第17話 アイドル資格試験4

 その後も実技試験は順調に進んだ。


 進んだのだが……。


 いや、長いな実技試験!


 かれこれ一時間はやっているぞ?


 全然終わる気配が無いのだが?


 観客は飽きないのだろうか?


 俺はちょっと飽きてきたのだが……!


「そろそろ一周といった所でしょうか」


「……そうか」


 これだけの時間が経てばノアちゃんも完全に覚醒するだろうな。


 食後のお昼寝はきっちり三十分だけに習慣付けていたからな。体内時計がそうなるように設定されてしまっているので、まず間違いなく覚醒する。


 ちなみに、時間を惜しんで効率的に訓練をしているのにも関わらず、何故昼食後に確実に昼寝時間を確保していたのかというと、生前にそちらの方が仕事の生産性が上がるというのを聞いた事があるからだ。


 昼食後に襲ってくる眠気を我慢して仕事をするよりも、十五〜三十分程寝てから仕事をした方が生産性が上がるらしく、それ(シエスタ制度というらしい)を導入した企業の業績も上がったとか何とか。


 それが本当に効果があるのかどうかは分からないが、少なくとも疲労の軽減、気分の一新、眠気の除去には効果があるわけで。


 おかげで今のノアちゃんは万全に近い状態で二戦目に臨めるのではないかと俺は考えている。


「なかなかどうして。今年は案外と粒が揃っていますね。(剣神様は)ここまで御覧になって、誰か気になる候補生は居ましたか?」


「え?」


 いや、剣神を小声で言ってくれた事には心遣いを感じるが……。


 え? 何? そんなに掘り下げて質問してくるの? というか、ノアちゃんのことで頭がいっぱいで他のアイドル候補生のことなんて全く確認してなかったわ。


 うーん。


 あぁ、そういえば、試験前に戦い方を見ている奴がいたな。


「シャノンとかは良かったんじゃないか?」


 多分、あの実力なら頭ひとつ抜けてるだろうし。


 ちらっと勝ったような記憶もあるし。


 俺がそう言うと、我が意を得たりとばかりにアイリス女史も頷く。


「確かに、リヒター伯爵の御息女だけあって動きが洗練されていて隙が少ないですね。特に実戦向きでありながら、本人の容姿に華がある。玄人にも素人にも人気が出そうなタイプです。……ですが、彼女は桜花プロが獲得に動き出すという噂がありますからね。なかなか私の事務所へ誘うのも難しいというか……」


 どうやら、アイリス女史は自分の事務所に、どのアイドル候補生を勧誘するかで悩んでいるようであった。


 資金が潤沢にあれば、片っ端から声を掛けても良いのだろうが、事務所の設立で大分金を使っているだろうからな。


 出来れば、事務所の経営が軌道に乗るまでは少数精鋭でアイドルを育成していく方針なのだろう。


 そんなわけで目ぼしい原石はいないかと俺に声を掛けてみたらしい。


 まぁ、剣神様お墨付きともなれば只者じゃない――と、事務所に誘うだけの理由も発生する。アイリス女史はそんな最後のひと押しを俺に求めたのだろうが……残念ながら、俺は試合の方をあまり見ていなかったのだ。


 いや、本当にすまない。


 とはいえ、アイドルの目利きも事務所を経営する者としての仕事だろう。そこは他人の力ではなく、自分の眼力を信じて欲しいものだ。


「おや、まだ一周していなかったようですね」


 見やれば、闘技場上部に半透明なウインドウが新たに開いている。そこに載っている顔写真には見覚えがない。正直、顔写真だけでは一周目なのか、二周目なのか判断がつかない。


 だが、アイリス女史に言わせると新顔ということらしい。


====================

 マリカ・キサラギ

 筋力3、敏捷7、体格4、魔力2、武装3


 VS


 リズリット

 筋力5、敏捷2、体格4、魔力1、武装5

====================


 キサラギ? あれ? 日本人的名字?


 いや、それ以前にキサラギってどこかで聞いたような……。


「敏捷が7ですって!?」


「……驚く程のことか?」


 俺が尋ねると、アイリス女史が首をぐりんっと回してこちらを睨みつけてくる。いや、その非人間染みた動きはやめて下さい。とても怖いです。


「基本、アイドル試験を受けに来る受験生のパラメータの最高評価は5だと言われています! たまに規格外の6評価を叩き出す新人もいるのですが、そんな新人は十年に一人いるかいないかで、毎回各事務所プロダクションで争奪戦が起こるレベルなんですよ! それなのに、6を更に超える7評価だなんて!」


 どうやら磨けば確実に光る原石が現れたらしい。


 その驚きは他のアイドル事務所も同様なのか、闘技場アリーナ全体がどこかザワついているように感じられる。


 まぁ、冷静に考えてみるとアイリス女史の敏捷が8だったわけで……。


 新人がそれに肉薄出来るような7の敏捷パラメーターとかいうだけでもヤバさが良く分かるというものだ。


 早さだけなら現役アイドルたちにも引けを取らないんじゃないか?


 それだけの存在が新人で現れたとなれば、各事務所の垂涎の的である事は間違いない。


「これはとんでもない逸材が現れたわね。争奪戦が繰り広げられるわよ……」


 未来のS級アイドルの卵を見つけたようなものだ。アイリス女史が心の中で舌舐めずりをしているのが容易に想像できる。


 そんな注目の的となっているマリカちゃんは闘技場の上で一礼すると、腰に佩いていた剣をすらりと抜いて構えを取る。


 ふむ、格好自体は旅芸人のような派手な衣装なのだが、構え自体はどっしりとしていて隙がない。


 というか、あの構え……どこかで見たような?


「リズリットさんも今回は二回目の受験で、一回目と違って各種パラメーターが成長しているのですが……相手が悪いですね」


 対するリズリットちゃんはドワーフ族なのだろう。小さな背丈に不釣り合いな巨大な斧を担いで頭以外を板金鎧フルプレートアーマーのようなもので覆っている。一応、アイドルは人気商売なので兜は被っていないが、まるで戦場にでも吶喊するかのような重装備だ。


 西の剣神の影響なのか、ドワーフ族は自分の装備に拘る者が多いが、彼女もまたその一人なのだろう。


 二人は試合開始前の移動はほぼ行わずに、近距離で互いを見つめ合う。


 お互いに飛び道具の類はないという意思表示なのだろうか?


 そこが自分の得意距離だと言わんばかりに互いに自己主張を崩さない。


「マリカさんのパラメーターは素晴らしいのですが、戦い方は果たしてどうなのか……」


 ……あ。


 闘技場の中央に注目が集まる中、俺はようやくマリカちゃんの構えを見て、遠い記憶を思い出していた。


 ……その昔、魔王討伐の為に地球から勇者君が強制召喚された。


 その時、勇者君の召喚に巻き込まれる形で、二人の幼馴染みの女の子も召喚されたのだ。


 二人は恋のライバルであり、親友でもあり、そして勇者君のパーティーメンバーでもあった。


 勇者君と彼女たちは俺から剣を教わり、見事魔王軍の過激派である第三魔王を仕留めてみせ、王国には一時的に平和が戻った――というのが勇者君の物語の大筋の話。


 だが、その話には続きがある。


 魔王軍第三魔王を討ち取った勇者君であったが、平和となる瞬間を狙われていたのか、幼馴染ちゃんズに同時に告白される。


 そして、三日三晩悩んだ末に幼馴染みちゃんズの一人を選び結婚――。


 ここ、ティムロードの町で二人は幸せに暮らし、生涯を終える事になるのだが、問題は選ばれなかったもう一人の幼馴染みちゃんの方であった。


 元々王国の法律的にも重婚が認められていたので、俺は二人と結婚すれば良いとアドバイスを送ったのだが、勇者君の日本人的な倫理観と、選ばれなかった方の幼馴染みちゃんの気位の高さから、二人は一緒になる事はなかった。


 そして、選ばれなかった幼馴染ちゃんはティムロードに居辛かったのか、高位冒険者となって地方を転々としながら、高難易度の依頼をバシバシと片付ける事で伝説を残すことになる。


 その活躍は女勇者キサラギの伝説、または剣聖キサラギの伝説として、今も語り継がれているほどだ。


 そんな土台があったからか、後に偽勇者大量発生事件が起こったりした際も、勇者たちが名乗る名前は決まって『キサラギ』だったという。


 まぁ、多くのキサラギは明らかな偽物なのだが、今闘技場の上に立つマリカ・キサラギ――彼女の構えには俺は懐かしさを覚えていた。


 あれは、多少アレンジはされているものの、俺が幼馴染みちゃんに教えた剣に間違いない。


 まさか、この時代になって幼馴染みちゃんの子孫に会う事になろうとは思ってもみなかった。


 いや、人生とは分からないものだな……。


「始まります」


 闘技場上部にあるウインドウのカウントが『0』を刻む。


 それと同時に動き出したのはリズリットちゃんだ。小柄な体躯を目一杯動かし、巨大な斧を体を反るようにして構える。


 大上段からの振り下ろしが狙いか?


 それにしたって、構えが大き過ぎる。


 と思っていたら、途中から斧が火花を噴き出し始める。


 えぇ……?


 あれは……斧の背面に推進装置スラスターが付いているのか……?


 斧の振りを更に推進装置で加速させ、威力を増そうとしているのだろうが、人ひとりを屠るにはオーバーキルでないかい?


 あの一撃を受ければ頭がかち割られるどころではなく、闘技場自体が砕けるぞ。


 さて、どうするマリカちゃん?


 下手に避けると闘技場を砕いた石片が散弾のように襲い掛かり、マリカちゃんに少なくないダメージを与えることになるだろう。


 一番は大きく距離を取ることだが……。


 と思っていたら、マリカちゃんは刹那で覚悟を決めたのか、リズリットちゃんの懐に飛び込み、そしてそのまま交錯するようにして剣を振るう。


 推進装置の加速のせいで武器を自由に操ることが出来なかったリズリットちゃんは振り下ろそうとする直前で喉をかき切られ、真っ赤な血の華を咲かせながら、そのまま闘技場へと沈む。


 リズリットちゃんの手から離れて暴れる斧の火花と空中を舞う鮮血はまるで巨大な曼殊沙華を見せられているようで、普通に美しい――と俺は思ってしまった。


 ……いや、駄目だな。殺しに芸術性を求めるなんて趣味が悪すぎる。


 俺はぶるりと背を震わせてその考えを追い払う。


 しかし、流石の敏捷値7――。


 相手の攻撃の出掛かりに合わせて、斧が加速しきる前に先の先を取っての速攻。


 そういえば、幼馴染ちゃんもカウンター攻撃が得意だったっけか。


 むしろ、敏捷値7というのは狙ってカウンターを取りにいく為に鍛えられた力か?


 相手を誘導し、自分の思い通りに操ることでどのような強者であろうとも斬り捨てられるというのが俺の剣だ――と勇者君たちにドヤ顔をしながら教えはしたが、それを短命な人の身で完成させようとして血族に連綿と受け継がせているのか……?


 だとしたら、怖いぐらいに一途で純粋な一族だな、キサラギ一族……。


 別の意味でもう一度背筋が震えたぞ、おい。


 しかし、リズリットちゃんも残念だったな。


 アイドルとして顔を売るためとはいえ、兜を被ってこなかったのが敗因か? いや、そもそも推進装置を武器に取り付けたら取り回しが難しいというのもあるな。そういうのはモンスター相手に使いなさいと言いたいところだ。


 リズリットちゃんが光の粒子となって消えていく中、マリカちゃんは剣に付着したであろう血液を振って飛ばす。


 紫電一閃での決着なだけに、そんな姿も妙に絵になるなぁ。


 これはどのアイドル事務所も放っておかないのではなかろうか?


 いや、アイドル事務所だけじゃない。


 前に座る屋台のおっちゃんズもあーだこーだと議論を白熱させているところを見るに、既にデビュー前から注目の的となっているのかもしれない。


 こりゃまたトップアイドルになる為には強烈なライバルが出てきてしまったわけだけど……どうするね、ノアちゃん?

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