第33話 決起集会

「すっごい反省してるんだぞ……」


 地面に正座をさせられたまま項垂れているムン女史。


 現在は傾いた事務所のだだっ広い庭で餃子パーティーの真っ最中だ。


 アイリス事務所の皆はどうやら餃子を食べた事がなかったらしく、最初は恐る恐るといった調子だったのだが、口に入れて咀嚼した途端に貪るようにして食べ始めている。味の感想を直接は聞いていないが、好評という事で良いのだろう。


 勇者君に感化されて、地球の料理を異世界こちらで再現しようとして腐心したかいがあったというものだ。


 というか、エールのつまみに餃子を食べている大人連中アイリス・ウィルグレイの消費速度が早い。お陰で俺は餃子の焼き係から解放されず……いい加減、そろそろ変わってほしいものだ。


 ちなみに、ムン女史は項垂れながらも口の端から涎をツーッと垂れ流している。どうも正座よりも餃子が食べられない方が辛いらしい。


 まぁ、香りが強烈だしなぁ。お腹が減っても仕方ないわな。


 そもそも、事務所が(物理的に)傾いた原因は現在反省させられているムン女史にある。


 事の発端は、俺とウィルグレイが料理をしている間に、残った者たちで会議室の移動をしようとなった事らしい。


 そして、二階の会議室に運び込んでいた大きな机を、部屋の外に運び出して一階にまで運んでいた。


 そこで事件が起きた。


 途中で「重い!」と思ったムン女史が突然【竜化】を使ったのだ。


 そして、力が極度に上昇した結果、机が軽くなり過ぎて浮き上がるようにして持ち上がり、天井に激突。天井に穴を開けた。


 まぁ、そこまでならまだ良かったのだが、動揺したムン女史は思い切り机を引き下げ、床に机を衝突させて床を凹ませ、更に慌てたのか、机を持ったままオロオロして柱を破壊し、壁を破壊し、挙げ句の果てにこんな物があるからいけないんだとばかりに、机をえいやっと外に放り投げて事務所の一角を破壊。事務所が傾くという大惨事になった……。


 不幸中の幸いというか、一緒に机を運んでいたノアちゃんやシャノンちゃんは身の危険を感じて、すぐに机から手を離して逃げたので無事。ニーナちゃんはアイリス女史が守ってくれたので怪我なく済んだらしい。


 まぁ、事務所自体が年季の入った建物であったのと、アイリス女史が「事務用品は良い物を使いたい!」ということで、北の森産の木で出来た超頑丈な机を選んでいた事が悪い方向に働いた感じだ。


 それでも、今回の事故は善意からのお手伝いから来た事で、ムン女史に悪気は全くない。

 

 まぁ、何というか……S級アイドルにも関わらず、桜花プロから解雇リリースされてしまうムン女史の理由の一端を垣間見た気がするといったところだ。


 本人も反省しているようだし、そろそろ許してやったらどうかとは思うのだが、アイリス女史は既にへべれけ状態である。


 こういうのは、所長がずばっと言ってやって解決するものじゃないのか?


 俺、困惑です。


 ちなみに、アイリス女史はウィルグレイ相手に借金がどうのこうのと言って管を巻いているし……わざわざ進言しに行きたくない状況だ。


 ウィルグレイが助けてくれと視線を送ってくるのだが……すまんな。こちらは餃子を焼くのに忙しいのだ……という言い訳で逃げ切る。さっきまでは餃子焼き係を変わって欲しかったのだが、今は変わりたくない気分でいっぱいである。


 しかし、持つべきものはキャンプ道具だよな。


 魔物を狩って、その場で食べる為に用意しておいたキャンプ道具がこんな所で役に立つなんて思わなかったわ。うん、先見の明があるね、俺。


「あの……、ししょー?」


 御機嫌に追加の餃子を焼き終えて、鉄板に油を塗っていた俺に、小皿を持ったノアちゃんが話し掛けてくる。


 ん? なんだ? 焼き立てが欲しいのか?


 この卑しんぼさんめ〜。ふふふ~。


「そろそろ、ムンムン先輩を許してあげてほしいのです……」


 違った。嘆願だったわ。


 まぁ、餃子も丁度焼き上がったし、頃合いかな。


 焼き立ての餃子を少しノアちゃんの皿に乗せてやりながら、大皿に餃子を盛って、後は焼くだけの状態になっている餃子を、外に放り投げられても全然壊れない頑丈過ぎる机の上の皿に追加しておく。


「まぁ、頃合いだな。じゃあ、後の餃子焼きはノアちゃんヨロシク。俺はムン女史のところに行ってくるわ」


「え、えぇ? ノアやったことないですよ?」


「さっきまで俺の動き観察してただろ? 見よう見真似でやってみな」


「う。見てたことバレてるです……」


 俺にバレずに俺の動きを探ろうなんて十年早いってぇの。


 俺は餃子を盛った大皿を片手に、タレの入った小皿とフォークも用意しながら、地面に正座しているムン女史の前に持っていく。


「そろそろ十分反省もしただろうし、一緒に食おうぜ。俺も餃子焼くのに疲れちまったよ」


 そう言って地面に布を敷いて皿を並べれば、ムン女史は泣きそうな顔でこちらを見てくる。……捨てられた仔犬か、お前さんは。


「うぅ、北の剣神は極悪非道の嫌な奴だと思ってたけど、案外イイヤツだったんだぞ!」


 餃子片付けたろかい。


 イソイソと足を崩すムン女史。


 意外にも足が痺れている、などといったオチはないようだ。


 理由を聞いてみると、「正座させられる機会が多いから慣れてるんだぞ!」とのこと。うん、正座させられないように頑張ろうね?


「ウメー! ウメー!」


 本当に味わって食べているのかと疑問に思う程の速度で熱々の餃子を口の中に放り込んでいくムン女史。そんなペースで食べていったら、口の中の皮がベロンベロンになるからね?


 俺は自分のペースでエールを飲みながら餃子をつまむ。俺の方は慣れているので、フォークでなく、マイ箸でパクリ。


 油とアルコールの組み合わせは殺人的だ!


 はぁ、幸せ……。


「そういや、聞きたかったんだが、何で拳闘なんだ?」


「……だぞ?」


「桜花プロの時は剣術を習いたがっていただろ?」


 俺がそう水を向けると、ムン女史の視線が右上を向く。


「えーと、桜花プロでは剣術をやってる奴が多かったんだぞー。だから、ムンにも教え易いものにしたんだぞー……」


「嘘だな」


「だぞっ!?」


 視線が右側に行ってる時は、想像を司る右脳を使っている時だと言われている。後は先程からのムン女史の行動を観察した結果や、間の取り方やらを総合すると、確実に嘘をついているのだと見抜ける。


 というか、今の挙動不審っぷりなら、素人でも見抜けるわ!


「普通に考えれば、武器を持って戦った方が強いんだよ。わざわざ素手でやるメリットも少ない。強くなりたいなら、剣術をやりたいと言ったはずだ。そして、素手に拘りがあるというのなら、桜花の時点で拳闘を習いたいと言っていたはずだ」


 擦られた言葉だが、剣道三倍段という言葉もあるしな。強くなりたいのなら、拳闘ではなく剣術を習いたいと言わなきゃおかしい。


 俺はそこに理由があるんじゃないかとずっと思っていた。


 けど、今回の事務所の一件でようやく理解出来た。


「【竜化】が上手くコントロール出来ないんだろ?」


「!?」


 ムン女史の顔を見ればこの想像が当たっているかどうかはすぐに分かる。


 そもそも【竜化】が上手くコントロール出来ていれば、事務所を破壊することも無かったわけだし、よくよく考えてみればアイリス女史の引退試合での試合運びも妙だった。


 ムン女史が最初から【竜化】を使っていれば、アイリス女史を圧倒して勝つことも可能だったろうに、ムン女史はピンチになってから【竜化】を使っていた。


 実況の子は、それがいつもの事のように実況していたが、逆に言えばムン女史は毎回ピンチになってからでないと【竜化】を使わないという事になる。


 俺はそれを油断ナメプやエンターテインメントの類だと思っていたのだが、そもそも万全の状態では【竜化】を操れないとしたらどうだ?


 普段のムン女史の力を10として、【竜化】を行うと通常の10倍の力が出ると仮定する。


 現状、ムン女史の実力では40の力を操るのがせいぜいで、万全の状態で【竜化】を使うと、力が100となるので、60の力が操り切れずに暴走する。だから、ムン女史は万全じゃない状態になってからでないと、【竜化】が使えないのではないだろうか。


 本人の力が、3や4に衰えてから【竜化】を使うことで、力が10倍となって30、40の力となれば本人の制御範囲内に収まり、彼女も全力で戦えるようになるのだろう。力の加減も考えないで良いし、ただ全力で戦えば良いだけなのだから本人の負担は減る。


 だが、本人としては歯痒いだろう。


 もっと全力で戦えるはずなのに、現状では四割程度の力しか出せていないのだから当たり前だ。


 その結果考えたのが、もっと自分の体の制御を緻密にやる方法だ。それが拳闘という言葉になって出てきたのではないだろうか。体の制御を覚えるという意味合いでは、剣術よりも拳闘の方が優れているようにも思えるしな。


 だが、拳闘を覚えたところで、ムン女史の【竜化】の制御は上達しない。それは、【格闘術】のスキルが伸びるだけであり、身体制御系のスキルとは経験値が別物だからだ。


 必要なのは、【体術】、【闘気操作】、あと一つ、二つぐらいはありそうだな……。


 正直、【竜化】は種族固有スキルだから、どんなスキルを持っていれば制御がしやすいかが分からない。


 こういうのは、竜人ドラゴニュートの先達に聞いたりするのが早いんだが、竜人は忌み子扱いであんまり表舞台に出てこないんだよな。むしろ、裏舞台で暗躍している奴とかの方が多いくらいで……ムン女史もどうやって制御したら良いのか誰にも聞けなくて困っているんだろう。


 まぁ、俺と出会えたのは運が良かったな。


「完璧じゃないが、【竜化】を今よりも制御出来るようになれるって言ったらどうする?」


「そ、それは本当なんだぞ……!?」


「まぁ、やってやれないことはないだろう」


 時間が有り余っていたから、スキルの研究についてはとことんまでやり込んだ。物理系、魔法系、前世の知識を活かしてありとあらゆる思いつく限りのスキルの修得方法を編み出しては身に付けていった。


 正直、スキルの研究に関しては世界レベルでの第一人者だという自負がある。


 種族固有とかのスキルでなければ、大体のスキルは修得方法に関しては網羅済だ。


 というか、俺が最強の北の剣神でいられる最たる理由がそれなんです!


「だったら、やりたいんだぞ!」


「拳闘は良いのか?」


「【竜化】が使えるようになるなら、要らないんだぞ!」


 きっぱり断言するね。それだけ本人は悩んでいたということか。


 プロデューサーの一人としては、アイドルの助けになれるなら協力するのにやぶさかじゃない。どうせなら80くらいの力を出せるようになって、狙って貰おうじゃない……大トーナメントの優勝を!


「いつになったら教えてくれるんだぞ!? 今だぞ!? 今なんだぞ!?」


「明日からだな。というか、明日からはかなり忙しくなるぞ」


「何でだぞ?」


「いや、だって事務所を直さないといけないし……」


「…………。は、反省しているんだぞ……」


 二人して傾いた事務所を見て遠い目になる。


 とりあえず、あの事務所は今は使えないので、ウィルグレイの冒険者装備の中にあったテントと、俺が持っていたテントを使って、今夜は野宿の予定だ。寝ている間に事務所が倒壊したとか言ったら洒落にならんからな。


 しかし、事務所の修理か……。


 そもそも傾いている家を修理するって難しくないか?


 いや、俺の【時空魔法】で一瞬で戻せるんだけどさ……。


 けど、だだっ広い土地もあるんだし、どうせなら増改築しちゃうのもありじゃないのかな、と思うわけよ。そうなると、材料とか人手が必要になってくる……?


 …………。


 うん。トレーニングに組み込んでしまえ。


 後は、アイリス女史やウィルグレイと打ち合わせが必要だが、あの状態だと明日にした方が良さそうだな。


 酔い潰れたフリをするウィルグレイに、しつこく絡んでるアイリス女史を見る限り……近寄りたくない。


 そして、ノアちゃんは頑張って餃子を焼いているが……まぁ、派手に焦がしているな。焚火で焼くのは火加減が難しいし。


 俺の手元だけを見ていても、その辺に気が回らないと上手くは焼けないのだよ。はっはっは。


 そして、そんなノアちゃんを見かねてシャノンちゃんも餃子焼きに挑戦するようだ。シャノンちゃんは案外器用なタイプだから上手く焼けるかもな。


 そもそも、器用なタイプじゃなければ、あそこまで三段突きで相手の急所ばかりを狙えないだろう。


 だから、案外と餃子を焼くコツもすぐに修得するんじゃないかと、俺は見越している。


「どうかしたか?」


 何となくムン女史から視線を受けている事に気付き、そちらを振り向くと彼女は慌てて視線を逸らす。


 いや、だから! 俺相手に気付かれずに観察するなんていうのは不可能なんだって!


 しばらく黙っていると、ムン女史も諦めたのか頬を掻きながら言葉を零していた。


「北の剣神のくせに、案外プロデューサーしてるんだぞ……」


「そりゃ、プロデューサーだからな。当然だろ」


「プロデューサーなのに、プロデューサーしてない奴もいっぱい居るんだぞ」


「はぁ? 意味分からん」


 そんなの居るの? どういう事?


 だが、多くを語る気はないのか、ムン女史は言葉を続ける事は無かった。


 その代わりに、フォークの先を俺に向けてくる。


 ……うん。マナーが悪いからやめようね?


「とりあえず、少しだけだけど……期待しておくんだぞ、新人プロデューサー!」


「ま、給料分くらいは働いてやるさ」


 俺はそう飄々と返したのだが……。


 この事務所、初っ端から(物理的に)傾いているんだけど給料出るんだよな? という不安でいっぱいなのであった。

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