第46話 聞かされた真相②


 それを聞いた時、僕はどんな顔をしていただろうか。


 きっと鏡があれば酷く歪んだ面白い顔が見れたに違いない。


 あの時はこれ以上訳の分からない事を言わないで欲しいと思った。場所が病室じゃなければ叫んでいたかもしれない。


 そんな僕の気持ちなんか考慮せず、小田巻は話しを続ける。


 警察は学校で虐めについての調査をしたそうだ。


 その結果、二人の遺書に書いてあった内容に間違いがない事も確認したらしい。


 僕の人生であの時ほど他人を信じる事が難しいと感じた時はなかった。


 警察の聴取では、どの生徒も自分は関わっていないとしたうえで、虐めが行われていた事を認め、その主犯が三人だった事を指摘しているらしい。


 これは調査した生徒全ての返答が一致したそうだ。


 一真が虐めを先導した理由も、部活の件が原因だと皆が口を揃えて答えたらしい。


 ある日を境にして始まったあの虐めは、実は一真と神奈、そして翔也が主犯として始めた事だと小田巻は言い切った。


 小田巻の話しはそれだけでは終わらない。


 三人は自分たちの予想を超えてエスカレートした虐めを制御できなかった。そして良心が絶えられなくなった翔也がまず自殺。


 それで動揺した二人も自分たちの過ちに気が付き、段々と心を病んでしまった。


 まともな思考が出来なくなった二人が、僕と恵里香を巻き込んで自殺することを決め、だが最後に良心の呵責でもあったのか計画が狂い、僕と恵里香は無事だった。


 そんな訳の分からない事を語った小田巻は、ふざけた話の内容に反して至って真面目な様子だった。


 警察がこんな事をふざけて言うとは思えない。けれどそれ以上に、僕には小田巻が本当の事を言っていると信じる気にはなれなかった。


 全ての話しを聞き終えた時、僕はあまりにも混乱して、あの日自分が見た光景を全て小田巻に話していた。


 信じてもらえるわけがないと思っていた神様の話しでさえも、懇切丁寧に時間をかけて説明したのだ。


 それだけ二人が自殺じゃない事を伝えたかった。


 けれど僕の話を聞いた小田巻は憐れみのこもった視線を向けて来ただけだった。


「残念だけどそれはキミの妄想だ。山吹さんも似たような事を言っていたけれどね、君たちは相当なショックを受けているんだ。きっとそのせいでおかしな記憶をでっち上げてしまったんだろう。二人でカウンセリングを受けることをお勧めするよ」


 まるで取り合おうとしない小田巻の目は、可哀そうなものを見る目そのものだった。


 きっと僕と恵里香が錯乱していると思っているのだろう。


 信じてもらえない怒りが湧いたけれど、それ以上に当然かと諦める気持ちの方が強かった。


 神様だのなんだのと言って、そのまま信じてくれる人の方がどうかしてる。


 それ以上食って掛かる事が出来なかった僕は、結局他殺ではないのかもう一度聞くだけで精一杯だった。


 そんな僕の最後の悪あがきに、小田巻は何の躊躇もなくきっぱりと否定するとそのまま病室から出て行った。


 これが病院で目覚めた日に起きた怒涛の出来事だった。


 あれから一月経った今でも、僕は心の整理が付けられていない。


 まるで覚めることのない悪い夢の中に囚われてしまった気分だ。


 だとしたら、僕はどこから悪夢を見ているのだろうか。


 小田巻が語っていた真実はそれだけ僕の記憶とはかけ離れたものだった。


 一度聞いただけで全てを飲み込むのはとても無理な内容のオンパレード。まず何から否定すればいいかも分からないほどの混沌。


 だってあの日の僕の記憶が正しいのなら、一真も神奈も自殺なんてしようとはしていなかった。


 何よりも一真と神奈、それに翔也が虐めの主犯だなんて、どうやっても信じられるわけがない。


 それならどうして一真は僕を庇っていてくれたのだろうという話しになるじゃないか。


 まさか陰から周りの生徒を使って僕を虐め、あたかも味方のように助けに入る演技をし、心から感謝する僕を馬鹿にして笑っていたとでもいうのだろうか……考えてみたところで答えは出ない。


 それに神奈と翔也はどうして一真を止めるどころか、虐めに加担したのだろう。僕には二人にも恨まれるような理由があったのだろうか。


 他にも気になる事はある。


 遺書の通り一真と神奈が翔也の死の理由を知っていたのなら、どうして恵里香の言っていた神様の話しに同調していたのだろう。


 次々と浮かんでくる疑問には、何一つとして解答が用意されていなかった。


 到底納得することなんてできない真相。


 けれど僕にそんな真相を告げた小田巻は警察の人間だ。


 この国の治安を取り締まる公的機関。


 その警察が出した結論を否定できるものは何もなかった。


『頼むよ優人、俺たち幼馴染だろ! もう許してくれよ!』


 あの日、極限まで追い詰められた一真が我を失った時に口走っていた言葉。


 あの時は意味が分からなかったあの言葉でさえ、小田巻の話しを聞いたあとだと、変に辻褄が合うような気がしてしまう。


 認めたくはない。


 だって僕たちはもう十年以上も一緒にいて、五人全員が大切な幼馴染だから。


 小さな頃からずっと五人で過ごして来たあの日々が、嘘で塗り固められたものだったなんて信じたくない。


 あの日の夜、僕は必死に走り回ったあの辛さを覚えている。


 神奈の冷たさも、一真のまだほんのりと残っていた体温も全部覚えている。


 小田巻の語った真相だって、全てに辻褄が合うようで、なんとなく綻びが見え隠れしているような気もする。


 それでも、非現実的な出来事が続いたあの夜が、自分の妄想ではないと言い切る根拠が僕にはなかった。


 僕は自分の記憶に絶対的な自信が持てなかった。


 自分に自信がなくなった一番の理由は、あの夜神社で気を失ったはずなのに、どうして恵里香の家の前で倒れていたのかが分からない事。


 立場がしっかりした大人からそれは妄想だと言い切られると、自分でもそうだったのかと思えてしまう。


 だとしたら、あの日々はいったいどこからが妄想だったのだろう。


 僕と同じように、恵里香も自分の記憶に自信がなくなってしまったようで、一緒に小田巻の話しを聞いていた時の恵里香は、ただ黙って俯いているだけだった。



 病院で目を覚ました日にそんな話しをされて最悪の気分に落とされた僕は、それからいくつかの検査を受けて疲れ果てることになった。


 ただ検査の結果異常はなく、その日のうちに退院できたことだけが救いだった。


 父さんの車でマンションに帰り、何日かぶりの部屋に戻った時にはもう捜査が行われた痕跡もなく、一真が死んでいた場所の掃除も綺麗に終わっていた。


 一真と過ごしていた余韻は何もない。


 あるのはただの日常だけ。


 結局、僕は残りの夏休みをあまり外に出ることなく過ごした。


 父さんは何日かしてすぐにまた仕事でどこかに行ってしまった。こんな時に子供を置いて行くなんてと思わなかった訳ではないけれど、それでも大人にはやらなければならない日常の責務があるのだろうと思うと批判は出来なかった。


 部屋で一人、ほとんど引きこもりのような生活。テレビは付けなかったし、ネットニュースもなるべく見ないようにした。


 一真と恵里香の死に触れたくはなかったからだ。


 漫画やゲームも手に取る気にはなれず、かと言って勉強も動揺だった。


 下手をすればただ寝ているだけの生活を送っていたかもしれないけれど、そうならなかったのは毎日のように訪ねて来てくれた恵里香のおかげだった。


 恵里香と二人で何をするでもなく寄り添って過ごす日々。


 あんなに警戒して恐れていたガマズミ様については、僕も恵里香もお互い話さないようにしていた。


 あの二日間が妄想だと言われてしまった今となっては、もうどこまでが現実でどこからが妄想だったのか分からなかったし、せっかく異変が治まったのにまた訳の分からない神様の話しをして変な事が起きたら嫌だったのだ。



 そんな夏休みを終えて今は新学期。


 警戒していたマスコミもおらず、学校では今までの事を謝ってくるクラスメイトもいた。


 焦ったように何度も頭を下げ、一真と神奈に言われて仕方なくと醜い言い訳を繰り返すクラスメイト達。


 喩えそれが事実だったとしても、二人を悪く言われるのはどうしても許せなかった僕は、日常に戻れるチャンスを捨てて一人でいる事を選んだ。


 今更この教室にいる人達と一緒に笑い合いたくなんてなかったからだ。


 ふと、空席になった前の席に目を向ける。


 いつも振り向いて話しかけて来てくれていた神奈は、もうそこに座ることはない。


 神奈がいてくれたから、僕は教室でも一人じゃなかった。


 教室のドアを見る。


 今にも一真と翔也が入って来そうな気がする。けれど、そんな事は二度とない。


 毎回休み時間に様子を見に来てくれた一真。いつも気遣ってくれた翔也。二人にどんなに元気づけられたか分からない。


 三人は虐めの主犯だったというのに、それを認められない僕はまだそんなふうに考えてしまう。


 それだけ僕にとって三人の存在は大きくて、今でもそれは変わらない。


 その三人がいなくなってしまった今、もうこの世界で僕にとって大切なものは、たった一つだけになってしまったのだった。

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