11 選択肢

「まあいつかこういう時が来る気はしてたけどさ」

 百舌は日暮ひぐらしというらしいスーツ姿の男を見て、プラットホームに横たわる仲間たちを見る。

「全滅て。やっぱそんな強い? 魔王」

「魔王ですからね。俺たちが遭遇した相手は全員魑解ちかいに至ってました。そりゃ勝ち目ないでしょう」

「ないわな。ウチで魑解まで行ってるのは菊花と私だけだし。魑力が使える人数ももう少ないし」

 ふと、事務室で読んだファイルの内容が頭をよぎる。

 ――魑力の発現から意識の接続後数週間で人間としての意識は喪失し、事実上の死へと至る。

 あのファイルが〈きさらぎ駅〉で書かれたものだとしたら、ここにいる連中は現世を取り戻すためなら平気で死ぬことをよしとしているバカどもなのか。

「で、なんか言ってた? 魔王どもは」

「はあ、それが……」

 日暮は言いにくそうに下を向いて、一瞬私の顔を盗み見た。

「『〈きさらぎ駅〉にいる美桜を出せ』――と」

 百舌はあんぐり口を開けて、私を見据えた。

「呆れた。それでこんな執拗に痛めつけたわけか。私らが美桜を捕らえてるとでも思ったのかね」

「え、え? ちょっと待ってください。私を出せって、それ――」

 期待してしまっている自分がいた。浅ましく愚かで短絡的な思考だとわかっている。だけど、それでも。

「まあ間違いないだろうな。あんたの友達が、あんたを奪おうとしている――それがこの惨状の原因だ」

 優希と、羽海が。

 私を、また、助けてくれるのか。

「勘違いはしないほうがいい。〈椿の海〉の世界観が適用されている時点でそいつらはとっくに魔王で、私らとは尺度がまるで違う。助けてくれるなんて甘い考えは筋違いになるし、話し合いができるかどうかすら怪しい」

 それはあんたらもだろう――口にこそ出さないが、私の中では〈きさらぎ駅〉への不信感が急速に積み上がっていた。だったらまだ、私のことを友達だと思ってくれている優希と羽海のほうが信頼できる。

「美桜は渡さない」

 菊花が、きっぱりと言い放つ。

 苦い顔をする百舌と日暮。

「戦争になるぞ」

「私ひとりで行く。〈きさらぎ駅〉とは関係なしに。それなら問題ないはず」

「最低でも向こうはふたり。いくらお前が強くても、魔王相手に勝てる見込みはないぞ」

「なら、百舌が出る気はあるの」

 言葉に詰まる百舌。今の話から察するに、百舌は菊花と並ぶ力を持っていることになる。だが〈きさらぎ駅〉のリーダーである百舌は、〈椿の海〉との全面戦争だけは起こしたくない。百舌自身が出れば、それは開戦の合図となる。

「美桜を差し出す気なら、私は〈きさらぎ駅〉を出ていく。それから美桜を守る」

 こいつは――なにを言っているんだ。

 百舌たちが私を〈椿の海〉――優希と羽海に言われた通りに差し出したとして、なにが問題なのか。これ以上の犠牲を出さないためにも最良の選択のはずだ。私だって、すぐにでも優希と羽海に会いたい。それは、まだいいとして――。

〈きさらぎ駅〉は菊花にとっても安全が保証された場所のはず。だが菊花は私の身柄を引き渡すつもりなら、この安住の地を捨てるとまで言っている。わけがわからない。二重に最悪の選択だ。

 なんで、こいつはそんなことができる。

 いや、それよりも――。

「私の意見は!」

 声を上げた私を、菊花が強い口調で制する。

「美桜はまだわかってない」

 思わずカッとなる。知ったような口を利くだけの知識と経験が菊花にあることはわかっている。だからこそ腹が立つ。

「そりゃわかってねえよ。お前私になにも話さないだろ。最初からそうだ。自分のことも、この世界のことも、魑力が使えるようになったら死ぬことも!」

 菊花が大きく目を見開いて固まる。百舌は苦い顔をして駅舎のほうに視線を向ける。

「美桜が死ぬかもしれないことは話した。そのための方策をいま考えてる」

「お前は話したつもりかもしれないけど、伝わってねえよ」

 菊花は押し黙る。またなにも言わないつもりか。だったら。

「もういい。私は現世に行って、優希と羽海に会う。それでいいだろ。お世話になりました」

 百舌は難しい顔でうつむいたまま動かない。日暮があわあわと目を泳がせているが、この場の誰も私にかける言葉は持たないままだ。

「私も行く」

 やっと声を発した菊花は、私の苛立ちを加速させることしか言わない。

「勝手にしろ」

 ホームに電車が到着する。私と菊花は別々のドアから同じ車両に乗った。

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