第13話 ライバルたち

 前回のあらすじ。


 屋台飯うめぇ!


「ししょー違うです! アイドルの訓練施設を見学に来たです!」


 おっと、そうだった。


「ノアちゃんが世界一頑張っていて、『自分より頑張ってる奴なんていないですー』とか言うから本当かよと思って、この時間まで頑張っているアイドルたちがいるか確認しにきたんだった」


「ししょー! その言い方だとノアが高慢ちきの嫌味ちゃんに聞こえるです! それに、アイドルの訓練施設を覗こうと言い出したのは、ししょーの方です!」


「はいはい、あー言えば、こー言う」


「ノアは何も間違ったこと言ってないですよね!?」


 まぁ、実際はノアちゃんの言う通りだ。


 ノアちゃんが、自分の頑張りに酔いしれて、どうもアイドル資格試験に向けての緊張感とか、危機感が足りなくなっている気がしてならない。


 だから、俺はその気持ちの引き締めの為に、ノアちゃんよりも凄い奴らが、こんなにも頑張っているんだぞというのを見せつけてやって、彼女の気を引き締めるつもりで訓練施設まで連れてきたのだ。


 しかし、これまた想像以上に立派な建物だな。普通に前世の体育館四つ分ぐらいの大きさがあるぞ?


 アイドル産業って儲かるのね……。


 いや、グエンタール商会のデカさにも驚いたが、この訓練施設の規模にも吃驚だ。


 アレか? 勇者君が余計な知恵を付けさせて、変な文明が発展したとか、そんな感じか?


 とりあえず、入り口の所に衛兵がいたので、今から施設の利用は可能かどうか尋ねてみる。


「今からですか? 既に三の鐘は鳴っていますから、残り半刻程しか使えませんが……」


 半刻というと、三時間ぐらいか。


 ちなみに、ティムロードの町では、六時間おきに時刻を知らせる鐘が三回鳴る。最初は朝の六時であり、最後が夜の十八時だ。深夜の零時に鳴るような事はない。流石に需要が無いからな。


 その六時間を一刻と数えて、半刻であれば三時間、四半刻であれば、一時間半とするのが、この町のルールだ。


 今は丁度、三の鐘……つまり、十八時の鐘が鳴った後だから、この施設の終了時刻は大体二十一時ということになる。


 ファンタジーにあるまじき遅い時間帯までやっている施設である。


 いや、普通はそんな遅くまで稼働していれば、照明やら何やらで魔石を大量消費するから採算が取れないってことで大体の店は閉めるものなのだよ?


 やっているのは、夜からが本番なムフフなお店ぐらいのもので……。


 それだけ、アイドル業界の隆盛が凄いってことなんだろうね。


 あるいは、ティムロード侯爵の肝入りで稼働しているだけなのかも。


 とりあえず、施設は使わずに見学だけしたい旨を衛兵に伝えると、入場料無料で通してくれた。思っていたより待遇が良い事に吃驚。


 とりあえず、お礼を言いつつ施設に入る。


 あ、しっかりとアイドル資格試験の登録者証を提示させられたけどな。


 不審者の侵入はやはり駄目みたいだ。


 そして、中に入るとすぐに男性用、女性用に別れたロッカールームと訓練設備への道を発見。


 今回は見学だけなので、俺もノアちゃんもロッカールームには寄らずに訓練設備の方に足を向ける。


「この時間なのに、何かワイワイしてるです!」


 木で出来た廊下の先に開け放たれた鉄扉があり、それが益々体育館っぽさを増す。そして、その先から活気のある声が聞こえて……。


 ……何か揉めてないか?


 まぁいいや。


「この時間帯でも残って熱心に特訓している者もいるってことだ。ノアちゃん一人が頑張っているってわけじゃないことを肝に命じたまえ」


「押忍です!」


「で、こいつらに勝ちたいなら、こいつらよりも努力しなくちゃならない。その為にはどうしたら良いと思うかね、ノアちゃん?」


「えっと、寝る間を惜しんで特訓するです?」


「違う。特訓の質を上げるんだ」


「質です?」


「例えば、町の外周を走るのなら、脚力やスタミナを鍛えることが出来るだろう。だが、そこに水の入った鉄鍋を持って走ることで、握力と腕力と集中力の訓練を付け加えることが出来る。限られた時間の中で、如何に効率良く訓練することが出来るか。それが、質を上げるということだ。そうすれば、同じ時間『走るだけしか』しなかった相手に比べて、より多くの特訓をすることが出来るというわけだ」


「な、なるほどです」


「さぁ、納得したところで施設を見て回るか」


「まだ、言い争いが続いているみたいですけど良いんです?」


「ははは、俺の不幸巻き込まれ体質をなめるなよ? 絶対巻き込まれるから、それなら躊躇していても仕方がないだろ?」


「何か色々諦めているのです!」


 というわけで、口論の声を無視して鉄扉を潜る。


 ほー、結構広いな。


 ランニング用のトラックが5レーンに、外周にはウエイト用のダンベルやらバーベルやらが置いてある。


 お、木人形や巻き藁にサンドバッグまであるじゃないか。なかなか良いものを取り揃えているな。


「お高くとまってるつもり!? 貴女も練習相手ぐらい欲しているのでしょう! いつも練習場の隅で素振りばかり……それでは、実戦の勘なんて養えないでしょ! だから、この私が相手してあげようと言うのに! それを拒否するなんて!」


「そーっす! そーっす!」


「んだ! んだ!」


「…………」


「お嬢様の剣は、その辺のアイドル候補生が受けられるレベルのものではない! 受験前に望みを断ち切りたくないというお嬢様の心遣いが分からないのか!」


「私はお付きのオマケ騎士に話し掛けていません! 大体そんな凄腕なら、私たちに見せても減るものではないでしょう! それとも、【北部三剣】のリヒター伯爵の娘と仰られても大した事がないのかしら!」


「そーっす! そーっす!」


「んだ! んだ!」


「…………」


 リヒター伯爵の娘って……。


 俺は思わず、言い争いをしているらしい人物たちに目を向ける。そこには、試合場を模した石畳の円形リングに上がっている三人のアイドル候補生たちと向き合うようにして立つ、蒼髪碧眼の無口美少女と赤髪の女騎士の姿があった。


 揉めてるのめっちゃ知り合いだった!


「助けないです?」


「特に困ってもなさそうだからいいんじゃないかね」


「そうですね」


 俺も弟子も薄情だった!


「貴様ぁ! お嬢様のみならず、我が主まで愚弄するか!」


「愚弄されたくないのであれば、見せて欲しいものね! その剣の腕を! 私は父親が有名人というだけの貴族のお嬢様の道楽に、アイドルの合格枠が不正に譲られることを危惧しているのよ!」


「そーっす! そーっす!」


「んだ! んだ!」


「いや、アイドルになるのに別に人数制限とかないから……。え、あれ? そんな記載も特に無かったから、もしかしたらあるかもしれないの?」


「ししょー、合格点が決められた試験なので、多分、人数制限とかは無いと思うです」


「あ、うん。そうだよね。俺も知ってたから」


 だから、そういう呆れた目で俺を見ちゃ駄目だぞ、ノアちゃん!


 まぁ、その辺は置いておいて、他の施設も見て回るかね。


 というか、トラック中央はリングがメインなのね。二つも石畳のリングが用意されていて、その近くには刃引きされた鉄製の武器が並んでいる。


「あっ、アレ、ノアが運んでた奴じゃないですか!」


「どうもそれっぽいなー。こんな所で使われているんだな」


「ここまでコケにされては黙っておれん! リヒター伯爵親衛隊、紅き稲妻のリタが貴様らを処断する!」


「あ、アイドル候補生相手に本物の騎士が暴力を振るうなんて、リヒター伯爵の親衛隊の名が泣くわよ!?」


「そ、そーっす、そーっす!」


「ガクガクブルブル……」


 煽る割りには、本物の暴力に弱いのな。


「そ、そ、それに、私たちに手を出したら、S級アイドルである【常勝】のムン様が黙ってないわよ! 私たちはあの桜花プロに所属しているんだから!」


 その言葉に赤髪の女騎士リタの動きが止まる。


 まぁ、この時期に業界の大手プロダクションと揉めるのはマズイだろうなーというのは、俺でも分かる。


 何か、色々と妨害されたりするんでしょう?


 っていうか、桜花プロってのは、【常勝】のムンといい、アホを多く抱え込む事務所なのか?


「ぐぬぬ、貴様らぁ~! ――ハッ!」


 と、リアルぐぬぬを披露するリタの前に、一歩進み出る蒼髪の令嬢……シャノン・リヒター嬢。


「…………」


「お嬢様……、やる気……、なのですか?」


 リタの問い掛けにコクリと頷いてから、何故か俺をチラリと見る。


「まぁ、気付かれているか」


「というか、貴族云々出した時点で、残っていた他の人たちもそそくさと帰っていったです!」


 うん、そうね。俺たちも早目に帰れば良かったね。


「というか、さっきの視線の合図は何? 俺に見ていて欲しいってこと? もてる男はつらいねぇ」


「子供の落書きのような顔した人が何か言ってるです……」


「俺は心がイケメンだから、怒らないぞぉ~。すーはーすーはー……後で覚えてろよ?」


「どう見ても、根に持っているのです!?」


 まぁ、冗談はこのぐらいにして……。


「今回は、ノアちゃん以外のアイドル候補生の実力を見る良い機会だ。しっかりと観戦させてもらおうか。あ、この辺空いてます? 座ってもいいですか? あざーす、どーもすみませんー」


「え? あれ? 北の剣し……ヒギッ!?」


 何か言おうとしていた恥ずかしい二つ名持ちの女騎士を威圧で黙らせる。


 何いきなり粗相しようとしているんですかね、この娘は?


 というか、女騎士の股間にじわりと湿り気が広がって……。


「【清潔クリーン】! 【乾燥ドライ】!」


「ししょーの威圧がおっかなすぎて、この人漏らしたです!」


「も、漏らしてません! 気のせいです!」


 いや、すまんね。


 でも、俺は悪くないよ? 口を滑らせようとした君が悪いんだからね? でも、ちょっと俺も悪い事したかなーと思ったから、後始末はしてあげたでしょ? それでチャラでお願いね?


 ……まぁ、そんなことよりも試合を見るか。


 というか、シャノン嬢がリングに上がって構えた時点で、俺に目配せをしていた意味が分かった。


「彼女、あの歳で『アレ』を修得しているのか……」


「というか、お嬢様は『アレ』しか、修得していないのです……」


「なるほど。試合をしたがらないわけだ」


「ししょー、『アレ』って何です?」


「俺は一時期リヒター領に逗留していてな。その時に、リヒター卿にひとつ技を教えて欲しいと請われて教えたことがある。それが『アレ』だ」


「普通に構えているようにしか見えないですけど、アレがそうなんです?」


「いいや、良く見てみろ。パッと見た限りでは、正眼に構えているようにしか見えないが、実はそうじゃない。ノアちゃんなら分かるはずだ」


「えっと……」


 ノアちゃんが逡巡している間にも、大手プロダクションに所属している少女たちのリーダー格の娘が構えを取る。


 勝ち気そうな顔に、緑髪オールバックでデコが光る。うん、色んな意味で目立つ少女だ。


 そんな彼女は左手に円形のバックラーを装備し、右手にグラディウスを装備している。


 刃渡りが短い武器に丸みを帯びた盾といった組み合わせから、相手の攻撃を逸らして反撃する戦い方を得意としているのだろう。


 自信満々の表情からは、相応の実力も持ち合わせていると窺わせる。


 小盾と短剣のスタイルはオーソドックスではありながらも、その分、安定した強さを誇るものだ。特に取り回しのしやすさから防御に長けている。


 一方のシャノン嬢は、刃渡り一メートル弱ほどの両刃の両手剣。大雑把な分類でいうのなら、ロングソードという奴だろう。それを静かに正眼に構えて佇んでいる。


「あっ、持ち方です! 持ち方が違うです!」


 ノアちゃんがようやく気付いたのか、シャノン嬢の剣の持ち方に注視している。


 そう、彼女の持ち方は正眼に見えて、その刃を横に寝かせている。


 それを見て、目の色を変えたのはシャノンと相対するデコ娘だ。


 まぁ、あれだと、剣の腹で殴り付けるように見えるからな。刃を潰した武器の更に剣の腹で殴るとか、どんな縛りプレイですか? 嘗めプですか? と相手も思うわな。


(そして、その程度の考えしか出来ないのなら、危機感が足りない)


 ノアちゃんが人知れず喉を鳴らす。


 普通ではない気配というものを感じ取ったのだろう。


 流石、俺の弟子だ。


 育て方が良いせいだろうな!


「貴女馬鹿にしているの!? 危険だなんだと仰っておいて、結局そんな持ち方で……! 宜しいでしょう。本当の試合ってものを教えてあげます! どなたか開始の合図を下さい!」


「…………」

 

 シャノン嬢とデコ娘が睨み合っている中、デコ娘の取り巻きの一人がリングに上がってきて、片手を上げてから振り下ろす。


 それが、始めの合図だったのだろう。


 デコ娘が盾を前に勢い良く駆け出す。


「ノアより遅いです!」


 まぁ、ノアちゃんは体力強化で結構走っているからね。あと、意外と両手に物を持って走るっていうのは難しいもんだよ。


 しかし、盾を前にして駆け出したのは悪く無い。


 相手からは自分の姿を隠し、相手が何も対応しないのなら、そのままシールドバッシュに移れるし、盾に向けて剣を振るわれたのなら、剣の軌道を逸らしてグラディウスで反撃が出来る。実に対処がしにくい戦法だ。


 だがまぁ、欠点もある。


 盾を前に出せば、相手から姿を隠して戦うことが出来るが、同時に相手の姿も見失い易くなる。


 当然、シャノン嬢もそれに気付いている。


 シャノン嬢が軽くバックステップをして後退すると、それだけで、デコ娘はシャノン嬢の姿を見失ったようだ。


 どうやら、前に掲げた盾の下からシャノン嬢の足元を確認して突進していたらしい。そこをバックステップされたので姿を見失ったのだろう。


 だが、見失ったのは当人だけで、外野からはそうでもない。


「右から来てるっすよー!」


「んだ! んだ!」


 バックステップから、まるで地面を滑るようにして、シャノン嬢がデコ娘の右側面に回り込む。


 上手いな。


 上手い『誘い』だ。


 側面に回り込もうとする事で、不意を突いてきたとデコ娘は思うだろう。


 右側面に回り込まれて、盾は左手。


 右手にはグラディウス。


 ならば、近いグラディウスで迎撃――と普通なら考える。


 この状況で、落ち着いて身体ごと左手の盾をシャノン嬢に向けられる者が何人いるのだろうか?


 少しでも時間を稼ぐように、少しでも距離を離すように、シャノン嬢の鋭い踏み込みに対して、デコ娘はグラディウスで殴り付ける。


 だが、シャノン嬢のそれは誘い水。


 踏み込みは鋭く、だが、体重は前に掛かっていない。


 故に、突っ込むことなく、軽くデコ娘の攻撃を回避する。


 空振ったデコ娘は若干の体勢の崩れ。


 だが、彼女の得物は短剣ともいえるグラディウスだ。


 引き戻すのに、そう時間は掛からない。


 そして、また盾の後ろに隠れるようにして、戦闘を継続すれば――。


 ――なんて考えているんだとしたら、甘過ぎるな。


 フェイントの為に踏み出したシャノン嬢の足に一気に力が入り、それが踏み込みへと変わる。


 引き締まった腰回りと太股が、溜め込んでいた力を解き放つかのように起動し、連動した彼女の上体が弾かれたかのように超高速で動く。


 踏み込みの音は、僅か一度。


 だが、刹那に閃いた剣閃は都合三つ。


「~~~~~~ッ!?」


 悲鳴にならない声が、デコ娘から漏れる。


 いや、彼女自身は大声を上げたつもりなのだろう。


 だが、その息は彼女の喉に空いた穴から、血の気泡となってぶくぶくと泡立つばかりであった。


 それだけではない。


 デコ娘が受けた傷は三ヶ所。


 喉、眼、そして、胸。


 いずれもが致命に近く、尚且つ、普通の神聖魔法で治そうとすると問題が起こる部位だ。


 喉は血を抜き出してから神聖魔法で塞がないと、地上に居ながらにして『溺れる』という稀有な現象が体験出来るし、眼は眼球の構造を理解しないものが治そうとすると、そのまま失明する恐れがある。


 そして、胸は主要血管の宝庫であり、医学知識もないような神聖魔法の使い手が、安易に外面だけを治すような治し方をした場合には、早晩には内出血で死ぬんじゃなかろうか?


 とにかく、どれをとっても必殺だ。


 まぁ、刃を潰した剣と言っても、所詮は鉄の棒だからな。


 切っ先を突き込まれたら、普通に殺傷力が高過ぎる。


 しかも、この技しか使えないんじゃ、練習試合を躊躇うのも無理はないか。


「何です、今の? 一瞬で三度も突いていたように見えたです?」


「あれが、三段突きだよ」


「三段、突き……?」


「はいはい、どいたどいた。とりあえず、このデコ娘の治療をしてやらないとな。シャノン嬢がこちらを見たのも、俺がいるから多少やり過ぎても治して貰えると思ったからだろ? なら、期待には応えてやらんとな。あ、ちなみに有料だからな。銀貨一枚。瀕死を蘇生させるにしては格安だろ?」


「…………」


「え? 持ってない? じゃあ、後で痛い二つ名の赤髪騎士から巻き上げておくか。シャノン嬢の護衛をしてるくらいだから、そこそこ貰ってるだろうしな」


「そんな! 私のお小遣いがっ!」


「…………」


「後で返すから、今だけ貸してってさ。良かったな」


「というか、何でシャノンちゃんの言ってることがさっきから分かるです!?」


 ノアちゃんがそう言ってくるが、一体何を言っているんだ?


「いや、分かるだろ。ほら、こうして今、ボディランゲージしてくれているじゃないか」


「全然っ、動いてないです!」


「…………」


 そして、シャノン嬢も首を縦に振っている。


 あれ? 本人も気付いていないのか?


「じゃあ、まぁ、企業秘密ということで」


「えぇ~~~~!?」


「というか、アンタ神聖魔術の術師なんすよね!? だったら、何とかして下さいっすよぉ! 早くしないとデーコ様が死んじゃうっすよぉ!」


「んだ! んだ!」


「お前らなぁ、もうちょっと年長者に対する言葉使いをだなぁ……」


 まぁ、放っておいたら死ぬのは確かか。


 っていうか、デコ娘の名前、デーコっていうのかよ。ウケるんですけど。


 俺は笑いを噛み殺しながら魔法を行使する。


 変化が起きたのは直後から。


 溢れ出し、飛び散った血液が、帰巣本能でも得たかのようにデコ娘の身体に戻っていく。


 そして、傷つけられていたデコ娘の身体が何事も無かったかのように『巻き戻って』いったのは刹那の出来事であった。


 はい。神聖魔法ではありません。


「こ、これが回復魔術とも言われる神聖魔術! 何て異質な!」


「いいえ、時空魔法です」


「は? え? 時空魔法……? いや、そんな魔法は聞いた事がないぞ……!?」


「気持ち悪いです! そして、ノア、魔法についてあんまり教えてもらってないことに今気が付きました!」


 厨二赤髪ちゃんの驚き方は予想内だけど、ノアちゃんのその驚き方は予想外だったわ。そうか、教えてなかったか……。


「じゃあ、ここで軽くやっとくぞ。覚えなくてもいいからな。分からなくなったら、また聞いてもいいぞ」


「はいです!」


 よし、良い返事だ。


「では、まずは分かりやすい元素魔法からだ。元素魔法は、火水風土の基本四属性と炎氷雷地の高位四属性を操る魔法で、ダークエルフが修得を得意としている」


 まぁ、体内魔力を変換して、魔法として体外に排出するから、魔力の高いダークエルフが得意とするんだろう。


「で、次に精霊魔法」

 

「ち、ちょっと待ってくれ! 炎、氷の高位魔法は聞いたことがあるが、雷や地の高位魔法など聞いたことがないぞ!?」


 赤髪さんが慌てて突っ込んでくる。いや、君に講義をしているつもりはないのだが……。まぁいい。聞かれたのなら答えよう。


「使い手が少ないからじゃないか?」


 雷や地は、炎、氷に比べて威力が高過ぎて使い勝手が悪い。しかも、かなり魔力を食うから、おいそれと披露する機会も無いのではなかろうか。まぁ、一種の切り札的役割を負っているんだろうな。


 それ以上に、この魔法には厄介な特性があるから、そこがネックなのかもしれない。


「経験を積んだ魔法使いなら使えるだろうが、雷や地の魔法は天災に酷似しているから、使えると言いふらさないんじゃないか?」


「何で言わないんです?」


「そりゃ、雷が落ちたり、地震が起きたりする度に自分が疑われるんだぞ? そんなこと周囲に向かって発言するわけがない」


「なるほどです」


 そう。自然災害と酷似しているから、自分は使えると周りに言い辛いのだ。


 下手すると自然災害まで自分の仕業にされて責任を取らせられかねない。勿論、俺も使える事はなるべく黙っていたりする。


「……と、こっちの嬢ちゃんはもう良いみたいだな。おい、そこの友人A、B。彼女を何処か休める場所に連れて行ってくれ」


 流石に死にかけたショックは大きいだろうからな。ちゃんとケアしてやって欲しいところだ。

 

「は、は、は、は、はい! デーコ様、大丈夫っすか? 立てるっすか? あ、無理そうっすね。仕方ないから担いで行くッス!」


「んだ! んだ!」


 デーコ嬢を担ぎながら去っていく少女たちの背中を見ながら思う。


 意外とコイツら仲間思いだな。


 まぁいい。続きだ。続き。


「えー、精霊魔法に関しては、自分の魔力を餌にして精霊を呼び出して、その力を行使する魔法だ。主にエルフが得意とする。昔に聞いた話だと、個人の魔力で味が違うらしく、精霊の種別で味の好みが別れるらしい。火の精霊だと肉料理の味が好きだったり、水の精霊だとさっぱり系の料理の味が好きだったりな。……で、肉料理の味の魔力を持っているエルフは火の精霊を使役しやすいといった感じらしいぞ」


「聞いたって、精霊に聞いたです?」


「いや、昔討伐したレイスだな。人間の生気を吸って殺す理由を聞いたら、そう答えてくれた。精霊と原理が同じだから、殺さないで、見逃してと言ってきたから、容赦なく滅した」


「さ、流石、剣し……貴方様です」


 残念赤髪も少し学習してきているな。良いことだ。


「それで、次に説明するのは神聖魔法だ。これは、傷や毒を治す回復魔法が多く、主には聖職者が修得している。神の奇跡という奴だな。で、この神聖魔法の高位魔法が、時空魔法になる」


「神聖魔法に高位魔法が存在したのか……。いや、しかし、時空……?」


「ノアは、精霊魔法には高位魔法が無いのか知りたいです!」


「ひとつずつ答えよう。神聖魔法の高位が何故時空なのかというと、神聖魔法の根源に時空操作があるからだ。そもそも神聖魔法の代表的な魔法であるヒール。これは切り傷なんかの軽い傷をすぐに治す魔法なんだが、その原理を紐解くと細胞を活性化して、治癒力を上げている事にある」


「それは聞いたことがあるな」


「じゃあ、どうやって細胞を活性化しているのか。細胞に魔力を食わせている? それとも、細胞に魔力で刺激を与えている? どちらも違う。正解は魔力で細胞の動きを加速させているということだ。細胞の寿命を削って、本来なら回復に数日は掛かる傷を塞いでいるのが真実だ。だから、自然治癒しきれない傷はヒールでも治らない」


 ヒールの上位のエリアヒールとかもあるが、あれは効果範囲の広がりがあるだけだしな。回復力が大幅に上がるわけではない。


「えっと、つまりです。神聖魔法は時間を早めて傷を治す魔法だから、その高位魔法が時空魔法になるです?」


「ノアちゃんは理解が早いな。その通りだぞ」


「そんな……。だが、それが真実なら、何故、時空魔法の使い手というものを聞かないのだ?」


 赤髪が当然の疑問を呈する。 


 だが、その答えは簡単だ。


「神聖魔法の使い手が、神聖魔法の根本を神の奇跡として捉えているからだろう。まぁ、時間の加速自体は神の奇跡に近しいとは思うが……。それを原因と考えて、回復魔法の根源が時間操作だと突きつめる奴が少ないんだろう」


 科学者気質の奴は信仰心が薄いから、そもそも神聖魔法を覚えないしな。


 ちなみに、俺は某漫画の影響で一日一万回の感謝と一万回の素振りを繰り返しやっていたら神聖魔法が生えた。


 何か、菩薩剣みたいなスキルが出ないかなーと思ってやってみたんだけど、斜め上だったわ。確かに祈りは捧げてたけどさぁ……。


 で、神聖魔法ってなんぞと調べていたら、いつの間にか時空魔法に進化していた。


 まぁ、人が成長する時なんてそんなもんだよな。いつの間にかって事が多い。男子、三日会わざれば刮目して見よとも言うしな。


「で、精霊魔法の高位魔法だが実はある。その名も星霊魔法だ。精霊の中でも、王と呼ばれるヤバい存在を呼び出す魔法だが、まぁ、普通は使わない」


「超強そうなのに何でです?」


「周囲の自然環境とかが一気に変わる。簡単に言うと、生物の住めない土地が増える」


 北の魔族の領地も不毛の大地とか呼ばれているが、一説には星霊魔法の暴走が原因らしい。詳しくは知らんけど。


「まぁ、現状、俺も魔力をすっからかんにして、ようやく呼び出せるぐらいだから、俺と古代竜エンシェントドラゴンと大魔王ぐらいだろうな、使えるのは。そして、俺も含めてその魔法を使う利点がない」


「そうなんです?」


「あぁ。古代竜は竜脈からエネルギーを吸っているから、竜脈すら枯らす可能性のある星霊魔法は使わない。大魔王は呼んだが最後、星霊に自分自身が殺される。あれは大魔王よりも強いし、自分で意志を持つから、願いが気に入らなければ普通に滅ぼしに掛かってくる。そして、俺は一回それをやって、三日三晩戦って、『楽しかった! また戦おうぞ!』とか言われたから、金輪際絶対に呼ばない」


 何で敵をわざわざ呼んで戦わねばならんのだ! だから絶対に使わないのである。


「まぁ、お陰で北の森の一角から、樹木が吹き飛んで、開墾しやすくなったから良いんだけどな」


「それが目的で呼んだです? それなら相手も怒ると思うです」


 いや、単に興味本位で呼んでみただけだけど。相手はどっちにしろブチ切れたけどな。


「最後に物理魔法を解説するぞ。元素、精霊、神聖に含まれない魔法が、物理魔法だ。これのジャンルは幅広いから、代表的な魔法を挙げろと言われると難しいが、良く聞くのは見敵エネミーサーチとか、解錠アンロック、後は浮遊レビテーションとかだな」


 基本的に便利な魔法が多い印象だ。


「一応、亜人種に適性があると言われているが、彼らはあまり魔力が高くないから良くわからないのが現状だ。で、人間種はどの魔法にも優れた適性がないが、どの魔法も使えるといった器用貧乏な種族だとなる。魔法の説明としてはそんなところだ。何か聞きたいことはあるか?」


「魔物は魔法を使わないです?」


「魔法とは違って、魔物特性というものがあって、それを使う。その為に身体の中に特殊な部位があったりするんだ。毒袋とか、酸袋とかだな。広義で言えば、魔石もそのひとつだ。あれのせいで、魔物の力が飛躍的に伸びる」


 あれが無ければ、その辺の動物と大差なかったりする。いや、普通の動物もそれなりに危険だったりするけども!


「なるほどです」


「私からもひとつ良いだろうか?」


「何だ?」


「先程から、随分とそちらのダークエルフの少女と親しいようだが、どういう関係性なのだろうか?」


「え? 弟子だけど?」


「ま、待ってくれ! 北の剣神は弟子を取らないはずではなかったのか!?」


「弟子の条件に長命種であることがあるから、勝手に勘違いされているだけだぞ」


「なんだと……」


 その後もちょこちょこ赤髪の質問に答えていると、ノアちゃんのお腹がぐーっと鳴ったので、その場で解散する。


 シャノン嬢と赤髪騎士は貴族らしく馬車でお出迎え。


 俺たちは徒歩で食事処へと向かう。


 ――この差よ!


 うぅ、同じ貴族として恥ずかしい!


「何、ししょー、ぐぬぬしてるですか?」


 そういうお年頃なんです!


――――――――――――――――――――


 そろそろストックが無くなってきたので頑張って書き足していきたい今日この頃。

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