第35話 訓練初日、夜

 さて、今回振る舞った焼きそばも大変好評であった。作った分は全てアイドルたちの胃袋に収まってしまったのだから、その好評さは疑いようがないだろう。


 そして、美味しい食事が口を軽くさせたのか、ムン女史が昼御飯についての情報を喋ってしまう。その結果、俺がアイリス女史にネチネチと言われたわけだが、それは割愛しよう。


 そして、ここからはお待ちかねの個別指導だ。


 昼間の総合的な筋力や体力を上げる基礎トレーニングとは違って、各アイドル個別の指導を行っていくことになる。


 まずはムン女史だな。


「目が死んでいるけど、大丈夫か?」


「誰のせいだぞ……」


 まぁ、文句を言えるぐらいなら大丈夫だろう。


 ムン女史の課題は、【竜化】の操作をより緻密にコントロール出来るようにする事だ。


 しかも、大トーナメントまで既に四ヶ月を切っている状態で進めなくてはならない。


 あれもこれもと手を出すよりは、ひとつのスキルに絞って修得を目指した方が効率が良いだろう。ひとつのスキルに絞る事で経験値取得ボーナスも付いたりするからな。俺調べだけど。


「ムン女史には、【竜化】を操る為にも、まずは【体術】スキルを身に付けてもらう」


「【体術】スキルだぞ?」


「あぁ、体の細かな操作が直感的に理解出来るようになるスキルだ」


「ししょー、そもそもスキルって何です?」


 傍で聞いていたノアちゃんが、挙手して質問してくる。


 良い質問だな。ちゃんと答えてあげよう。


「そうだな。まずはスキルについて話しておこう。――この世界では全ての物事に経験値というのが割り振られており、何かをやれば必ず少しずつ経験値を得られるように出来ている。それは、魔物を倒しても得られるものだが、一定の動作や技を繰り返していても溜まるものだ。その経験値が溜まり、一定の値になった時に何かコツのようなものを掴む事が出来る。それがスキルの発現だ。例えば――」


 俺が講義を始めた事で、皆がぞろぞろと集まってきていた。その中で俺はシャノンちゃんに視線を向ける。皆の視線がシャノンちゃんに向く。


「そこのシャノンちゃんは、恐らく毎日のように突きの練習ばかりを繰り返した事で、突きに関するスキルを体得している。シャノンちゃんの場合はスキルを修得する事で突きの精度と鋭さが上がり、その結果、三段突きという必殺技にまで昇華されているのだが――……ここまではいいか?」


「つまり、同じことを繰り返す事で何でもコツを掴む事が出来るのです?」


 ノアちゃんが簡単に纏めてくれる。


 だが、その理解だけだと、まだ上辺だけを理解したに過ぎない。


 少し実演した方がいいか?


「そうだな。何かコツを掴んだとなったら、それはスキルを修得したということになる。そして、そのスキルを更に伸ばしていくと、こういう事も出来るようになる」


 俺は軽く飛び上がると、更に二段ジャンプを敢行。見守る全員が驚きに目を見開く中、華麗に着地を決める。


「【跳躍】スキルと【足技】スキルを高いレベルで修めると、空気を蹴って飛ぶことが出来るようになる。俺はこの技を【空歩】と名付けた」


「いや!? ええぇぇぇ……?」


 アイリス女史が自分の常識を破壊されたのか、困惑した表情で唸り声をあげる。


 まぁ、気持ちは良く分かる。


 俺も【跳躍】スキルの練習をしていた時に、何となく「ライ○ーキーック!」とフザケてみたら、一瞬だけど空中で浮いたのだ。それを追求していった結果、空気を蹴って飛ぶ事にまで至ったのだから、『スキルって何だろ……』と思ってしまうのは良く分かる。


 だが、逆に言えば、現状困っている事象も努力次第で覆るという事だ。


 それは、苦しい努力も、甘美なる成果の為ならばと頑張れる原動力となる。


「ムン女史は、竜人ドラゴニュート族固有のスキル【竜化】があるが、現状はその性能を出し切れていない状態だ。そして、今回はその性能を引き出す為に【体術】スキルを覚えてもらう」


「でも、それなら【竜化】スキルをずっと使っていた方が良いんだぞ?」


 理屈から言えば、そうだ。


 【竜化】をずっと使う事で経験値が貯まり、扱い易くなっていく。


 だが、そのずっと使う事すらままならない状態で力が暴走しているのだから、応急処置が必要である。外付けのスキルで暴走する力を制御し、それが出来るようになってから【竜化】状態を維持するような特訓に入った方が良いと俺は判断した。要するに自転車の補助輪だな。


「その操り切れない【竜化】でもう一度、ウチの事務所をボロボロにする気……?」


「うっ……。冗談! 冗談なんだぞ!」


 現役アイドルさながらの眼光を発するアイリス女史にムン女史も怯む。こりゃ、二度目をやったら、ぶん殴られそうな勢いだな。俺もアイリス女史の逆鱗に触れないよう気を付けようっと。


「それで、【体術】を覚えるには何をどうすれば良いのでしょうか? 殴り合いでもすれば良いのですか?」


「いや、殴り合いで育てられなくもないが、その場合、【拳闘】スキルの経験値の取得がメインとなってしまって、あまり効率が宜しくないんだ。それだと、修得するまでに……凡そ二年くらいかかるだろうな」


「「「二年!?」」」


 経験値が1.0になった時にスキルを獲得出来るとして、一時間頑張って殴り合いを行った場合に得られる各スキルの経験値は大体こんな感じだ。


 【拳闘】0.007

 【見切り】0.001

 【足捌き】0.001

 【頑強】0.0005

 【体術】0.0005


 一日、三時間の殴り合いをしたとしても得られる【体術】の経験値はたったの0.0015でしかない。このペースで毎日特訓したとしても、経験値が1.0以上になるのは667日後だ。ちなみに、この世界も一年は王国法で365日と定められている。そうなると、667日は凡そ1.8年なので、ちょっと盛って二年と言ってしまっても良いだろう。


 それだけ、殴り合いで【体術】のスキルを修得しようとするのが効率が悪いと言いたいのである。


 では、何をしたら効率良く【体術】が取れるのか? 俺としてはコイツを推したい。


「YOー、YOー、YOー!」


「何です、それ?」


 通じなかった。手強いな異世界。


「冗談はさておいて、俺がオススメするのはブレイクダンスだ」


「何です、それ?」


 文化の壁が厚い! 手強いな異世界!


 ……まぁ、逆にその文化の壁を逆手に取っているんだけども。


 ブレイクダンスなんて踊っていたら、【舞踏】のスキルが上がりそうなものなのだが、こちらの世界ではブレイクダンスが踊りであるといった概念がない。なので、ブレイクダンスをしていても『何か良くわからんキレッキレの動きをしているなー』といった判定になるようなのだ。


 むしろ、【舞踏】のスキルを上げるためには、ゆったりとした動作で舞わないとスキルの経験値が増えないという落とし穴がある。むしろ、太極拳でも【舞踏】の経験値が上がるあたり、世界の常識が違うと感じてしまうところだ。


 では、ブレイクダンスをしまくっていると、何の経験値が貯まるのか。


 答えは勿論【体術】である。


 ちなみに、ブレイクダンスを一時間やりまくっていると、大体、以下の経験値が得られる。


 【体術】0.009

 【足技】0.001


 この結果を用いると、スキル修得までには112時間の修練が必要であり、一日三時間の修練内容だったとしても、38日間で修得が可能だ。


 この修得時間であったら、残り二ヶ月以上の時間を全て【竜化】の修練にあてることが出来るため、上手くすれば大トーナメントでは遥かにパワーアップしたムン女史の姿を見せられるかもしれない、といった事情を説明してみると……。


「やるのはオッケーだぞ! けど、そのぶれぶれだんす? というのはどうやるんだぞ?」


 めっちゃ軸がブレていそうなダンス名が出てきたが、ムン女史の質問はもっともである。なので、俺は実演してみせる。流石に、下が地面なのでヘッドスピンまではやらないよ? 


 技を次々と決めて、ある程度、雰囲気が分かってもらえたところで俺が立ち上がると、事務所の面々はポカンとした表情で出迎えてくれた。全然合点がいっていない様子だ。すっごく俺浮いてる? ……まぁ、いいか。


「じゃあ、コレを半刻3時間ぐらいやってみてくれ」


「出来るわけ無いんだぞ⁉」


 いきなり拒否される。


 やりもせずに出来ないと言っちゃうのは、剣神、感心しないなー。


 仕方がないので、基本的な技を幾つか教えて、それを繰り返すように指示してみる。


「これなら、何とか出来る……出来ると良いな、だぞ……」


「まぁ、動きは覚えましたので、後は私の方でムンさんに教えていきますよ。ディオスプロデューサーは、他のアイドルを見てやって下さい」


 アイリス女史が見守ってくれるようなので、ムン女史はアイリス女史に任せて、今度はシャノンちゃんの訓練内容の指示を行う事にする。


 確か、彼女の望みは父を越えたい、だったか。


 北部三剣、ロイド・リヒターといえば、王国でも名高い武勇の持ち主として有名である。それを越えるって並大抵な事ではないのだが……まぁ、やるだけやってみよう。


「シャノンちゃんの場合は、まず、ロイド卿のレベルにまで鍛えるところからやっていこうか」


「…………」


 言ってはみたものの、シャノンちゃんの表情に変化がない。


 というか、意味が分かってないな、これ?


「簡単に言っちゃうと、シャノンちゃんの今の三段突きは未完成ってことだからな?」


「…………」


 俺がそう告げると、今度ははっきりとシャノンちゃんの顔色が変わる。


 その様子が心配になったのだろう。ノアちゃんが首を突っ込む。


「でも、ノアにはシャノンちゃんの突きは凄く早く見えましたよ?」


「突きだけは確かに一級品だ。だが、シャノンちゃんにはロイド卿とは違って足りないものがある。それは――……の速さだ」


「戻し……ですか? 十分早いように思えたですけど?」


 素人目にはそう見えるだろうな。


 けど、一流が見ると、突きと突きの間に僅かに一呼吸分の隙がある。俺やロイド卿なら、そこを狙って攻め崩せる。


 だからこそ、もっと上を目指すのであれば、その隙を消さなければならない。


「シャノンちゃんは、恐らく突きのスキルを修得しているよな? だったら、戻す為のスキルも修得していないと駄目だ。ロイド卿の三段突きには戻しのスキルがあるから、今のシャノンちゃんがロイド卿と突きの勝負をしたら、多分シャノンちゃんが突きをひとつ放っている間に、ロイド卿は三度の突きを終えてしまうぞ」


 少しショックを受けたように目を見開くシャノンちゃん。


 スキル云々の話も知らずに突きだけを研究し、スキル修得にまで至ったのであれば、その執着心、探求心は並々ならぬものがあるはずだ。そして、その成果を得たという自負も同時に持ち合わせているはず。


 だが、それだけでは未完成なのだ。


 突くことだけではない。戻すことも素早く行えての三段突き。


 それが高レベルで行えるようになった時、シャノンちゃんはようやくロイド卿と同じスタート地点に立てるはずである。


 だが、それだけでは、まだロイド卿を越えた事にはならない。必要なのは、そこからのプラスアルファだ。それも踏まえて、シャノンちゃんには長期的な視点での成長計画を考えた方が良いのかもしれない。今はまだ思いつかないが、何か良い案はないかな……。


「とりあえず、シャノンちゃんが今やる事は簡単だ。突きの動作の後、突いた剣で相手の体を斬り払う思いで剣を戻すこと。それだけだ。動作的にはそう変わらないが、突くのも全力で、斬り払うのも全力でやらなくちゃいけないから、いつもの二倍の労力が掛かる事になるかな。……それをとりあえず半刻3時間やってみようか?」


 俺の提案に、分かったとばかりにシャノンちゃんが頷いてくれる。


 そして、実践さながらの突きと、まだぎこちない斬り払いでの戻しを練習し始めた。この練習が上手くいけば、また面白い技がシャノンちゃんに増える事になるかと思うとなかなか楽しみではある。


「さて、最後はノアちゃんだな」


「押忍!」


 何か、その掛け声も久し振りに聞いた気がするなぁ……。


 ノアちゃんはやる事が最初から決まっている。


 北の剣神になりたいというのであれば、俺が歩んで来た道を教えてやれば良いのだ。


「じゃあ、ノアちゃんにはこれだ」


「何です、これ? 白い布?」


「まず、それで目隠しをする」


「はいです! 出来たです!」


「じゃあ、後は俺と試合な。俺に一撃でも当てられたら、この修行は終わりでいいや」


「ししょーに当てるですか⁉ 他の二人と難易度が違い過ぎるですよ!?」


「当たり前だ。ノアちゃんが一番目標から遠いし、ノアちゃんの目標が一番難しいんだからな。訓練が厳しくなるのは当然だ」


 だが、この訓練が終われば、ノアちゃんは一歩先の世界に行けるはずだ。


 それこそ、見ずとも避けられるし、見えずとも当てられる。


 そういう世界に踏み込んでいけるようになるはずだ。


 それだけでも、大分剣士としては成長出来るだろう。


「こっちはなるべく寸止めでいくからな。上手く避けるんだぞ。じゃあ行くぞー」


「無茶苦茶です! 見えないです! うわああああぁぁぁぁ!」


 剣を無茶苦茶に振れば良いってものじゃないぞ、ノアちゃんよ……。


 とりあえず、ノアちゃんが落ち着くまで少し離れて待機しとくかな。


 ニーナちゃんの方はウィルグレイが特訓中だが……いきなりウィルグレイと模擬戦ってどうなのよ?


 いや、他のプロデューサーの育成方針にケチを付けてはいかんな。俺なんかケチ付けられる要素満載だから、むしろブーメランになるわ。


 しかし、夜の庭でこう騒がしくしていたら近所迷惑極まりない。とりあえず、防音の魔法を展開しつつ、その日は三時間みっちりと訓練を行ったのであった。

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