第11話 前編「女児向けアニメを観るのに妹を誘わないでください」
「おい、あれ見ろ
「はい、超可愛いですね! テンション上がってきました!」
俺は以前約束していた通り、火花と一日デートをするために、ここ――大人も子供も大好きな遊園地、ウォルターランドへとやって来ていた。
いやー、めっちゃワクワクすんな、ウォルターランド……最近、元カノに振り回されまくってる俺の心を、ガンガン癒してくれそうだぜ……!
そんな訳で、義理の妹と二人、チケットを見せて園内に入ったら――この遊園地のマスコットキャラであるネズミーくんとネズ子ちゃんがさっそく出迎えてくれたので、テンションの上がった俺は火花に言った。
「写真撮ってやるから、ネズミー達のところ行こうぜ!」
「いえ、それはいいです」
「え……何でだよ? 火花もいま、あの可愛らしいネズミー達を見て、テンション上がってたんじゃないのかよ?」
「すみません兄さん。実は私、マスコットキャラを見てはしゃいでる兄さんを見て、テンション上がってただけです。ネズミーとか超どうでもいいです」
「えええ……遊園地に来て、マスコットキャラを超どうでもいいって……」
「女子高生として一応、マスコットキャラを見てはしゃいどいた方がいいかな、と」
「義務感ではしゃいでんじゃねえよ……俺ちょっと喜んじゃっただろ」
「そしたら兄さん、マスコットキャラと記念撮影しようとか言い出したので……そんな無駄なことに時間使ってないで、がんがんアトラクションに乗っていきましょう」
「おい、無駄なこととか言うな。中に入ってる人が可哀想だろうが」
そんな会話を交わしつつ、俺達は火花の言葉通り、アトラクションのある方へと歩みを進める。――道中で手に入れたパンフレットを広げながら、俺は火花に尋ねた。
「まず、どれに乗る?」
「とにかく速いやつ!」
「……ああ。そういやお前、小っちゃい頃から絶叫系が好きだったもんな……」
「スピードこそ正義ですよ、兄さん。『ベア太郎のハチミツキャッチ』とか、そういうぬるいアトラクションは時間が余ったらでいいです」
「ぬるいアトラクション言うな。家族みんなで乗ったらあんなにメルヘンで楽しいものはないアトラクションをぬるいとか言うな。あれにはあれの良さがあんだよ」
「まあ、女子供は喜びそうですよね」
「何で自分は『女子供』に該当しないと思ってんだこいつ」
俺がそうツッコむと、「ふふっ」と楽しそうに笑う火花。わかりやすく上機嫌だった。
……たぶん、以前彼女が言った通り、本心では――まだ兎崎関連で、俺に言いたいこともいっぱいあるのだと思う。
それでも、そんな素振りを見せないで楽しそうにしている火花を見ていたら、少しだけ安心というか……まだ俺達も、こういう普通の兄妹みたいにいられるんだなと思って、ちょっとだけ嬉しくなるのだった。
それから俺達は、火花の要望通り、とにかく速いらしい『ブリザードマウンテン』というジェットコースターがある場所に移動し、その列に並ぶ。
「そういえば、この間テレビで見たんですけど――スウェーデンでは、異父、異母の兄妹は結婚できるそうですよ。びっくりですよね」
「……どういう話題の選び方してんのお前」
そんな会話をして待ち時間を潰していたら、俺達の番になった。
係員さんに案内された俺達は、二人隣り合ってジェットコースターの席に座り、安全バーを下ろす。すると、ふいに不安そうな顔になった火花が、俺を見つめながらこう言ってきた。
「兄さん。私、怖くなってきちゃいました……手、繋いでてもいいですか……?」
「これに乗りたいって言ってたの、どこのどいつだよ……つか、絶叫系大好きなお前がこれを怖がる訳ないだろ。嘘つくな」
「ジェットコースターをダシに、兄さんと手を繋いでもいいですか……?」
「今日の火花は本音がだだ漏れだなおい……というか、この年の兄妹が手を繋ぐのってどうなんだ? さすがにおかしくねえ?」
「むしろ、兄妹だからこそ、このくらいの年になっても、手ぐらい普通に繋ぐと思いますけど。……もしかして兄さん、私のことを性的な目で見てるから、私と手を繋げないんですか? やらしい」
「…………」
「やっ――ちょ、いきなり手を握らないでください……ドキドキするじゃないですか」
「兄貴に手を握られてドキドキしてるそっちこそ、やらしいんじゃね?」
「出た、いじわる兄さん。……でも、こういう兄さんも好きなんですよね……」
「…………」
妹の発言にちょっとイラっとした俺が、彼女をドキドキさせるために妹の手を握ったら、倍ドキドキさせられました。……もう駄目だなこの兄妹。火花はもちろん、兄貴である俺の方も、正しい兄妹の距離感を見失ってるわ……。
もし俺達が本当の兄妹だったら、こうはならなかったんだろうか。
俺はそんなことを考えつつ、彼女と繋いだ手を見つめる――それから、火花の顔を見やると、彼女は「……えへへ……」と頬を赤らめてはにかんでいた。
「…………」
そんな、あまりにも可愛らしい妹の姿に、言いようのない感情を抱いていたら……ようやくカウントダウンが始まり、ジェットコースターが飛び出した。
「う、うわっ、うわああああああああああああああ!?」
「いええええええええええええええええええええい!」
巨大な雪山のジオラマの周りを上がったり下がったりしながら、ジェットコースターは猛スピードで駆け抜ける。……パンフレット曰く、この遊園地で一番速いアトラクションと言われているそれは確かに、日常生活では体験できない程のスピードで――絶叫系が苦手じゃない俺でも、かなりの恐怖を感じてしまうのだった。
そんなこんなで、数分後。
「……ま、まあ? 子供騙しじゃないのは確かで? 大人でも楽しめるくらいの? 割といいアトラクションだったんじゃねえの?」
「兄さん、足が震えてますよ」
「おっと、武者震い失礼。……そういうお前はどうだったんだよ? 楽しめたのか?」
「まあまあですね。悪くないです。頑張ってましたよ」
「そんなこと言いながらもう一回『ブリザードマウンテン』の行列に並ぼうとすんな。俺の足がこれ以上震えてもいいってのか」
「はい。兄さんの足の一本や二本を犠牲にしても、もう一回乗りたいです!」
「憎い……俺の足よりも優先されるこのアトラクションが心底憎いぜ……」
「何なら今日はもう一日中、この『ブリザードマウンテン』一本でいきましょう。これに乗り、並び、乗り、並びを繰り返しましょうよ。いいですよね?」
「いい訳ないだろ。チーズケーキの件もそうだけど、お前はほんと、一個のものを気に入ったら、ずっとそれでいいタイプの人間だよな」
「はい、その通りです兄さん。私は誰よりも一途なんです。兄さんの元カノと違って」
「…………」
「コメントしづらい顔をしてる兄さんも可愛いです」
「やめろ。兄貴の頬を指でつんつんつつくな。マジでやめろや」
俺がそうツッコむと、俺の頬を指でつつくのをやめないまま、火花はまた「ふふっ」と笑った。……こいつ、今日はよく笑うなー。火花がこんだけ楽しそうにしてくれたら、俺も嬉しくなってしまうぜ。
ももももちろん、彼女の兄としてな? 男として嬉しいとかじゃなくな?
それからも俺達は、火花のあれ行きたい、これ乗りたい、という声に任せるまま、絶叫系アトラクションを乗り回した。ジェットコースター、ヴァイキング、フリーフォール……正直、俺は絶叫系があまり得意ではないので、火花に連れ回されながら「……ずっとドキドキがすごい……」と零すこともあったのだけど、でも――。
「いええええええええええい! たのしいいいいいいいい!」
隣の彼女がどんな絶叫系に乗っても楽しそうに絶叫するので、絶叫系以外のアトラクションに乗りたい、という気持ちはあまり湧かないのだった。
ただ、そうして絶叫系を乗り回していたら、ついには乗っていない絶叫系が一つもなくなってしまったため、俺はパンフレットを広げながら火花に尋ねる。
「次、どうする? もう行ってないジェットコースターはなくなったけど」
「そうですね……兄さんは行きたいアトラクションとかないんですか?」
「俺? ……俺はまあ、別にいいけどな?」
「ちょっと。何を遠慮してるんですか兄さん。私達は同じベッドで一夜を過ごした、仲良し兄妹じゃないですか。遠慮なんかしないでください」
「お前それ、絶対に外では言うなよ? 言葉としては間違ってないけど、そんな言い回しをしたら最後、俺がポリスメンの世話になるからな?」
「よし、決めました。これまで私の希望に付き合ってもらったぶん、次は絶対、兄さんが行きたいアトラクションに行きます。どこに行きたいですか?」
「……じゃあ、『ベア太郎のハチミツキャッチ』……」
「…………」
何か心底げんなりしたような目で火花に見られた。おい、それが大好きなお兄ちゃんに向ける視線かよ。
俺が内心でそう抗議していると、火花は依然呆れ顔のまま、言葉を続ける。
「えっと……もしかして兄さん、可愛い子ぶってるんですか? 男なのにこういう可愛い系アトラクション選んじゃう俺かわいくない? というアピールですか? もしそういう意図があったのなら、残念でした。――ただただ普通に、兄さんに対する好感度が下がりました。そういう小賢しい、女性受けを狙った言動、私は嫌いです。まあ、元カノさんはそういう兄さんのあざといところ、好きそうですけどね」
「おいやめろ、一息に俺のチョイスをディスってくんな。……ち、ちげえんだよ。俺は別に、何か他意があって『ベア太郎のハチミツキャッチ』に行きたい訳じゃなくてな? この間観たベア太郎のアニメ映画、『ベア太郎と十万坪の森』がもう、めちゃくちゃ面白くてさ……不覚にも泣いたんだよ」
「ウォルターのアニメ作品を観て泣いたんですね……」
「ああ、泣いた。ぼろっぼろ泣いた! 俺の体のどこにこんな水分があったんだよ? ってくらい泣いたな、あれは……」
「兄さんもう大学二年生ですよね? その年でアニメ観て泣かないでくださいよ」
「ばっかお前。この年だからこそ泣くんだろうが! ……刺さるぜえ? 大学生になってから観る児童向けアニメはよお……プリ〇ュアも全力で応援しちゃうぜ?」
「……そういえば、いつもはぐーたら遅くまで寝てるくせに、日曜朝だけ異常に早起きして女児向けアニメ観るのやめてください。あれ、色んな意味で怖いです」
「火花も一緒に見ねえ? プリ〇ュア」
「女児向けアニメを観るのに妹を誘わないでください」
火花はゴミを見るような目で俺を見ながら、冷たくそう言い放った。そ、そっか……あわよくば、プリ〇ュアがいかに大人も楽しめるように作られてるか、火花と熱く語り合いたかったんだけど、駄目か……。
俺はそんな風に少し落ち込みつつ、脱線していた話をもとの場所に戻した。
「と、ともかく。それがあって俺はいま、普通に『ベア太郎』のことをキャラクターとして好きになっててさ……だから、せっかくウォルターランドに来たんなら、あれにも乗っときたいなあ、と……」
「……まあ、兄さんの行きたいアトラクションに行くって言いましたしね。それじゃあ、行きましょうか?」
「マジか。さっきお前が言ってた通り、あれって結構ぬるめのアトラクションだと思うけど、いいのか?」
「はい。退屈な時間には、歯を食いしばって耐えるので大丈夫です」
「もしかしてお前、ベア太郎に親でも殺されてる?」
とりあえず火花の許可は下りたので、俺達は一路、『ベア太郎のハチミツキャッチ』がある場所へと移動する。そうしてアトラクションの列に並んだけど、その間も火花は――「もう一回、『ブリザードマウンテン』乗りたいなー」と文句たらたらだった。納得してない感を出すなよ。俺の肩身が狭くなるだろ。
そんなこんなで列が進み、順番が回ってくると、俺達はハチミツの巣のような形をした乗り物に乗り込み、隣同士で座る。すると、不満げな顔の火花が言ってきた。
「手、繋いでください」
「……いやだって、これはジェットコースターの時と違って、怖くないじゃん。手を繋ぐ理由がねえだろ」
「兄さんと手でも繋いでないと、このつまんなそうなアトラクションに乗ってる時間が無駄になるじゃないですか。私、歯を食いしばって無為な時間に耐えてるだけなんて嫌です。せめて、兄さんと手ぐらい繋ぎたい」
「…………」
「兄さんが手を繋いでくれなかったら私、このアトラクションが稼働している間ずっと、『つまんなーい! このアトラクション、子供騙しでつまんなーい!』って叫びまくりますよ? 周囲のご家族に不快な思いをさせますよ?」
「悪魔かお前は。この夢の国に降り立った悪魔か」
「という訳で。兄さんはもう、何をすればいいかおわかりですね?」
そこまで言われてしまっては仕方がない。――俺は再度、火花の右手を、自身の左手で握りしめた。すると再び「えへへ……」と笑みを零す火花。そんな彼女のことを、どうしようもなく可愛らしいと思えてしまっているのがまた、兄貴として失格だった。
そうこうしているうちに、アトラクションが始まった。
俺達が乗ってるハチの巣型の乗り物が、くるくると回転し始める。――ユニークな演出、陽気な音楽、個性的な動きをする人形たち。俺もベア太郎が好きなだけで、アトラクション自体にはあまり期待してなかったんだけど……その予想はいい意味で裏切られた。
『ベア太郎のハチミツキャッチ』は、そこにいるお客さんにストーリーを追体験させるというやり方が秀逸な、大人でも楽しめる、人形劇系アトラクションだった。
それから、数分後――。
「……まあ? 私が入る前に思ってたよりは? 楽しめなくもなかったですけど? 『ブリザードマウンテン』には遠く及ばないにしても、悪くなかったんじゃないですか?」
「そう強がってる割にはお前、顔がニッコニコだけど」
「…………」
「並ぶな並ぶな。火花が『ベア太郎のハチミツキャッチ』を気に入ったのはわかったから、もう一回行列に並ぼうとすんな」
「兄さん兄さん。帰りにお土産屋さんに寄って、ベア太郎のぬいぐるみを山ほど買って帰りませんか? あとベア太郎映画のBDと、海外で放映されてたTVシリーズなんかもあったら、BOXごと買って帰りましょう。楽しみですね」
「がっつりファンになってんじゃねえかお前」
恐るべしベア太郎。恐るべしウォルターランド。
この夢の国は、一度入ったら最後――ジェットコースターにしか興味がない女子高生までベア太郎の虜にする、とても危険な施設だった。
もしくは、めちゃくちゃ楽しいアミューズメントパークだった。俺も大好き!
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