第4話 それでも、やっぱり優しいと思いますよ?


 授業が進んで、昼。


 今日は自分の席で、一人での昼食だった。

 ナツは大体、彼女と中庭で食べてるらしい。


 いちゃいちゃを目の前で見せつけられるよりは精神衛生上いいので、特に文句はなかった。

 それに、一人で食べるのにも慣れている。


 隣では間宮も弁当を食べているが、干渉することはない。


 母さんが作ってくれた弁当を食べつつ、スマホでアプリゲームを動かす。

 オートで進む戦闘風景を眺めながら考えるのは、放課後に控える憂鬱ゆううつな出来事。


「……はあ」


 自然とため息が漏れるのも仕方のないこと。

 そう納得させて弁当を食べ終わり、蓋をしていると教室の扉が開く音が聞こえて、


「間宮はいるか?」


 教室に入ってきたのは、がたいのいいジャージ姿の男――このクラスの担任教師であり、生徒指導も務める我堂がどうダイ先生。

 手に抱えているのは山のように積み重なったプリント。

 それを教壇に置いて、言葉通りに間宮がいる方向へ視線を向ける。


 生徒からは大先生、なんてあだ名で呼ばれる教師に呼ばれて、間宮は弁当を食べる手を中断させて立ち上がる。


「どうしましたか?」

「次の授業で使うプリントを運んでほしくてな。頼んでいいか?」

「わかりました」

「できればもう一人くらい来てくれると助かるが……」


 うーん……と大先生は教室へ視線を巡らせる。

 暇そうな生徒を探しているのだろう。


 だけど、大先生が指名をするより先に、


「……藍坂くん、よろしければ手伝っていただけませんか?」


 実質的な命令が、間宮から下された。


 本人的には本当に、純粋にお願いしているんだろうけど、あの写真がある限り俺は対等に接することは出来ないと思う。


「……わかった。手伝うよ」

「ありがとうございます」


 礼なんて言われても寒いだけと思いながらもスマホをポケットにしまって、大先生の後を間宮と並んで歩く。

 職員室について、大先生の机に積まれていたプリントの山。


 それを持てるだけ両手で持ちあげ――いや重いって。

 俺が貧弱なだけかもしれないけどさ。


「藍坂くん、それは持ちすぎです」

「いいから」

「ですが……」

「これくらい平気だって」


 ちょっと腕は震えてるけど、教室までなら多分大丈夫。

 女の子よりも少ない量だけ持ってたら何のための手伝いかわからないし。


 なにより、俺よりも細い腕の間宮にこの量を持たせるのは不安だ。


 間宮は渋々認めたのか、残っている俺の半分くらいのプリントを抱える。

 それを満足げに眺めていた大先生が頷いて、


「二人とも頼んだ」

「わかりました」


 返事をする余裕もなく、二人で教室に戻る。


 にしても本当に量が多い。

 大先生が頼りたくなるのはわかるけど……あの人平気な顔して持ってなかったか?


 ジャージの上からでもわかるほどの筋肉量を誇る大先生と比べるのが間違ってると言われればそれまでだけど。

 来たときよりもゆっくりとした足取りで廊下を歩いていると、


「すみません、頼んでしまって。量も全然違いますし」


 突然、間宮はそう謝った。


「別にいい。悪意はなかったんだろ?」

「そうですけど……それとこれとは話が違うといいますか。断れない状況でしたから」

「文句を言う気はないって。ちょうど食後の運動がしたかったところだ」


 変に罪悪感を持たれても困ると思ってそう言うと、間宮はきょとんと目を丸くして、くすりと控えめに笑った。


「何がおかしいんだよ」

「いえ……優しいんだなあ、と思いまして」


 間宮のことだ、俺が嘘をついていることなんてわかっているんだろう。

 普段の生活を知っていれば、俺がそんなことを考えているような人間じゃないことは簡単にわかる。


 出来るなら動きたくないし、ましてや昨日の今日で間宮と関わりたくもなかった。

 それでも、直接頼まれたら断れない。

 助けることで少しは状況が好転するんじゃないかという打算もあったけど、それも多分バレている。


 自分の浅はかさを突き付けられているようで、妙に背中がむず痒かった。


「てか、本当に優しいやつは言われる前にやってるって」

「それもそうですね」


 自分で言っておいてなんだけど、素直に納得されると微妙なものがある。


「……それでも、やっぱり優しいと思いますよ?」


 微笑みながらの呟き。

 話は終わったと思っていた俺の耳にすっと入って、頬が引きるのを感じた。


 昨日あんな脅しをかけられた相手に優しいと褒められたところで嬉しくない。


 それに、これは頼まれたからやったこと。

 誰でも間宮に頼まれれば頷いたはずだ。


 優しさなんて微塵みじんも介在しない選択のはずなのに、それを俺が優しいと勘違いされるのは嬉しくない。


「……冗談はよしてくれ」

「冗談ではなかったのですが」

「余計に質が悪い」

「折角褒めていたのにですか?」

「ならその含み笑いをどうにかしてくれ」


 おおよそ俺の反応を見て楽しんでいたのだろう。

 放課後なにか言われそうな気はするけど、気にしなければどうということもない。


 俺みたいな男にも、ちっぽけなプライドの一つや二つくらいあるってことだ。


「では、そういうことにしておきます」

「……まあいいや、なんでも」


 間宮の中でそう認識が定まってしまったのなら、俺がとやかく言っても無駄だ。

 早々に諦めて、教室までの道のりを歩くのだった。

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