第13話 身代わりかくれんぼ①


「身代わり? かくれんぼ?」


そう聞き返した神奈の言葉には隠しきれない不信感が混在していた。


「なんだ、それ?」


一真もちょっと引き気味で、翔也も珍しく怪訝さを表情に出して恵里香を見ている。


「あれ、覚えてない? 初めて来た時に神社の行事だとかで頼まれたんだけど、ほら、紙で作った人形みたいなのを背中に貼られて、境内の中でかくれんぼしたじゃない」


「「「「……あ」」」」


この神社についての記憶は不思議と忘れている事ばかりだったけれど『身代わりかくれんぼ』なんていう少し不気味な遊びもその一つだったようだ。


 これまでの記憶と同じで恵里香の言葉を聞いた瞬間に僕の中にしまわれていた記憶が引き出される。


 確かにそんな遊びをした気がする。僕がそう思ったのは『紙で作った人形みたいなもの』と聞いたからだ。


 恵里香は人形と言ったけれど、本来は形代かたしろと呼ばれるもののはずだ。


 人型に切られたペラペラの紙。たぶん本来は厄除けなどの祈祷で使われるものだったと思う。自分の厄を引き受けてくれる文字通りの身代わり。


 小さい頃は形代という名称を知らなかったけれど、いつだったか何かの映画か漫画で見てそれ以来覚えていた。


 あの時僕たちがかくれんぼで使った形代は、グループディスカッションのまとめに使うような大きい画用紙を切って作られていて、子供の頃の僕たちの背丈と同じくらいの大きさだった。


 鬼以外がそれを背中に貼って隠れ、全員見つけたら終了。


 そんな事をさせられた事が確かにあった。大きな形代なんて目立つものを付けていたから隠れられても見つけやすく、まるでやらせ試合のように歪な遊びだった。


 恵里香の話しを聞いて思い出したのは他の三人も一緒だったらしい。先ほどまでは皆それぞれに怪訝な様子をありありと出していたというのに、今ではすっかりと納得したように頷いている。


「ホントよく覚えてるわね恵里香。アタシなんでこんなことまで忘れてたんだろ」

「ふっふっふ、やっぱり神奈ちゃんとはここの出来が違うのかな?」


ニヤニヤと笑って頭を指さす恵里香は少し悪い顔をしていて心底楽しそうだった。


 煽られた神奈が無言で指をバキバキと鳴らす。


 恵里香はすぐに悪い笑みを引っ込めて両手を上げていた。


「そうだったな、たしか初めはオレが皆を連れて虫取りに山に来て、」

「偶然この神社を見つけた。そして興味を持った俺たちは神社に足を踏み入れた」

「うんうん。でも、何でそんな事したんだっけ?」


一真と翔也は改めて境内を見渡し、思い出をかみしめているみたいだった。


 けれどまだ完全に疑問が解けたわけじゃない。


 僕の疑問に答えたのは今度は恵里香ではなく一真だった。


「それは確か、ここに祀られてる神様のためじゃなかったか?」

「神様のため?」

「あぁ、よく覚えてねぇけど、たしかここって子供の神様が祀ってあっただろ? その神様が寂しくないようにとかって言ってた気がするけどな」


そう言って一真は確認するように一度恵里香を見た。「あってるよ~」と恵里香から緩い返事が返って来ると、今度は自信を持って話始める。


「んでさ、何で紙を付けたのかっていうと、ズバリ! あの紙人形を付けないで神社で遊ぶと神様に連れて行かれちゃうから!」

「え? さらっと怖いよそれ」

「でも確かそう言われて脅かされたの覚えてるぞ。紙人形が身代わりになって神様に連れて行かれるって聞いたから、オレたちが勝手に身代わりかくれんぼって名付けたんだよ」


一真はそんなことを得意げに言った。


 流石に冗談かとも思ったけれど、恵里香も頷いているとことを見るとどうやら嘘ではないらしい。


「それって誰から聞いたんだっけ?」

「そりゃあここの神社の人だろ? 確かおじさんがいたよな?」


同意を求められても僕は覚えていないから応えられない。


 けれど他の皆はちがったらしい。一真の話を聞いて翔也はしきりに頷いている。


「あぁ、たしかに神主らしき人がいたな。俺たちはたまたまその神主に頼まれたんだ。神様のための行事を手伝ってくれって」


誰かから言われると、すっかりと忘れていたこともそうだったんじゃないかと思えて来るから不思議だった。一真と翔也の話しを聞いているうちに僕も朧げにだが神主らしき人にあったような気がしてきた。


「あぁ~そうだったかも。今は……いないみたいだね」

「神社の様子を見るにけっこう荒れ果ててるからな、だいぶ前からあの神主もいないのかもしれないな。なんせ俺たちが遊んでいたのはもう十年も前だ」


翔也の言葉に妙に納得した。


 今になって急激に思い出していたからか、神社での記憶がつい最近のものだと勘違いしそうだったけれど、考えてみればそれだけ昔のことだった。


 あの時におじさんだった神主らしき人が今もそのままいるとは考えにくい。管理している人がいるとしても別の人になっていると考えるのが普通だろう。


 それにしても、偶然探検にきた子供たちに手伝いを頼むなんて、今考えると随分フレンドリーというか適当な神主だとは思う。


 けれどあの頃の僕たちは面白がって協力した。


 そこまで思い出したところで僕には一つ気になることができた。


「あれ、でも僕たちその後もここで遊んだし、むしろかくれんぼもしちゃったよね? 形代ちゃんとつけてたんだっけ?」


慌てて皆を見渡す、


「つけてたんじゃないか? 神主にもらってたような気がするが……いや神主にも最初に来た時以外はあってない気がしてきたな。いつも置いてあったんじゃなかったか?」


翔也が首を傾げながら答えてくれたが自身はなさそうだ。


 そうして僕たちが頭を悩ませんていると神奈が心底おかしそうに噴き出した。


「大丈夫だってただの言い伝えなんだし! アタシはよく覚えてないけど今も皆こうして一緒にいるんだから。それにさ、アタシも思い出したことがあるんだけど、それが狙いでうちらこの神社に来るようになったんじゃなかった?」

「へ? それが狙い?」


神奈の言っている事がいまいち理解できない。


 けれど皆は神奈の言葉でだいたいの事を思い出したようで、翔也が訳知り顔で後を引き継いだ。


「なるほどな、まだ子供だった俺たちはやっちゃダメと言われた事をやりたくなった。それであわよくば神様を見てやろうと考えた。そんな感じのバカだったな俺たち」


少し恥ずかしそうに視線を逸らす翔也。


 けれど翔也のおかげで僕もここに来るようになった理由を思い出す事ができた。


 偶然立ち寄った神社で行事に協力した僕たち、そこで聞いた神様の話は小学生の僕たちには格好の面白ネタだったのだ。


『形代を付けつずに神社で遊ぶと神様に連れて行かれてしまうからね。絶対に外しちゃいけないよ』神主らしき人から言われた言葉が、今更頭に浮かんでくる。


 今考えてみると子供に神社を荒らされないようにするための方便だったのだろう。けれどあの頃の年齢の子供にそんな話しをしては逆効果だ。


 好奇心に駆られた僕たちは、それから何度か神社に通って遊んだのだ。


 だから春になれば神社が沢山の低木の花で白く染まり、秋になれば赤い実がなる事も知っていたし、かくれんぼをして恵里香が見つからなかった時も、恵理香が神様に連れて行かれたと思って泣きながら必死に探したのだ。


 たしか身代わりかくれんぼを除いては、この神社で僕たちがかくれんぼをしたのはあの時だけだった。


 そしてあの日が神社で遊んだ最後の日にもなったはずだ。


 好奇心旺盛だった僕たちも少し痛い目にあってからは、この神社には通わないようになったことを思い出した。

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