第15話 日常の終わり①


 僕たちが学校をサボった日から数日が経った。


 あの日以来僕への虐めは一応鳴りを潜めている。直接的な原因は分からないけれど、たぶん幼馴染たちの影響が大きいのかもしれない。


 皆と想い出巡りをした次の日は、流石に学校に行くのが少し怖かったけれど恵里香が家まで迎えにきてくれた。


 すぐに翔也も来てくれて、二人のおかげで僕は外に踏み出すことができた。


 学校でも神奈が常に傍にいてくれたし、一真もかなりの頻度で顔を見に来てくれた。


 常に幼馴染たちに囲まれている状態では流石に直接手だしは出来なかったののだろうか。


 はっきりとしたことは分からない。ただ相変わらず幼馴染以外の人から僕はまるでいない者のように扱われている。


 普通ならそれだけでも充分辛い状況だと思う。けれど、もうあんな事をしてきた人達から無視されても何も寂しさは感じなかった。


 むしろ荷物に何かされたり直接危害を加えられるような事はなくなり、前よりも表面上は平和な日々が続いていた。


 そんなある日のこと。


 終わりかけていた梅雨が帰って来てしまったかのような雨天の日だった。


 僕は翔也に呼び出された。


「少し話したい事がある。付いてきてくれ」


そう言う翔也はいつもの真面目な表情を少しだけ歪ませていた。


「ならアタシも」

「いや、神奈はここで待っててくれ」


一緒に立ち上がろうとした神奈を手で制する翔也。


 その行動には僕も神奈も驚いた。


 基本的に僕たちが何かする時、幼馴染を除外することなんてほとんどないからだ。


 納得できなそうに睨む神奈だったが、翔也も譲る気がないのか態度を崩さない。


 数秒の間睨み合いのようになり、仲裁しようか迷っているうちに結局は神奈が先におれた。


「ちゃんと返却してよね」

「あぁ、終わったら返す」

「……ねぇ、物じゃないんだから」


少しでも和ませようとした甲斐もあって、軽く笑ってくれた翔也に付いて教室を出る。


 振り返った時に見た神奈は、なんとも言えない表情でこちらを見ていた。



 翔也に連れて来られたのは教室棟と学食を繋いでいる渡り廊下だった。


 普通の休み時間には滅多に人が来ることはない。神奈を避けたことといい、こんな場所に連れて来るということは何か人に聞かれたくない話しなのは明らかだった。


 サーっと音を立てて細い雨が降っている。


 渡り廊下は屋根があり直接濡れはしなかったけれど、湿気がつよく肌に服がはりつき不快に感じた。


 翔也はすぐには話しを始めず自販機で飲み物を買い、僕にもコーヒーを奢ってくれた。


「付き合わせて悪いな」

「そんな事気にしないでよ。僕たちの仲でしょ?」

「……俺たちの仲、か」


それだけ言うと翔也は缶コーヒーを開けて一口飲んだ。


 いつもブラックを好んで飲むはずの翔也が、なぜか苦そうに顔をしかめている。


「どうかしたの?」


一向に話をしない翔也に意を決してこちらから切り出してみる。


 それでも黙っていた翔也は、少し逡巡した後に重苦しそうに口を開いた。


「この前、皆で昔遊んでた場所に行っただろ?」

「うん。どこも懐かしくて小さな頃に戻ったみたいで楽しかったね」


楽しかった。そう言った瞬間、翔也の顔が一層歪んだように見えたのは気のせいではないと思う。


「俺も楽しかったよ。そう見えてたか分からんが、本当に、本当に楽しかった。またあの頃に戻りたくなった」


絞り出すような声だった。


 どうしてかは分からない。けれど翔也が何かに苦しんでいるらしい事はもう僕にも分かっていた。


「ちゃんと楽しんでるように見えたよ」

「……そうか。そうだよな、優人は昔から俺の事を理解してくれていたからな。昨日、昔の事を話してるうちに俺はいろんなことを思い出したよ」


僕は小さな頃の翔也を思い出す。


 今の翔也はとても落ち着いていて大人びているけれど、それは子供の頃から変わっていない。


 今は寡黙なイケメンと人気者の翔也。けれど、小さな頃は口数も少なく何を考えているか分からないと皆から避けられている時期があった。


 僕にはそんな翔也の感情の変化が昔からなんとなく分かり、割とすぐに打ち解けられたのだ。


 自分に自信がなく、他人ばかり観察していたから相手の気持ちを察することだけは上手かったのかもしれない。


 それから他の三人に紹介して、翔也も少し明るくなり、元々頭もよく運動神経がよかった翔也は瞬く間に皆の中心的人物になっていった。


 そうなってからも他の三人と同じで僕の友達のままでいてくれた翔也には感謝しかない。


「優人、一人だった俺の友達になってくれたお前に俺は感謝しているんだ。人の痛みが分かるお前と友達になれた事は俺の人生の誇りだ」

「ちょっ、いきなり何? 恥ずかしいから止めてよ! ていうか感謝してるは僕の方だし、虐められるような僕とそれでも友達でいてくれる翔也の方がよっぽど人の痛みが分かる優しい人だよ。もちろん一真と神奈、それに恵里香もだけどね」


真っすぐな翔也の言葉はこそばゆかった。


 挙動不審になりながらも感謝を伝えると、翔也はすでにさっきまでの苦しそうな表情をしていなかった。


「皆のおかげで僕はこんな状況でも学校に来る勇気をもらってる。僕たち五人は本当に友達だって心の底から言えるから、だから皆がいれば安心できるんだ」

「あぁ、そうだよな。俺たちは五人そろって友達だ」


そう応えて顔を上げた翔也は何かを決意したような目をしている。


 よく分からないけれど迷いがなくなったように見えた。


「よし、決めたよ優人。ちょっとだけ待っててくれ、俺がこの状況を終わらせてやる」

「へ? この状況って、まさか――」

「なに大丈夫だ、心配するな。変な事はしないさ」


口を開きかけた僕を手で制して、翔也は背を向けて歩き出してしまった。


 突拍子もない翔也の言葉。『この状況を終わらせる』それはつまり、僕が虐められていることを終わらせるということなのだろう。


 でもそんな事が可能なのだろうか。可能だとしていったいどうやって終わらせるつもりなのか。急に言われても分からない事だらけで混乱してしまう。


 翔也が何をしようとしているのか想像もつかない。


 危ない事をしようとしているのかもしれないという不安はある。


 それでも翔也は心配するなと言っていた。変な事はしない、それは危険があるような事ではないという事だと思う。


 どちらにしろ翔也は何をするのか僕には教える気はないみたいだった。僕がいない方が都合がいい事なのかもしれない。そこまで考えても心配は消えてくれない。


 考えがまとまらないまま突っ立っていた僕は、様子を見に来た神奈に連れられて教室に戻った。

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