第24話

翌日の朝、中田は天斗を蔵田の入院している病院に見舞いに行こうと誘った。まだ蔵田の意識が戻ったという報せは届いていなかったが、それでも容態を確認しに中田は毎日蔵田を見舞った。

中田は蔵田のベッドのすぐ横で椅子に腰を下ろし、ぐるぐるに包帯で巻かれた蔵田の顔を覗き込む。


「なぁ、蔵田…頼むから目を覚ましてくれよ…ほんとは寝た振りしてんじゃねぇのかよ…いきなりムクッと起き上がってドッキリでした~とか笑ってくれよ…何でお前一人がこんな酷い目にあわされなきゃならねぇんだよ…」


中田の目にうっすら涙が溜まっているのを見て、天斗も切なさを堪えるのに必死だった。


「蔵田…お前をこんな酷い目にあわせた奴等を必ずぶっ飛ばしてやるからな…もう少し待っててくれよ…」


天斗も蔵田に向かって


「そうすよ!必ず仇討ちしてやりますよ!」


中田は怒りの感情が抑えきれなくなり、蔵田の手をギュッと強く握りしめていた。その瞬間蔵田の眉がピクッと微かに動き、ゆっくりと少しずつ目を開いた。


「蔵田ぁ!起きたか!蔵田ぁ!」


中田はまだ朦朧(もうろう)としている蔵田に必死に話しかけた。蔵田はしばらく眠っていたので、視力がまだ戻っていないせいか視線がさ迷っている。そして蔵田がゆっくりと小さな声で中田に話し出した。


「中田…さん?」


「おぅ!俺だ!大丈夫か?」


「中田…さん…す…い…ません…勝手な…こと…して…臼井…達とは…関わっちゃ…いけないって…鉄の掟………もしか…したら…チームの…みんなにも…迷惑かける…ことに…なるかも…」


途切れ途切れにそう言うと、蔵田の目から涙があふれてこぼれ落ちた。


「心配すんな!臼井達とはもう一戦やった!透も参加してくれてよう!お前の仇はちゃんと取ったぞ!」


「いや…実は…臼井達だけじゃなく…ほんとに…申し訳無くて…」


「もう何も言うな!わかってる。鷲尾のことももう方が付いてる…お前をこんな目にあわせた奴等はみんな全滅だ!何も心配要らねぇよ!だからゆっくり養生しろ!」


「チームの皆は…皆は…無事…なんすか?」


「多少怪我したやつもいるけど心配要らねぇよ!」


「ほんとに…申し訳…ありません…」


「蔵田さん!蔵田さんは何も謝る事なんかないっすよ!蔵田さんは誰よりも優しいから…見て知らぬ振りなんか出来なかったんでしょ?」


「天…斗…あり…がとう…ほんとに…あいつらを…やったのか?」


「はい!臼井って奴も、鷲尾って奴も、皆ブッ倒して仇は取りましたよ!だから、蔵田さんは心配しないで!」


蔵田の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。


「そうか…良かっ…た…皆無事…だったんだ…な…よ…かった…」


「蔵田…お前…こんなになってまで…人のことなんか心配しやがって…」


中田はスッと立ち上がった。そして思い出したように


「あとよ、お前に鷲尾当たらせたのは山縣だったよ…アイツは仲間殺しの主犯だ!もうウチには置いとくわけにはいかねぇ…野放しにするとまたお前の二の舞を作るだけだ。山縣は処刑する!」


「中田…さん…ダメ…っすよ…チーム…は…割っちゃ…いけない…寛大な…心で…許すことも…教えて…やらなきゃ…いつか…でっかい組織に…どこにも…負けない組織に…派閥を…一つに…だから…お願い…します…」


中田は切にチームの心配をする蔵田に目頭が熱くなるのを感じた。そしてあまり長居すると蔵田に負担になると思い


「蔵田、もう喋るな!ゆっくり休め!また来るからよ…」


そう言って天斗の肩に手を置いて目配せをした。天斗もそれに応えて


「じゃ蔵田さん、また見舞いに来るんで休んで下さい!」


二人は蔵田の手にそっと触れて病室を出た。そして廊下を歩きながら


「天斗…あれが次期総長を務める蔵田って男だ!アイツが復帰したらお前がアイツを補佐しろ!」


「中田さん…」


「天斗…鷲尾の首取るぞ!」


中田の目には強い意志がみなぎっていた。



その日の夜…


またしてもNのメンバー達が問題を起こしていた。それは、ライヴハウスでの出来事…


薫の所属するレディースのメンバーの一人が、その友人と誕生日会でここに集まっていた。かなり楽しくはしゃいでいたその時、Nのメンバーが酒の勢いで彼女達に絡みだしたのだ。しつこく絡むNのメンバーに、レディースメンバーの瀬戸美夏(せとみか)がグラスに入ったドリンクを顔面めがけてぶっかけた。それに激怒したNのメンバーが美夏の髪の毛を引っ張り回して殴りかかった瞬間、そこに居合わせた一人の男がその腕を掴み止めた。


「ここでは乱闘騒ぎは絶対タブーだ!暴れたいなら外でやった方がいいな!」


このライヴハウスには、強力な暴力団関係者が後ろに付いている。なので、滅多に店内での乱闘騒ぎは起きることがない。Nメンバーも美夏を離し外へ出ていった。殺伐とした空気も戻り、皆一斉に騒がしさが戻る。このライヴハウスでは、こうした小競り合いなど日常茶飯事の出来事なのだ。

美夏達もせっかくの楽しい時間を台無しにされたので、別の店で仕切り直そうとライヴハウスを出た。そして適当な店を探すため歩いていると、さっき揉めたNメンバー達がその後ろから美夏を突き飛ばし殴り倒した。美夏はボコボコにされ、他の友人達はそのまま何処かへ拉致されてしまった。美夏はすぐにあずさに連絡を入れてレディースメンバー達、そして薫が駆けつけたのだが、友人達の安否は結局わからなかった。薫はすぐに天斗に助けを求める。


「もしもし!天斗?お願いがある!聞いてくれる?」


薫の切羽詰まった声に、まだ自分を頼ってくれることに天斗はつい胸が踊る。


「どうしたんだよ?」


「ウチのレディースメンバーの美夏ちゃんって人が…Nの奴等に襲撃されて…しかもその友達がみんな拉致されちゃったって…天斗助けて!」


「わかった!先ずはそいつらの居場所割り出すのが先だな!薫も出来るだけ情報収集してくれ!すぐに合流する!」


「わかった!ありがとう!」


天斗も薫との電話を切った後すぐに中田に連絡した。


「中田さん!俺もう奴等許せません!徹底的に奴等をブッ潰します!これ以上野放しにするわけにはいかない!」


「わかった!天斗、先ずは落ち着け!俺もお前と合流するから現地で待ち合わせよう!」


そうして薫、天斗、中田達はライヴハウスで合流した。レディースはレディースで目撃者を探し情報収集に努めていた。しかし、有力な手掛かりは掴めず、効率は悪いがNのメンバーが行きそうな場所を手当たり次第に当たるしか方法が無かった。


「なぁ天斗、臼井に強力を求めよう!アイツになら何か有力な情報を得られるかもしれん!」


「了解っす!無駄に探し回るよりは可能性が高いかも知れないっすね!」


二人は急ぎ臼井のアジトへと向かった。着いた先には臼井を含めた数人が集まっていた。


「なぁ、臼井!ちょっとお前に頼みがある」


中田が歩み寄ると、臼井のメンバーの一人が向かってきた。


「テメェ!どの面提げて臼井さんにそんな口聞いてんだ!あぁ!?」


中田は冷静にその男の肩をグイッと押しやって前に進んだ。


「臼井!さっきNのメンバーに女達が拉致された…そいつらが行きそうな場所を教えてくれないか!頼む!」


中田は臼井に軽く頭を下げる。


「中田…俺達とお前はダチでもなんでもねぇ!お前にそんなこと教えてやる義理なんか何もねぇ!」


「臼井!頼む!一般の何の関係もねえ女達が今まさに窮地に立たされている…放っておけばどうなるかぐらいお前にもわかってるはずだ!頼む!急がなきゃならねぇんだよ!」


「勘違いするな!つい先日俺達とやり合ったことを忘れたのかよ?俺達は敵対勢力だ!帰れ!」


「そうか…邪魔したな…」


そう言ってクルリと踵(きびす)を返して中田はこの場を去ろうとする。そして数歩歩きだしたとき、臼井がメンバーに話し出した。


「あん時は楽しかったなぁ~!山でキャンプした時だったか?たしかあの山はWってオートキャンプ場だったか?また行きてぇなぁ!」


それを聞いた中田が振り返らずに臼井に対して手を上げて応えた。天斗と中田は急いでバイクに跨がりオートキャンプ場に向かう。事前に薫に連絡をし、薫達レディースメンバーもオートキャンプ場を目指していた。

天斗と中田がオートキャンプへ向かう途中に山道に数台のバイクと1台のヤン車が停めてあるのを目撃し、天斗達もそこへバイクを停めた。

二人は頷き合ってバイクから降り、その数台のバイクの燃料タンク全てを鋭利な刃物で穴を開けた。ガソリンはタンクからプシューッ、トクトクと音を立てて漏れだした。更に車のタイヤにも穴を空けてパンクさせ、発進出来ないようにした。


「行くぞ!全員皆殺しだ!」


中田が天斗に向かって言った。


「あいつら生きて帰さない!」


よく耳を澄ますと男達の悪のりしてはしゃぐ声と、女達の泣き叫ぶ声とが入り交じって聞こえてくる。それは山道から少し奥の方へ入った場所からだ。


二人はその声の方へ猛ダッシュで疾走した。暗闇の中、月明かりを頼りに声のする方へ近付くと若干拓けた場所があった。二人は男達が女をもてあそんでいる背後から跳び蹴りで不意をついた!蹴られた男がゴロゴロと地面に転がり、何事が起きたのかと目を丸くしながら辺りを見渡す。


中田、天斗は動揺している男達に更に猛攻を加え男達は全員気を失っている。そこへ薫やあずさ達が遅れて駆けつけた。拉致された女の子達は泣きじゃくってブルブルと震えている。暴行された形跡があり、服ははだけて顔も赤く腫れ上がってあちこち身体中に擦り傷があった。あずさ達が女の子達を抱きしめ体を擦ってなだめている。そして30分程してようやく落ち着きを取り戻していった。


「天斗、コイツらはこんなもんで許しちゃならねぇ!」


中田がそう言うとまた遠くから数台のバイクの音が近付いてきた。


「天斗、そこら辺の木にコイツらロープで縛り上げろ!丸裸にしてな…」


そこへ天斗のチームのメンバー達がロープと粘着テープを手に現れた。


「中田さん、こんなんでいいすか?」


駆けつけたメンバーの一人が言った。

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