第6話 弟子の条件

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 読み飛ばした方用の前回のあらすじ

 【常勝】のムンがギリギリで勝った。【千剣】のアイリスは惜敗。

 ムンは勝者特典でディオスに挑むも、ボコボコにされる。

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 特別試合エキシビションマッチ終了後、俺とノアちゃんはティムロード侯爵の案内でティムロード領内でも随一の宿へと案内されていた。


 この世界には珍しく五階建ての建物で、ロビーは大聖堂の如くに広く、ステンドグラスで出来た明かり取りや、壁にはこれでもかと緻密な彫刻が施されている様は、誰がどう見ても金が掛かっていると分かる造りになっている。


 しかも、この壁や床は南方でしか取れない白理石で出来ている。


 白理石がこれだけふんだんに使われている建物なんて、王宮や公爵家ぐらいのものじゃないか? それこそ、長い年月を生きるふてぶてしい俺が歩くのを躊躇ってしまうほどの豪華さだ。


 そんな宿のカウンターまで案内したティムロード侯爵は、受付の人間と二言三言話すと「ひと月ほど、ただで使って良いそうじゃ」と受け取ったルームキーを俺に投げて寄越す。


 一見、雑な動作に見えなくもないが、こっちの懐事情を加味し、恩着せがましくしていない辺りには、好感が持てる。流石のティムロード卿といったところか。



「しかし、【千剣】の引退試合ということで、ティムロード領ではほとんどの宿が満室だというのに、ちょっと声を掛けるだけで部屋が二つも空くとは、流石、ティムロード卿だな」


 彼女の行動を見る限り、自領の管理が徹底しているように見える。その辺、俺も見習わなければいけないのだろう。

 えぇ、新任辺境伯です。どうも。


「ん? 二部屋ではなく、一部屋で取っておるぞ? 流石に、この時期に二部屋をひと月も借りるのは無理があったようじゃ。はっはっは!」


「おいおい。まぁ、狭くなければ一部屋でも構わないが、この時期というのは何だ? 引退試合があるから、混んでいたんじゃないのか。もう終わったんだから、空き部屋も増えるんじゃないのか?」


「知らぬのか? これから、凡そ一月後にアイドル資格試験が行われるのじゃ。アイドルになりたい者で、気が早い者じゃと、この時期から宿を確保するのが当たり前じゃからの。アイドルの試合を見に来る客との関係で割りとどこの宿も連続で満室になるのじゃよ」


「そういうものなのか。それはこの町に来る時期が悪かったな」


「どうかの? 逆に良かったのやもしれぬぞ?」


「どういう意味だ」


「ふむ。おや、連れのダークエルフの姿が見えぬが、何処にいったのかの?」


「あれ? トイレに行くと言ったきり戻ってこないな。まさか、こんな高級宿の中で拐われたのか……?」


「む、どうやら、そこにおるようじゃぞ」


 ティムロード卿の指し示す先に視線を向ければ、そこには顔も知らないおっさん連中と膝を付き合わせて話をしているノアちゃんの姿があった。


 何故そういう状況になっているのか、さっぱり理解が出来ない。


「それでは、妾はそろそろ行くとするのじゃ。また何かあれば頼ってくると良いぞ! はっはっはっ!」


 正直、ティムロード卿にはあまり借りを作りたくないのだが、ここは素直に頷いておく。


 この町に限っていうのなら彼女は最高の切り札になり得る。媚びくらい売っておいても罰はあたるまい。


 ティムロード卿の背を見送った後で、俺がおっちゃんたちに近付くと、彼らが何を話し込んでいるのか、ようやく聞こえてきた。どうやら、今日の引退試合について熱く語っているらしい。


「いやぁ、しかし、今日の試合は見応えがあったのう! 儂は会頭になる前から、かれこれ十年以上は国内のアイドルリーグを見て回ったが、五指に入る程の名勝負じゃったわい! 思わず手に汗握ってしもうた!」


「ノアも思わず息するの忘れるところだったです!」


「私は会頭がぽっくり逝くんじゃないかとハラハラしていたんですがね。それにしても、お嬢さんは運が良い。あそこまでの試合はティムロードに住んでいても、そう滅多に見れるものじゃないですよ」


「誰がぽっくりじゃい! じゃが、息子の言う事にも一理あるのう。ここ二、三年のティムロード領のアイドルリーグでは一番の試合じゃないかの?」


「ティムロード領のアイドルリーグ以外だと、あんな競った試合も見れませんし、ここ二、三年の国内の試合の中でも最高の試合だと思いますね」


「ティムロード以外にもアイドルはいるです?」


「ここでの盛り上がりを見て、二番煎じ、三番煎じで造られたアイドルリーグがあるんじゃ。王都アイドルリーグとか、西方アイドルリーグとかじゃな。まぁ、ティムロード領のアイドルリーグに比べたら、二段も三段も落ちるがのう」


「何で駄目なんです?」


「一番の原因は、北の剣神が創ったとされる闘技場ライブかいじょうを完全に再現することが出来ずに、アイドルたちが傷付いてしまうということですね。そのせいで、折角ランクが上がったアイドルも一戦で戦えない体になってしまうことが良くあるんです」


「そのせいで若手のアイドルは怪我を恐れて動きが固いしのう。それにアイドルの絶対数が少ないとリーグ自体が詰まらなくなるんじゃよ」


「? 良く分からないです?」


 大勢の人間であればあるほど多様性というものは生まれる。


 それは、戦闘スタイルに関しても同じだ。その多様性に対抗しようとすれば、自分自身の戦闘スタイルの引き出しも多く、深くするのが一般的である。


 その多様性が少なくなればどうか。


 アイドルたちはあまり工夫することもなくなり、本人の引き出しも狭く、浅いものになるだろう。


 そういうところからアイドルの数が減るのは質の低下に繋がるのである。


「まぁ、お嬢ちゃんには難しかったかもしれんのう。すまんすまん」


「大丈夫です! それよりも試合の話するです!」


「そうじゃな! いやぁ、しかし痺れる試合じゃったからなぁ、何から語ったものかのう……」


「当初の予想では【常勝】のムンさんが圧倒的な勝利を見せるのではないかという話でしたからね。いきなり【竜化】を使わされた時には、驚きましたよ」


「お主、結構、ムン殿に大枚を賭けておったのではないか?」


「ははは、お恥ずかしながら」


「ノアは、竜の人がいきなり爆発したから、可哀想になって竜の人がんばれーってやってたです! でも、そうしたら、棒の人がピンチになって、棒の人も負けないでーってなったです! そしたら、今度は竜の人が……もうどっちも負けないでーって感じだったです!」


「儂も同じじゃ! 最後の根比べなんぞ、時が止まったのかと思うぐらい永遠に感じられたぞ!」


「私は【千剣】殿があそこまで戦えることに驚きましたよ。最近の成績もパッとしなかったのに、あそこまで【常勝】殿に粘れるものなのかと……」


 それは恐らく引退試合に向けてしっかり調整をしてきたからだろうな。期間をおけば、S級アイドルに届き得る実力はあるのだろう。


 ただ、A級以下のアイドルはリーグ戦として、短い準備期間の試合を繰り返している。アイリス女史の戦績が低迷してきた原因は、歳を取ったことで体からダメージが抜けなくなってきたからだろう。


 この世界の人間は体のケアや整理体操を行うといった意識がない。疲労したら魔法。怪我をしたら魔法。何でもかんでも魔法でこなしてしまうイメージだ。そのおかげで医学は衰退し、きちんとした知識を持つものが少ない。


 そして、魔法はイメージを重視する。


 人体に対する大した知識もないのに激しい特訓を行って、曖昧なイメージの魔法で回復を行う為、体からダメージが完全に抜けないのだ。アイリス女史は現状を払拭しようとして、厳しい訓練を行い、そして自分の体にダメージを蓄積したまま戦っていたのではないかというのが俺の予想だ。


 だから、戦わない準備期間を長くおいた引退試合の方が良い動きをしていたのだろう。


「正直、アイドルの試合見るまでは、アイドルの何が凄いですと馬鹿にしてたです。でも、試合を見て一変したです! あれは確かに凄いです!」


「おや、その様子ではアイドル資格試験を受けにきたアイドル候補生の方ではございませんでしたか?」


「アイドル候補生、です?」


「ティムロード領ではのう、半年に一度アイドル資格試験というものを開いておるんじゃ。そこで試験に合格したものが、晴れてアイドルになれるんじゃよ。そして、今日はその資格試験の丁度一ヶ月前じゃ。意識の高いものなら、そろそろ先乗りしてくる時期じゃろうて」


 そういえば、シャノンは先乗りしていたな。それだけ気合いが入っているということか。


「嬢ちゃんはアイドルに興味はないのかね?」


「興味は正直……あるです」


 興味があるからといって、全員が全員、アイドルになれるわけでもあるまいに。変に焚き付けられる前に止めるか。俺が会話を中断させようと動きだそうとした、その瞬間――。


「でも、別にアイドルである必要性はないです! アイドルも興味深いですけど、ノアはとにかく誰よりも有名になる必要があると思ったです! その方法のひとつとして、アイドルは凄く魅力的に映ったです!」


 有名になる? 何故?


 ノアちゃんはそんなに目立ちたがりやの性格だっただろうか? いや、そんなことはないはず。金にがめつく、根性はすわっているが、目立つのが特に好きというわけでもないだろう。


 では、何故?


 俺は首を捻る。


「目立つ、ですか?」


「皆が集まる為の旗持ちになりたいです!」


「「???」」


 親子二人には通じなかったようだが、俺には理解できてしまった。なるほどな。


 まぁ、彼女があえて、その事を口に出さないというのであれば、俺が言及するのも余計なお世話という奴だろう。


 とにかく、彼女は目立ちたい。


 そして、アイドルはその手段として魅力的と感じたわけだ。まぁ、老若男女が問わず熱狂する姿を見た後だし、実際に有名なアイドルの名前は人の口に上ることも多いのだから、目立つのは当然だろう。それはノアちゃんの目的を達成することに繋がる。


 いや、それだけじゃないな。


 ノアちゃんがトップアイドルになることで、俺の治める北の辺境にも人を呼べるようにならないかな?


 ノアちゃんを生まれ育てた大地みたいなフレーズで、強くなりたいものが集まる地として、開発出来ないものか。


 あそこは魔族との最前線とのことで、相手を刺激しない為にも、町を作ってはいないが、別に望んで作っていないわけではないのだ。


 上手く強固な町造りが出来れば、北の森もそこそこ栄えたりする可能性はあるんだよな。そうすれば、俺も税でウハウハ生活が出来たり?


 いや、待て。そこは北の剣神のネームバリューを使って人を呼べば良いんじゃないか? だが、人が集まらなかったら、数年は凹む自信があるぞ。


 これは、危険な賭けだな。


 うむ、ノアちゃんに頑張ってもらおう。


「でも、ノアは弱いですから、結局アイドルで有名になるなんて難しいです」


「そうかのう? 嬢ちゃんはダークエルフじゃろ? ダークエルフは魔力が高いと言われておるし、人間よりも目も耳も良いと聞いておる。鍛えたのであれば、良い線行くと思うんじゃが」


「私も会頭と同意見です。その将来性を見込んでお声掛けしたので、今はそうでなくてもきっと将来は大成しますよ」


「寿命も長く、息の長いアイドルになるのも魅力じゃしな!」


「そ、そうです? ノア超強いアイドルになっちゃうですか? でへへ~」


 なるほど。この二人は青田買いのつもりでノアちゃんに声を掛けていたのか。ノアちゃん自身はアイドルになるためにこの町に来たわけではないのだがな。


 それにしても、ノアちゃんはダークエルフなのだから容姿も誉めてやれよとは思う。


 やっぱり死んだ魚のような目付きをしているのが原因か?


「高名な武術の師にでも師事出来れば、確実にトップアイドルになれると思うのですが。例えば、今回引退した【千剣】殿が新しく作るというアイドル事務所の門戸を叩いてみるのはどうでしょう?」


「いやいや、それなら【常勝】殿を抱える名門『桜花プロ』に入った方が良かろうて! あそこなら、アイドル輩出の実績も抜群じゃ!」


「それなら、飛びきりの指導者をノア知ってるです! 超強い人です! 変な顔ですけど!」


「誰が変な顔だ」


「ゲェ! いつからそこにいたです!」


 割りと長い間佇んでいたぞ。


 気配は消していたけどな。


「い、いつの間に……。あ、いや、失礼。このお嬢ちゃんの保護者様かのう? 儂は……」


「久し振りだな。グエンタール老。まさか、俺の顔を見忘れたわけでもあるまい?」


「む? いや、まさか、貴方様は……」


「会頭? こちらの方は何方様なのですか?」


「まさか、三十年以上経った今でも、同じ認識阻害の魔法を使っているとは思いませんでしたのう。マグマレイド辺境伯殿」


「き、北の剣神様!?」


 グエンタール親子が驚く中で、ノアちゃんが疑惑の視線をこちらに向ける。


「認識阻害です?」


「そういう魔法だ」


 何故、絵物語の中で語られているようなイケメンでないのかと問いかけられない魔法の言葉だ。むしろ、魔法だ。そういうことにしておいてくれ。


 ちなみにグエンタール老が会頭を務めるグエンタール商会はティムロード侯爵領でも一、二を争う程大きな商会だ。そこで取り扱う商品は幅広く、かの商会で取り扱っていないものは無いとまで言われている。


 当然、有名人の絵姿も扱っており、俺の絵姿もこのグエンタール商会が売り出している。契約を結んだのは何代前の会頭だったかな?


 取り敢えず、代替わりする度に顔合わせはしているので、今代の会頭が俺の顔を知らないということはない。


「しかし、お嬢ちゃんの知り合いの指導者が、北の剣神殿とはのう。北の剣神殿は弟子を取らぬことで有名じゃと思ったが」


「そうなのです!?」


「そうなのか?」


「何でおにーさんまで驚いているんです!」


「いや、弟子を取らないと言った覚えが無かったのでな……」


「そうなのですか? ですが、高名な剣士が剣神様に教えを請いに行ったものの、すげなく断られたという話を聞きましたが」


 グエンタールジュニアがそんなことを言う。


「確かに、俺は教えを請いに来た連中の要求を断っていた。俺の側にも教える為の条件があったからな」


「条件です?」


 俺が相手に剣を教える条件は三つ。


 俺は指折り数えながら教えてやる。


「一、俺の指示に従うこと。


 二、俺以外に負けないこと。


 三、寿命が長いこと」


 この三つを満たすのならば、稽古を付けることにしている。


 腕自慢の剣士などは上二つをクリアすることが多いのだが、三つ目の条件で引っ掛かることが多い。特に、相手が人間種であれば、話を聞くまでもなく失格だ。故に、弟子を取らないという噂が流れたのだろう。


 ちなみに勇者たちは別口。そもそも王命だし。


「何で、その三つです?」


「内緒」


 とはいえ、一応理由はある。


 この世界は、俺が転生する前に神様が言っていたように、経験値方式のレベルアップ制度が採用されている。


 だが、ステータスウインドウなんてものは開かないし、鑑定のスキルも恐ろしい程に発動条件が面倒なので、ほとんどの人間はレベルアップ方式の世界であることに気が付いていない。


 そして、俺は努力の末に何をどうすれば効率的に経験値が稼げるのかを自分の肉体を実験台にして理解している。


 なので、修行内容にケチをつけられたくないので、一番の条件を付けた。


 三の寿命云々も、経験値制度を意識しているからだ。


 寿命が長ければ長いほど経験値の入手機会が多くなるわけで、俺の強さの一端に届くまでには人間の寿命では短すぎる為の規則である。


 特に、俺が編み出した技の数々は高いスキルレベルと身体能力を必要とする。それらを使いこなすには、基本的には長い修行期間を必要とするので寿命を求めているのだ。


 そして、二つ目の条件は少々毛色が違う。


 二つ目の条件は防衛上の問題である。表面上は平和に見える王国ではあるが、実はその内側には魔族のスパイを多く抱えていたりする。


 そういう連中に剣神の弟子が負けたという情報が伝わると、伝言ゲームで『剣神が弱くなった』と勘違いされて、攻め込まれる可能性があるのだ。


 別に攻めてもらって殲滅しても良いのだが、少なからず人類圏に被害が出るのは避けられない。俺の体はひとつだしな。


 折角、文明が育ってきて、俺も満足しているのに、また破壊されるのは勘弁なので、そういう条件を付けているのだ。


「そ、その条件を満たしたら、弟子にしてくれるです?」


 ふむ、と俺は考える。


 ノアちゃんは条件に当てはまるかな?


 一、二に関しては不安だが、その辺は本人の気構えによる部分も大きい。そして、三の条件は確実に満たしている。なので、お試しという形であれば、弟子として受け入れても良いのではなかろうか。


 だが、剣神の弟子になるというのは、それなりに覚悟が必要だ。半端な気持ちで弟子になったら、恐らく困るのはノアちゃんだろう。ここはあえて厳しい言葉で突き放す。


「剣神の弟子というのは、ある種、命懸けだ。俺のネームバリューが凄すぎて、弟子でも何でも倒して名を上げようという馬鹿が山ほどいるからな。そういう奴らに命を狙われて、死んでも構わないという覚悟はあるか?」


「し、死ぬ覚悟です……?」


 こくりとノアちゃんの小さな喉が鳴る。


 流石に脅し過ぎたか?


 だが、俺の言っている事は完全に的外れというわけでもない。


 剣神のネームバリューにはそれだけの価値があるのだ。それすら知らずに、覚悟のないまま、俺の修行を受けるというのは、俺自身も許せないし、彼女にとっても不幸だろう。


 やるならやるで覚悟を決めて、受けて貰いたいものだ。


 その思いが通じたのかどうか。


 ノアちゃんは「少し考えさせて欲しいです」と言って、その場を辞すのであった。

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