第22話

薫と剛は、ライヴハウスで蔵田の事件について更に探りを入れていた。そして、Nという新たなチームの本拠地を知る者から話を聞くことが出来た。


「へぇ!K会ってあの大きなチームで、今は臼井って人がリーダーなんでしょ?そこから何故Nは独立したの?」


話したがる相手に薫は上手く乗せながら情報を引っ張る。


「臼井って人は、どちらかというとまともっていうか、過激派の中でもまだ常識の範疇(はんちゅう)で…つってもけっこう激しいんだけど、一応手加減はわかってるっつーか…でもNのヘッドやってる鷲尾(わしお)って奴は、そんなぬるい臼井のやり方に満足出来ずにいたみたいだな。とにかく鷲尾はナメられるのが凄く嫌で、一度喧嘩が始まったら周りの奴等に見せしめるかのように殺すギリギリの所までやっちまうタイプなんだよ。だけど仲間に対しては本当に律儀で、自分の仲間が少しでも傷つけられたらその相手をとことん追い詰めて徹底的に報復するんだよ。だから皆K会には関わりたがらないのさ!だけど、今のK会はかなり変わったと思うよ。鷲尾と臼井はよく衝突してたから、臼井にとっても鷲尾の行きすぎたやり方に手を焼いていたし、臼井を慕っていた仲間は皆鷲尾が居なくなってせいせいしてるって話だ」


「Nの溜まり場とかまであんた知ってるの?」


「あ?お前…そんなこと聞いてどうすんだよ?お前らまだ中学生ってところだろ?それに、あんな所女が近づいたら五体満足に帰れやしねぇよ!あの辺は治安悪すぎて昼間でも若い女は特に近寄らねえ場所さ!」


「そうなんだ。私は行く気は無いけど、私の友達がNに入会したいってのが居てさ、もちろん男だよ!ちょっと情報仕入れといてよって言われたもんだから…」


「なるほど、とんだ物好きも居るもんだな!実はよ、俺の従兄弟がNに所属してんだよ。従兄弟の話じゃ鷲尾って人は世間一般に思われてるような人じゃ無いって言うんだよな。ナメられたくないから喧嘩もするけど、逆に言えば逆らう奴さえいなきゃ無用な喧嘩もする必要が無くなるって言うんだよな。よし!溜まり場教えてやるから友達に教えてやれよ!」


そうして薫はNの鷲尾という男のことと、Nの溜まり場を聞き出すことに成功した。しかし、これは好奇心旺盛な薫の悪い癖だった。調べたら先ず確認したがる。今まではそれでも運良く無事でいられたが、相手が相手だけに薫にとってあまりにも危険が大きすぎるのであった。


「ねぇ!剛行ってみない?」


薫が目を輝かせて剛を誘う。剛は今まさに治安が悪すぎて誰も近づかないという言葉を本当に聞いていたのかと疑ってしまう程にワクワクしているような薫の姿に、実はこのときドン引きしていた。


「か…薫…俺…多分…命いくつあっても足りない気がする…」


青ざめている剛を気遣う素振りも見せず薫は


「大丈夫大丈夫!見つからなきゃ良いんだから!ちょっと遠目に覗くだけ!もしかしたら裏切り者の山縣って人が、Nの溜まり場に現れるかもしれないじゃん!そしたら蔵田さんをあんな目に会わせたのが山縣だって確信する。いや、きっとあいつなんだって!」


剛は正直、心の中ではそんな族の抗争なんてどうでもいいんだよなぁ~、くらいにしか思っていない。しかし、暴走しかねない薫を放っておけばどうなってしまうか心配でもある。

剛が折れて


「わーったよ!行くよ」


と、剛が言い終わるか終わらないか、薫はグイッと剛の腕を引っ張ってライヴハウスの中の人混みをかき分けて外へ出た。店を出てすぐに薫のバイクに二人がまたがった。実はこのバイク、元レディースメンバーからカスタムされた250ccを薫が譲り受けたものだった。当然中学生の薫がバイクの免許など持っているはずもない。無免許で暴走、警察からも目を付けられているバイクでよくカーチェイスを繰り広げるが、薫もまたバイクのセンスには長けていて未だ警察に補導されることは無かった。この街では、バイク狩りが盛んに行われていた。バイク狩りとは、別のチームのメンバーが乗ってるバイクに目を付け、抗争の時に潰したり喧嘩で勝利したものに略奪されたりするものだった。また、略奪されたものを取り返す為に更なる抗争が続いたりと、喧嘩の種は尽きることはない。しかし、薫のバイクだと知って手を出す者は不思議と居なかった。


「剛!掴まっててよ!」


剛は言われなくても死ぬ気でしがみついてるに決まってるだろ!と心の中で呟いている。

薫のバイクは電光石火の如く商店街の人混みの中をすり抜けていく。そしてたどり着いた場所は住宅街を抜けて拓けた場所にある大きくて静かな公園だった。そこはいろいろな多目的の運動場として利用できる設備が広がっていた。薫達はこの公園のだいぶ手前でバイクのエンジンを切り静かに近づいていたのだが、公園内にはざっと30台はあろうかというほどのバイクが停まっていた。しかしここには人影が無く、薫達は更に奥へと進んでいく。フェンスがありサッカーなどが出来るほど広い場所に数十人のヤンチャそうな若者達が誰かを囲っているのが見えた。薫と剛は物陰に隠れ様子をうかがっている。


「ほら!きっとあれがNってチームの奴等だよ!それで…あの真ん中にいるのが山縣って人と鷲尾って人かなぁ…もうちょい近づかないと会話が聞こえないなぁ…」


「薫!それは無理だって!もし万が一見つかったらマジでヤバいことになるのはわかってるだろ!」


「そりゃわかってるけど、山縣って人の顔知らないし、あれが山縣だったら証拠押さえとかなきゃ!ここからじゃ写真撮ったって判別出来ないよ!」


「だったらとりあえず透さんにここの今の状況知らせてあとは任せりゃいいだろ!」


「わかった…」


剛は薫が本当に納得してくれたのか凄く不安だった。そして次の瞬間薫は猫のように俊敏に別の物陰に移動した。


やっぱりそうなるよな!お前は素直にわかってくれるほど可愛い女じゃねぇよな!


剛は諦めて薫の後を追う。その時剛は空き缶を蹴飛ばしてしまい、カランカランカランと大きな音をたててしまった。一斉にその音がした方へ若者集団が振り返る。じっと睨み付ける集団。固唾を飲んで身動き取れない剛…そこへ薫が素早く剛の方へ走り寄り剛の腕を引っ張って駆け出した。剛も慌ててダッシュで逃げるが、後ろから迫り来る集団の恐怖心から足がもつれてコケてしまった。


「剛!大丈夫?早く逃げなきゃ!」


薫も慌てて剛を起き上がらせるが、もうすぐ後ろまで集団が迫っていた。


「待てやコラァーっ!何だテメェら!」


ダッダッダッダッダッダッダッダッ!


あっという間に薫と剛が包囲されてしまった。


「何だお前ら!中学生?か?」


Nのメンバーがジリジリと二人に迫る。ただの中学生のカップルが夜のデートをしにここまで来たのかと思っているらしく、警戒ムードでは無かった。しかし、こんな人気の無い場所で若い女子を目の前に見逃すようなおとなしい連中であるはずが無かった。それは正にジャングルの大自然の中で、飢えた猛獣が捕食動物を目の前に放って見逃すはずが無いのと同じ意味を持っている。


「おう!これはラッキー!今夜は神様に感謝しねぇとな!こんな可愛いガキをここに送り込んでくれるとは!」


飢えた猛獣達はみな舌なめずりして二人ににじり寄る。薫は覚悟を決めて臨戦態勢に入っている。


「おう!なかなかこのお嬢ちゃん肝が座ってんじゃん!恐い顔して!」


そう言ってみんなニヤニヤと笑っている。


「クズ野郎共!私に指一本でも触れてみな!兄ちゃんがお前ら全員地獄の底まで追い詰めるよ!」


「あ?兄ちゃん?そりゃおっかねぇなぁ!」


そう言って集団がまたゲラゲラと大声で笑いだした。集団の一人が薫のすぐ目の前まで詰めよって薫の頬をグイッと掴む。しかし薫もその男をものすごい形相で睨み付けた。


「なんだよ!随分と気の強い女だなぁ!でも、そういう女をいたぶるのが俺の趣味なんだよ!抵抗して最初は強気な振りしながら、最後には止めて下さい!って懇願するまでいじめるのが快感なんだよなぁ!」


薫は動じず睨み続ける。横にいる剛は流石に微動だにすることが出来ない。そして集団が薫に向かって一斉に歩きだしたその時!突如一台のバイクがこの集団の中へと爆走した!ドリフトしながら集団を蹴散らし、爆走しながら集団をバイクで軽く跳ねて手傷を負わせる、正に神業とも言える光景だった。そして暴走を繰り返した人物が素早くバイクから降りて薫に向かって言った。


「薫!武田と一緒にこれで行け!」


薫は頷き固まっている剛を引っ張ってバイクの後ろに乗せあっという間に消えていった。それを見届けた後に、乱入した人物も一瞬山縣の顔をしっかりと確認してから薫のバイクまで走り逃走することに成功した。集団はこの一瞬の出来事に唖然としていたが、勘の良い者は薫の名前が出たことに事の重大さと今このときの出来事に納得していた。


「ヤバいことになっちまったな…恐らく今のは黒崎の野郎だろ…アイツ…俺を探りに来たな…俺が一人で鷲尾達と会っていることはすぐに中田の野郎に伝わっちまうだろ…そうなりゃ…いよいよ俺は…」


山縣が鷲尾にそう言いかけると


「山縣…テメェとんでもねぇ面倒持ち込んでくれたもんだな…お前がウチにおいしい話だと持ちかけておいて何だよこの様…お前が蔵田を潰せば次期総長になるから、その時はウチに兵隊貸すっつーから協力してやったのによ…さっきのあのガキ…薫って呼ばれてたよな!あの気の強さ…恐らく矢崎薫で間違いねぇぞ!もし矢崎透が俺んとこ来たらお前どう落とし前つけてくれるんだよ!お前はあの男のことを何も知らねぇみたいだが、俺が唯一関わりたくねえのがあの矢崎透なんだよ!やっぱお前疫病神だわ!山縣…お前ここで死ねや!」


それから天斗達は山縣の姿を見ることは無かった。

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