ショーメシ〜ごはんつぶ編

来福ふくら

梨における反撃の顛末について

 直木三十五は天才だ、と思うのは今でも変わらない。

 彼の書くゴシップは一際異彩を放っているし、文藝春秋を毎号毎号楽しみにしていたのも本当だ。しかし、しかしだ。


 ただひとつ。『文壇諸家価値調査票』には物申したいところが一箇所だけ、あるといえば、ある。

 この文壇諸家価値調査票、というものは文藝春秋を初期賑わせたゴシップ記事の中でも、一際反響が大きかったもののひとつだ。文壇の面々に腕力、才能、未来といったものから財産、性欲に至るまでを今で言うステータス振り分けしたものを表にしたという何ともはや、ふざけた代物であった。当然それに卓袱台をひっくり返すどころか投げつける勢いで怒り心頭で殴り込みをかけようかという者もいたし、実際猛反発をした者もいる。それをユーモアと取った者も勿論いたし、大体民衆はそういったものに食いつくもので、結果としては文藝春秋はそういった際どくも愉快な記事でも人気を博していったのは事実なのでそれは、まあ今となっては話の種となる程度ではあった。実際、彼のゴシップは天才の書くそれである、ということは芥川龍之介も認めるのだが。


 その天才の名を、直木三十三――後々年齢を重ねると同時に数が増えたが、三十五で止まったと聞いている――という。


 そう、直木の文才に関しては、文句はない。彼は天才だ、と言ったことも嘘ではない。しかし、やはりその、少々物申したい部分がないわけではないのだ。


 出会ってから暫くして。いつだったかボソリと「腕力ないなァ」と笑われたことがあって、君こそどうなんだいと返したことはあったように思う。そんなやり取りは彼との間では普通であったからそれ自体は別に良い。問題はそれをこの腕力という項目で目も当てられない点数をつけられたということだ。しかも、あんなところで書くことないじゃないか、とは思ったが当時の芥川はそれを呑み込んだ。悔しいことに、面白かったから。

 しかし面白いと、こんちくしょう、と思うのはまた別である。

 そりゃあ、そこまで力があるわけではないので、確かに何でもばかすか持てるわけでもないけど、周りだって同じくらい持てなかっただろうし、じゃあ採点した本人もそう力持ちというわけではあるまいに、という反撃くらいはしたかった。しかしながら自ら舞台を降りてしまったことにより、そんな機会は永遠に訪れない……筈であった。

 このお試し転生という、珍妙なシステムによって。

 まあ、グチグチ言うのもとてもとても男らしくないというか、情けなくなってくるので、芥川――現在は植村龍一を名乗っているが――は、再び文句を呑み込む。

 その代わりに、努力をすることにしたのだ。ぎゃふん、と言わせて腕力の点数撤回をさせてみせようと決意したのである。


「ねえ、茂吉さん。腕力ってどうやったら付くんだい?」

 こっそりと、そんなことを自分達の担当もとい後見人となった斎藤茂吉へと訪ねてみる。斎藤は突然思いもよらない問いかけを投げられたことに一瞬目が点になった。君が、ムキムキに? へえ……ともごもごとひとしきり呟いた後で、うーん唸りながら答えた。

「まあ、そうなると筋トレだね。どうやら筋肉は裏切らないらしいから」

「へー」

 自分達の生まれた頃よりずっと未来へ行くにあたって、その時代の知識を得る。時代の移り変わりに目を白黒させていた研修中にこっそり、その筋トレとやらに励み、ゆくゆくは転生後の直木――植村宗一に見せつけてくれよう、というシナリオである。

 転生する時には昔よりはずっと、腕力は上がった筈だ。よしよし、見ていろよと意気込む。生きる気力はなかなか腰をあげないが、あの悪友を目をひん剥く為の努力は惜しまなかったわけである。


 そして、お試し転生と相成った。


「ねーねーねーねーそれ持ってあげようかー? 重いと思うよー? ねえねえー宗、そうー? そういちさーん、聞いてるー?」

「うるッさいわ! ニヤニヤしながら見るんやない! 隣の爺さんが梨三箱も寄越してきたんや、手伝わんかい!」

「うへへ、はいはぁいっ」

 得意満面で、龍一は満杯に入っている梨の箱を持ち上げたのだった。今こそ、努力の成果を見せる時だ、とばかりに。そう、筋肉は裏切らないのである。筋肉は。


***


「で? 腰痛めたんです?」

「重いモンは、身体全体で持ち上げなあかんのに、この阿呆ときたら腕だけで何とかしようとしてなァ」

「……痛いよぉ……」

「慣れんことをドヤ顔でするから、やッ」

「いだああああああああ!」

「うわ、めちゃめちゃ勢いよく湿布貼りましたね……宗一さん容赦ない……」 

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