第34話 一時の別れ①


 夏休み初日。


 恵里香の発案で山奥の神社を訪れた僕たちは、思いがけない出会いに助けられ、この状況から抜け出す活路を見出した。


 高校三年の夏。本当なら進学組は夏期講習が開かれている学校に通っているか、塾か講座にでも参加して、必死になって勉強に励んでいるような時なんだろう。


 一真はスポーツでの推薦を狙っていると聞いた。


 神奈は進路なんて適当でいいと言っていたけれど、何でもそつなくこなす神奈の事だ、きっと自分の中ではしっかりと道筋が立っているのだと思う。


 恵里香は元々成績がよく、後から挽回も充分できるはず。そう考えると、成績も目立ってよくないし、部活でも活躍できなかった僕が一番危うい立場にいるのかもしれない。


 だとしても今直面している危機を乗り越える事の方が今は重要だ。


 神社でとある御札を手に入れた僕たちは、一度恵里香の家に帰り作戦を立てることにした。


 僕たちに色々と教えてくれたおじさんは、御札を借りていくことも許可してくれた。


 管理していた神職がいなくなり、もう十年以上も放置されてきた神社を代わりに掃除をしていたおじさん。


 壊すようにして開けた扉の修理も引き受けてくれて、ないとは思うけれど万が一神主さんが戻って来ても事情を説明もしておくと言ってくれた。


 これ以上ないくらいに助けてもらったおじさんには感謝の言葉しかない。


 昔、僕たちと同じくあの神社でかくれんぼをして『ガマズミ様』に友達を連れて行かれた経験をしているらしく、まるで自分の事のように親身に話を聞いてくれた。


 今日神社に行かずにあのおじさんと出会えていなければ、僕はあのまま幼馴染を全員失ってしまっていたかもしれない。そう考えると、おじさんには感謝してもしきれなかった。


 そして別れ際、おじさんは最後に大切な事を教えてくれた。


「ガマズミ様から隠れる時は皆で固まってはいけないよ。人数が多いと御札があっても見つかってしまう事があると神主さんが言っていたからね。御札一枚に一人か二人がいい。そうすれば絶対に大丈夫だ。いいね、絶対に四人で固まってはいけないよ。それと、うまく二日間隠れられたら、二度とこの神社には来てはいけない。せっかく諦めたガマズミ様にまた目を付けられてしまうからね」


 御札を返しに行くつもりだった僕にも、おじさんは首を横に振った。


 何が起こるか分からない以上、鬼をした僕でも来ない方がいいとのことだ。


 大切な幼馴染のためにも少しでも危険がある事はしたくない。御札はしっかりと返したかったけれど諦めることにした。


 神社に行く前僕たちに漂っていた陰鬱とした空気は、今はもうなくなっている。


 どうすればいいのかも分からずに怯えていただけの時とは違い、今の僕たちは何をするべきなのかを知っている。


 助かるための方法を知っているのだ。活力が湧いてくるのも当然だった。


 恵里香の家には仕事の都合で親は朝からいなかった。


 神様だなんだと話しをしているところを親に聞かれたら、間違いなく頭の心配をされてしまう事になるだろう。その点、今は親のいない空間が僕たちにとっては都合がよく、気兼ねなく作戦会議を始めることができた。


 僕たちはまず、聞いた情報をまとめることにした。


 一つ、神社で祀られている神様は、ガマズミ様という子供の神様。


 一つ、神社でかくれんぼをした子どもは、鬼以外、ガマズミ様に連れて行かれてしまう。


 一つ、連れて行かれない方法は、御札を貼った家、もしくは部屋に隠れて、二日間外に出ない事。


 一つ、隠れている最中は窓や玄関など、外に繋がっている箇所を開けてはいけない。


 一つ、大人数で隠れてもいけない。せめて二人まで。


 一つ、隠れ切った後は二度と神社に行ってはいけない。


 ガマズミ様から逃れるための儀式は、基本は御札を貼った家の中から二日間出なければいいだけの単純な内容。


 要はもう一度かくれんぼして、ガマズミ様が見つけられないまま二日間が立てば、諦めて帰ってくれるというものだ。


 ただ、一見簡単に見えるそのかくれんぼも、現実的に考えるといくつかの問題が浮上してくる。


「家じゃ無理だよね……家族が出入りするし、神様が来るからなんて言っても信じてくれないし、どんな言い訳しても生活していく上では無理がありそう」


 神奈の言葉通りだった。


 一緒に住んでいる家族にも二日間家を閉め切って外に出るなというのは無理がある話しだ。


 だいたいどう説明したら協力してくれるか考えもつかないし、仕事とか買い物、二日間誰も外に出ないというのは困難だ。


「オレの家は無理だな」

「アタシの家も」

「私の家ならこのまま使えるよ。今回の仕事は長いらしくて、一週間くらいは帰ってこないって言ってたから」


 状況から考えて恵里香の家は一つ目の候補地になった。


 タイミングよく家族がいない間なら下手な言い訳を考える必要もない。そして候補地はもう一つあった。


「僕の家も大丈夫だよ。父さんはまだまだ帰れないって言ってたから」

「そうか、そういえば優人のおやじさんもよく出張に行ってたな」


 恵里香と同じで、僕の家なら他の家族の行動を気にしなくて済む。父さんの仕事が常に出張の多いものだったことに今ほど感謝したことはない。


 御札は一枚につき隠れられるのが二人までという限度がある。丁度僕と恵里香の家が使えるタイミングだったのは奇跡的だった。


「恵里香の家と僕の家で、二人ずつに別れよう」


 恵里香の家に、恵里香と神奈。僕の家で、僕と一真。


 話し合いの末、僕たちはこの組み合わせで隠れる事にした。


 女子を二人にするのは心配だったけれど、流石に男女二人だけで二晩も過ごすのは躊躇われたのだ。


 どうせ隠れている間はガマズミ様がやってくることはないし、この組み合わせが一番問題ないはずだ。


 作戦が決まれればあとはさっさと実行に移すだけだった。いつまでも神様の存在に怯えていたくはない。


 一旦一真と神奈の家に帰り籠城の準備をする事にした。


 恵里香の家には充分な水と食料がある。神奈がちょっとした準備をして恵里香の家に戻れば女子たちは準備完了。


 僕と一真も、一真の家に寄って荷物を取り、そのまま僕の家に入ればいい。


「どうする? それぞれ家に帰る?」


 神奈の言葉に少し逡巡する。


 その方が準備は短い時間で済むけれど、ガマズミ様から逃れられる方法を知ったからといって一人になるのは危険な気がした。


「一人にならない方がいいと思う。最初は僕と神奈で荷物を取りに行こう。戻ってきたら恵里香と神奈はそのまま御札を貼って隠れて、僕と一真で出発して、一真の家に寄ってから僕の家に立てこもろう」


 僕の提案に皆が頷いた。


 いくら助かる方法が分かったとはいえ皆心細かったのだと思う。


 今一人にはなりたくないという気持ちを、皆の安堵した顔が物語っていた。


 方針が決まった僕たちはすぐに動き始めた。


 まず神奈を自宅まで送り、荷物をまとめて恵里香の家に戻る。


 神奈は家族には恵里香の家に泊まりに行くと説明して、何の問題もなく出て来た。昔からの付き合いでそれぞれの家族も知っていると、こうした急なお泊りもすぐに許されるのは得だ。


 神奈との外出は何の問題もなく、無事に恵里香の家まで戻って来ることができた。


 待っていた一真と頷きあう。


 出発する前に恵里香に御札を渡し、四人で向かい合った。


 お互いの顔をよく見合う。慣れ親しんだ三つの顔。


 少し前まではここにもう一人いたはずだった。


 いなくなってしまった翔也の顔を思い浮かべる。


 一人いないだけのその穴があまりにも大きくて、だからこそ今いる幼馴染たちは絶対に失いたくないと改めて思った。


「じゃあ、僕たち行くね」


 そう言ったところで神奈が抱き着いて来た。


 突然の事で一瞬固まったけれど、神奈の身体が震えている事に気が付いて、そっと背中を撫でてあげた。


「きっと大丈夫だよ神奈。二日過ぎたら、また何事もない日常に戻れるから」

「うん、うん……優人、ごめんね」

「おい、神奈……オレにはハグないのか」

「……一真はいやらしい顔するから無理」


 腕を広げて待ち構える一真と、ぼくに抱き着きながら拒否する神奈。


 ふざけ合っている二人の姿は、これまでに何度も見て来た光景。けれど、最近はまったく見られなかった姿で、僕は感極まって泣きそうになった。


 けれど泣くのはまだ早い。隠れ切ってそれから皆揃って泣けばいい。


「優君は大丈夫だと思うけど、気を付けてね」


 恵里香も二人のやり取りを見て少し緊張が和らいだのか、穏やかな顔をしていた。


 皆の穏やかな顔を見ているだけで、きっと大丈夫だと思えてくる。


「一真の事は任せて、恵里香も気を付けて」

「うん。また二日後にね」


 二日後。そう聞くとたった二日と思っていた期間がとても長く感じた。


 二日も恵里香と神奈に会えないと思うと少し不安が湧き出してくる。


 本当なら四人で一緒に居たい。けれど、ここだけの我慢だと自分に言い聞かせる。


 同じく名残惜しそうにしている一真と頷きあって、僕たちは歩き出した。


 恵里香と神奈は姿が見えなくなるまで見送ってくれて、僕たちは何度も振り返って手を振り合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る