第35話

一方、天斗が率いることになったチームは………


「あの~………こんな俺が総長ですみません………皆さんお手柔らかにお願いします………」


「天斗!お前が総長って決まってそれに付いて行くっつてんだから、それらしくバシッと決めろよ!」


「そうだぞ!俺たちはお前が年下だろうが総長は総長なんだから、それをちゃんとわきまえてんだ!だから上から来い!」


「いや、そういう言い方自体直さねぇと総長として認めてるようには見えんて!」


天斗が萎縮しているので、メンバー達は好き好きに言っている。


そこで見るに見かねた時田という男が、


「お前らうっせぇよ!黙って総長の発言聞いとけや!」


皆一斉に黙って天斗に注目した。


この時田という男、どこの派閥にも属さず、中田の男気に惚れてチームに所属し、それから中田とは気の合う仲間であり戦友であった。


かなり上背があり、体格はがっしりしていて、力も人並み外れた怪力で、皆一目置く存在であった。若干老け顔なところがとても十代であるとは思えない印象を与えていた。

そして皆この男を


〝オッサン〟


と呼んでいた。


シーンと静まり返ったことによって、天斗は余計に恥ずかしくなり、ついニヤケながらも何とか口を開く。


「では………」


天斗は改まって、大きく深呼吸をしてから


「今日から総長として………えと………何だっけ?」


メンバー達はのっけからつまずく天斗を肩で笑いながら黙って待っていた。


「ま、あの………堅苦しいのは止めて和気あいあいと行きましょっか………」


それを聞いたメンバー全員、ズルッとコケたが、それはそれで面白いと笑って場が和んだ。


新規スタートしたこの締まりの無いチームに、もう既に大きな波乱が待ち受けようとは、まだこの時点では誰もが想像も出来なかった。




他県では、暴走族という荒くれものの集団の他に、暴走族狩りを行う荒くれの集団も存在していた。

その暴走族狩りの集団が、かねてよりニュースの絶えない、まだ中学生の天斗がチームを束ねるという噂を聞いて、あまりの滑稽さに狙いを定めていた。


この暴走族狩りの集団のナンバー2とされる極島修羅(きわじましゅら)という男、身長は実に190センチを超え、しかも筋骨隆々で大きな柔道家を思わせるようなガタイの持ち主で、すぐ目の前に立たれれば大木でも見上げてるのかと思うほどにデカイ。そして、この身体に見合った怪力の持ち主で、人を片手でブンブン振り回す光景は珍しいものでは無かった。


そして、この極島をも従えるトップにして最強最悪の男、鬼原羅刹(おにはららせつ)………身長こそ175センチほどでそれほど大きくは無いが、骨格はがっしりしていて、格闘家の鍛え抜かれた肉体を想像すると分かりやすい。

逆三角形で腕の太さは細身の女性の太ももに匹敵するほどだった。


そんな絶対的猛者の下、付き従う男逹もまたそれぞれが格闘経験があり恐れるものなしと言わんばかりに、夜な夜な繁華街を練り歩き暴走族やチンピラといった類いの者を潰して歩いていた。


天斗逹が新学期を迎え中学三年になって、この鬼原が束ねる族狩りがいよいよ動き出した。


鬼原の乗る黒塗り高級車が先頭に走り、それに連なって十数台のヤン車が天斗逹が住む街に乗り込んできた。


先ずはこの天斗のチームの情報収集というわけだ。


メンバー達がどこで集会するのか、どういった面子なのか、そうした情報を鬼原は仲間逹に探らせている。


そして、この人目を引くヤン車の列に、無謀にも近寄って唾を吐きかけた愚か者がいた。


〝ぺっ〟


「何だよ見慣れねぇこのボロ車は?」


「ケッ、どこぞの田舎のチンピラだろうよ!」


「ぶっ潰しちまおうか?」


「この街で二度と大きな顔出来ねぇようにスクラップにしちまおうぜ!」


あわれにも、そんな無知な小さな暴力団事務所の若い衆達が、このヤン車に何発も蹴りを入れボコボコに凹ませてしまった。


それに気付いた先頭車両の鬼原が助手席から降りてきて、その若い衆にゆっくりと近づいてきた。


「よう?お前ら何してくれてんの?」


鬼原はものごし柔らかく話しかけた。と、同時に相手に有無を言わさず顔面に拳やら腹に膝やら顎に飛び膝やら、まるでぬいぐるみにでも当たり散らすかのようにもみくちゃにしてしまった。


路上に倒れて気を失っている若い衆の腕を身体から伸ばして置いて、自分の車に乗り込み運転席に座っている男に声をかけた。


「やれ!」


黒塗りの高級車が爆音を立てて前輪をキュルキュルキュルッとスピンさせ、アスファルトから煙を上げて勢い良く発進した。そして縦列の横に移動させて、今度は勢いよくバック走行を始めた。


周りで見ていた通りすがりの人達が


「あっ!」


「キャアー!」


「うわっヤバッ!」


と悲鳴を上げた瞬間、今度は殴り倒された若い衆の一人が


「ぎぃやぁあああああ~!」


と、汚いダミ声でおぞましい叫び声を上げた。


その声を聞いた通行人逹も、その瞬間に起きた出来事がにわかには信じ難いといった表情で目を見開いて凝視している。


若い衆の腕を車で轢いた鬼原が、若い衆ののたうち回る姿に快楽ともとれるような表情で眺めている。


「次はどこを轢いて欲しい?あぁ?」


「いでぇ~!いでぇーよお~!!!」


この若い衆の悲鳴に、辺りは一気に野次馬が群がっていた。


「そろそろ誰かたれ込む奴が出て来るかもしんねーから行くぞ!」


そう言って鬼原逹の車の列が一斉にここから消え去った。



そしてその日の日付が変わってから、天斗に一本の電話が鳴った。


「もしもし!天斗か!」


それは、チームのメンバーの時田からだった。


時田はかなり動揺しているらしく、声がかなり上ずっているように感じた。


「時田さん、どうしたんすか!」


「天斗!林田兄弟が殺られた!」


「え!?どういうことですか!?いったい誰に!?」


「詳細はまだわからねぇ!けど、最近妙な噂があってな!族狩りって言われる集団が居て、他県ではここ最近かなりチームが壊滅させられてるらしいんだが、恐らくその類いの連中の仕業じゃ無いかって………奴等は鷲尾なんてレベルじゃねぇぞ!これも噂なんだが、恐らく何人も平気で人を殺してるっていう、ヤクザよりも質の悪い連中だ。奴等に目を付けられたとしたら、正直俺ら全員かなりヤバイことになりそうだ!しばらく身を潜めてやり過ごした方が無難だ!」


「わかりました。それをメンバー全員に一斉で伝えときましょう!それより、林田さん逹はどこなんです!?」


「それが………目撃情報では、あいつらボコられた上に拉致されたらしい………狙いは俺達をおびき寄せる為だろうが、返って関わると被害が大きくなる!天斗も絶対に出ていくなよ!」


「そんな事聞いて黙って見殺しにしろって言うんですか!もし中田さんだったら、自分一人でも助けに行くんじゃ無いですか?」


「本当に死んじまったら元も子も無いだろ!」


「わかりました。時田さん、これは総長命令です!絶対に誰もその連中には関わらせないで下さい!」


「お………お前もだぞ?」


「わかってますよ!心配しないで」


電話を切ったあと、天斗はすぐに透に意見を求めた。


「透さん………」


透は既にどこからか情報を入手していて、天斗が何を言わんとしているのか察していた。


「黒崎………わかってんだろうな?」


「はい………俺は………仲間を傷付けた奴を見殺しになんか出来ません………」


「バカ野郎!!!お前は今相手をしようとしている奴等のことを知らなすぎる!今回ばかりは心を殺して動くな!」


「透………さん………」


「俺は奴等のことをちょっと知っててな………過去に一度だけある男と小競り合いをしたことがある。だからこそお前にはこの件は関わらせたくない!」


「でも………過去に透さんは言いましたよね?勝てるからやる、勝てないから逃げるは弱い者いじめと同じだって………ましてや俺が総長になったばっかりでいきなり見殺しなんかにしたら、俺を担いでくれた仲間逹に面目が………」


「黙れ!いいから俺の言うとおりにしろ!」


透が初めて天斗に対して怒声を放った。


「透………さん………?」


「天斗、聞いてくれ………俺はお前のことが好きだ。だからもし、お前の身に何かあったら俺は悔いても悔いきれないんだよ………頼む………今回だけは絶対に関わるな………」


天斗は、透の口から意外な言葉が出て動揺している。



あの透さんが………初めて逃げろと………これは………やっぱりよほどの事態なんだ………



天斗はどうしていいかわからずにいた。

仲間を人質に取られ、更に被害は拡大しかねないというのに、透からもここまで止められて………そしてふと思った。



それで………透さんはどうするつもりなんだろう………まさか………俺を止めといて自分だけが………



天斗は無鉄砲な透が、この先どんな行動に出るのか急に不安になった。



透さんならやりかねない!自分一人だけが犠牲になって無謀にも………



そう感じた天斗は、急いで身支度をしてバイクで透の家に向かった。

そして案の定、家には透のバイクはどこにも見当たらない。

もしかしたら全然別の用事で居ないだけかも知れないとは思ったが、それでも天斗の胸騒ぎは収まらず情報収集の為にライヴハウスへと向かった。



まだまだ夜は長いと言わんばかりに、深夜遅くでもこのライヴハウスの中は大勢の若者逹でごった返して賑わっていた。


そんな人混みの中をかき分けながら天斗はカウンターのマスターのもとへ向かう。



「マスター!!!」


「天斗!!!何やってるんだよ!透から言われなかったか!?こんな時にお前が出歩いてちゃダメだろう!」


流石にここは情報がどこよりも早く集められると見て、もう既に天斗逹の危機は周知されているようだ。


「そんな事言ってる場合じゃ無いんすよ!透さんを止めなきゃ!きっと透さんは一人で族潰しの奴等とやり合う気なんだ!あの人ならやりかねないんすよ!」


「いくら透でも、さすがにそこまで無謀に立ち向かうとは思えないけどなぁ………」


「何を言ってるんですか!マスターはあの人のことを知らなすぎる!教えて下さい!族潰しの奴等は今どこに居るんですか?」


「それがわからないんだよ………誰かを拐ってどこかに消えたってことは聞いたんだけど………」


その時、天斗のスマホにLINEが入る。

慌てて天斗はLINEを開いた。

天斗のチームの一斉LINE………嫌な予感が頭をよぎる。


トークを開いてみると、動画が映し出された。


天斗はその動画を見た瞬間、背筋が凍りつくような思いがした。

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