第23話 割れる意見


「一真聞いてる? あり得ないよね?」

「え、あ、あぁ……でも警察がそう判断したんだろ? それってもう確実なんじゃないか?」

「でもさ、その小田巻って警官は最悪な奴だったんだよ! あんなのがまともに捜査してると思えないんだ」

「けどよ、それでも警察だろ……」


 なんとも煮え切らない一真の反応にガッカリした。


 絶対に一真も自殺じゃないと言ってくれると思っていたのに、それだけ警察というのは信用があるのだろうか。


 僕は他の二人にも意見を求めて視線を向けた。


「警察が言ってるなら……本当なんだと思う」


 すぐに口を開いたのは神奈だった。


「そんな!? 神奈まで翔也が自殺したって信じるの? するわけないよ!」

「私だって違うとは思うけど、でも警察がそう言ってるなら否定もできないじゃん。プロが調べてるんだよ?」

「うっ、そうだけど……」


 信じていた幼馴染たちからの思わぬ反論に言葉が出なくなってしまう。


僕は最後の望みを込めて恵里香を見る。視線が合うと恵里香はゆっくりと頷いて口を開いた。


「私は優君と同じで、翔也君は自殺じゃないと思うな」

「恵里香! そうだよね、翔也が自殺なんてするはずないよね!」


 恵里香だけでも同意してくれたのが嬉しくて思わず声が大きくなる。


 けれど、恵里香の表情が暗いままだったのを見て僕もすぐに興奮は収まった。


 恵里香が本当の意味で同意してくれたわけじゃないのがわかったからだ。


「優君と同じで自殺じゃないと思う。けど優君は虐めの主犯を疑ってるんだよね? 私はそこだけは違うと思うの」

「それって、恵里香はあくまでも神様なんてものを信じてるってこと?」

「うん。自分でもどうかしてると思うよ。けど、あの気持ち悪い視線を四六時中感じてたら信じざるを得ないんだよ。優君には、わからないと思うけど」


 その言葉を聞いて、僕は三人との間に距離を感じた。


 まるで突き放されるような感覚だった。


 言った恵里香はばつが悪そうに顔をそむけ、一真と神奈も気まずそうな空気をまとっている。


 もしかしたら、二人は神様なんて不確かな存在を否定したくて警察の意見に縋りつきたかったのかもしれない。


 僕は精神的に疲労している幼馴染たちのことを考えていなかった自分にイライラした。


「ごめん。みんなのことを考えないで」


 僕の謝罪には誰も返事をくれなかった。


 思いつめるような静寂が肌に痛い。


 幼馴染が揃っていてこんなにも気まずくなるなんて、今までにはないことだった。


 怖気の走るような視線に悩まされ、神様なんていうオカルト的な存在に怯えている幼馴染たちのことを考えていなかったことはたしかに僕が悪かったかもしれない。


 本気でそう思うけれど、だからと言って翔也が自殺するなんて思えないし、神様なんて不確かな存在に殺されたなんてもっと受け入れられなかった。


 けれど僕の意見が何の根拠もないただの憶測で、説得力に欠けるのも分かってる。


 この中で一番現実的で、かつ説得力があるのはもちろん警察の捜査の結果ででた自殺だろう。


 翔也が自殺する理由があるのなら、少なくとも神様なんてものの存在は否定できるかもしれない。そうすれば三人の不安を解消できる可能性はある。


 ただ自殺するほど翔也が悩んでいたなんて、僕が知らないだけじゃなく、きっと幼馴染の誰もがそんな様子を見たことがないはずだ。


 もし本当に翔也が自殺するほど思い悩んでいることがあったとしたら、そしてそれを知っている可能性があるのは、僕たち以外には、家族しかいないと思う。


 そこまで考えて、僕はある事を決意した。


「僕、今日の帰りに翔也の家に行ってみるよ」

「優君? 急にどうして?」

「翔也が自殺なら悩みがあったはずでしょ? でも僕はそれを知らない。皆もそうでしょ? あと知ってる可能性があるとすれば家族だけだと思う。翔也が自殺なんて信じられないけど、もしそうだったら皆の不安も少しは解消できるかもしれないから。家での様子とか聞きに行ってみるよ」

「でも、こんな時に行っても迷惑じゃないかな」

「うん。だからせめて僕一人で行って来るよ。翔也の家族とはよく一緒にご飯を食べたりもしてたし、少しくらいなら時間を取ってくれると思うから」

「そっか……じゃあ私たちの分も気持ちを伝えてきてほしいな」

「うん。そうするよ」


 そこまで話し合って僕たちはそれぞれの教室に戻った。


 僕が警察に迷惑をかけたことは、意外にも学校側には伝えられなかったようで、特に呼び出されることもなくいつも通りすぎる時間が過ぎて行った。


 

 放課後。三人で固まって帰る幼馴染たちと別れて、一人翔也の家に向かう。


 翔也の家には小さな頃から何度となく遊びに行っている。


 もちろん家族とも顔見知りで、それなりに良好な関係を築いていた自信があった。


 警察関係者や、もしかしたら学校では見なかったマスコミが来ているかもしれないと思ったけれど、もしいたとしても気にしないつもりだった。


 けれど、僕の見通しはどうしようもないほど甘かったのだ。


「……誰も、いないのかな」


 翔也の家には誰もいなかった。


 それは警察やマスコミが来ていないというだけじゃなく、家の住人も誰一人としていないということ。


 翔也の家は一軒家で、両親だけではなく、父方の祖父母も一緒に暮らしていた。


 だから昼間でも誰かしら人がいるのが常だったのに、今はまるで人の気配がない。


 車はなかった。翔也の死後の事で忙しく出かけているのか。それとも別の事情かは分からない。


 その日、僕は家の前で待たせてもらっていたけれど、暗くなっても誰一人として翔也の家族が帰ってくることはなかった。

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