

 もうすぐお正月が来る。お正月と言えば、お年玉だ。

 ゲーム機やらおもちゃやらと、クリスマスに引き続いて手に入れるチャンスがやってくる。

 しかしそこには、落とし穴も存在している。甘い物だ。歯を磨けばいいとは言え、遊んでいる最中や本を見ている最中などに口に入れてしまった時、つい、面倒で怠ってしまう。

 特にアメは危険だ。口に入れてから舐め終わるまで時間がかかり、舐め終わった時にどこで何をしているか、予測が不可能な事がある。

 園児にもこのアメの中毒患者が少なくなく、そのせいで歯を病んでしまった者も多い。

 恥ずかしながら、私もそのひとりだ。だからこうして、私達は人目を忍んで裏手に集まり、輪になって、例会を行っていた。

 順番に、この1週間、歯磨きを怠りなくできたかどうかを報告し合う。できた者には惜しみない賛辞を。できなかった者はできなかったと告白し、反省する。そしてそれを共に、慰め合い、励まし合う。そういう会だ。

 ひろ君は晩御飯の後眠くて我慢できなかったと告白し、我々は彼の肩を叩いて励ました。

 ひまりちゃんはチョコレートをつまみ食いした後、バレるかも知れない危険を冒しながらも歯を磨いたと報告して、私達は拍手を持って彼女を讃えた。

 私は、本を読んでいる最中、いつの間にかアメが無くなっていることに気付いたが本の誘惑にあらがえずにそのまま本を読んでしまったと告白し、深く反省をした。

 そうして今回の歯磨きの会は解散となり、虫歯に常に悩まされている私達は、お互いに肩を叩いて健闘を祈りながら、ひっそりと散ってほかの遊ぶ園児に合流していく。

 私は恐竜図鑑の続きを見ようと、教室の後ろにある本棚の前へと行った。

 その私に近付いて来た園児がいた。

 小山優斗。大人しくて優しくて、いつも大抵、にこにことしているか、困ったような顔をしている。おっとりしているのに意外にも足が速い。同じ歯磨きの会にも所属する仲だ。

「俊君、いいかな」

 私はお気に入りの恐竜図鑑が誰かに取られてしまっているのを残念に思いながら、優斗の方へ体を向けた。

 優斗の事だ。ケンカの仲裁というのは考えられない。無くし物か、或いは、彼を巡って女の子が睨み合いにでもなっているのか。

 そう予測しながら、優斗を見る。

「ああ。何だろう」

 優斗は今日もにこにことしながら、私に言った。

「お願いがあるんだ。ぼくを探偵の仲間にしてくれないかな」

 私は本気かどうか確かめるように優斗の顔を見ながら、取り敢えず静かな方へと彼を誘った。

「探偵は、楽じゃないよ。報われない事も多い。理不尽な事も」

 そうとも。依頼通りに相手の気持ちを確認してそれを伝えたら、失恋した依頼人に頬をはたかれたのは私だったなんて理不尽な事も、飲み込まなくてはならない。

「華やかさにもほど遠い」

 例えば運動会で、目の前の優斗がぶっちぎりの走りでグラウンド中の視線を集めている時、私は依頼人が無くした水筒に付けていたキーホルダーを這いずり回って探していた。

「わかってるよ。でもかっこいいよね」

 優斗から憧れるような眩しそうな目を向けられ、私はそっと苦笑して肩をすくめた。

「俊君は困った人を助けて凄いよね。そんな風になりたいんだ」

 やれやれ。こういう賛辞には慣れないもので、どうしたらいいのか迷ってしまう。

「そんな、たいそうなものじゃない」

「ううん。ぼく、助手になる。決めたんだ。

 遠足の時、頼みをひとつ聞いてくれるって言ったよね」

 ああ。私はそのうかつな約束をしてしまった時の事を思い出した。

 あれは秋の遠足だった。弁当の時間になって、弁当箱を取り出したのだが、そこでアクシデントが起こった。はしゃぎまわる園児が背中に激突し、うっかりと弁当箱を落としてしまったのだ。

 半分以上がダメになったのだが、近くにいた優斗が、親切にもおにぎりを分けてくれたのだ。あれが無ければ、生きて帰れたかどうか……。

 思わずうかつな事を言ってしまった。だが、男に二言は無い。

「わかった。助手として採用しよう」

 こうして我が探偵事務所に、新しいメンバーが加わった。



 





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