第16話 決心(杏璃視点)

 今日の翔ちゃんの姿にどきどきしてしまう。ショートヘアより少し長めの髪の毛をうまく後ろに流しふわっと仕上げて綺麗でかっこいい……。


 翔ちゃんはスカートも着けていないけど、ぱっと見男の人にも見えなかった。そして待ち合わせの場所にいた翔ちゃんにすぐに気が付いた。


 笑いかけられて名前を呼ばれて嬉しくてどきどきした。


「じゃ、行こう」


 いつものように翔ちゃんが手を差し出してきて、前ほどは緊張もしなくなっていたけど代わりに別のどきどきがあった。


 今日は、服を買いに行きたいと言われ、選んでほしいと言われた。翔ちゃんに似合いそうな服……頭の中で思い描いてわくわくした。あれこれと想像していると不意に私の手を握る翔ちゃんの手に力が籠り、どうしたのかと顔を見れば、少し焦ったような表情をしていた。


「杏璃ちゃんは、周りの人にカミングアウトはしてるの?」


 そう聞かれて一瞬、返答に困った。


「あ、いや、だって私とこうして手をつないで歩いているのを誰かに見られたら困るかなって今更思ったりして」


 だけどそうしどろもどろに、申し訳なさそうに話す翔ちゃんの手は私の手をぎゅっと握っていた。


 私のことをすごく考えて、心配してくれているんだって伝わってきた。本当に優しい人……。


「……翔ちゃんは本当に優しいね。」


 私の言葉にさらに焦る翔ちゃんの手をぎゅっと握り返して私は昔の話をすることにした。


 ずっと隠しておきたかったこと。だけど、私の性癖を知っても気持ち悪がらず、馬鹿にもしないで逆にそれでも好きだと思いをぶつけてくれた。


 中学の時の苦しい思いで……。クラスの子たちに囲まれてみんなから笑われた。


 『女が好きなのか?』『おい、〇〇!お前のことが好きらしいぜ、よかったな』『わ、私嫌よ。一緒にしないでよ気持ち悪いから』『きっつー秒で振られてやんの』『あはははは』『おーい、おとこおんな!』


『杏璃、学校での話を聞いたよ……お父さんも、お母さんも杏璃の幸せを一番に願っている。だから杏璃は杏璃のままでいていいから』


 ぎゅっと握っている手に力を籠めて私は下を向いてしまう。やっぱり思い出すと涙が出てきそうになる。


 翔ちゃんには言える……。私の為にここまでしてくれる翔ちゃんになら。でもこの間のことが頭の中によぎる咲良ちゃんも悠ちゃんも話を聞いてくれるって言っていた。けど


「周りには言えない……またあの時みたいになったらって」


「……わかった。じゃ、誰かに見られたら私が女装趣味があるってことで」


 明るく翔ちゃんがそう言って、私はびっくりして顔を上げた。


「翔……ちゃ」


 言葉が出なかった。


「大丈夫。私の友だちはこの事知ってるし、家族も知ってるから」


 そう言って翔ちゃんは笑うけど、それは、私に合わせているだけで、万が一翔ちゃんが笑いものになったら……。あの時の私のように――そんな恐怖と不安で体がこわばってしまう。そんなのはだめっ。


「で、でも」


「デモは鎮圧されました」


 反論しようとしたら、急に変なことを言われて頭の中に?が浮かんで言葉に詰まってしまった。


 え?なに?


「な、なんて一回言ってみたかったんだよね」


 きょとんしている私に焦ったのか、翔ちゃんは顔を赤くしながら言い訳をした。


「……ふ、何それ」


 その翔ちゃんの顔を見て思わず笑ってしまった。さっきまでの緊張が嘘のように消えて、肩の力が抜けてしまう。でも……顔を赤くして照れている翔ちゃんを見て、私は確信した。


 私は翔ちゃん……ううん。翔悟くんが好き。


 だから、彼の腕に腕を回してぎゅって抱き着いた。そのことに慌てる翔ちゃんに嬉しくなりつつも自分の気持ちを伝える。


「デモは鎮圧されてもね。それは駄目だよ私も翔ちゃんみたいに好きな人のこと好き

って言いたいから」


「……」


 まずは、友だちに話そう。私は同性が好きだって、でもそんな私のために女装してまで付き合ってくれる彼氏がいること……そんな彼を好きだっていうことを……。


 そしてまだ翔ちゃんには面と向かって言えないけれど、期限までには必ず告白するから……その思いを込めて腕を抱きしめた。 


 その後のショッピングはとても楽しかった。翔ちゃんが意外にかわいい感じの服が好きだってわかったり、下着コーナーは早足で通り過ぎたり、翔ちゃんの服を選んでいたはずなのに、いつの間にか翔ちゃんが私に似合いそうな服ばかりを選んでいたり、試着室で四苦八苦しているからドアを開けようとしたら、ものすごく慌てたりとか、本当に楽しくて帰りの道でもずっと手をつないで歩いていた。


「翔ちゃん、今日のデート楽しかった。ありがとう」


「お礼なんていいよ、私も楽しかったし……あ、じゃ、また学校でね」


「うん……翔ちゃん……」


「なに?」


「来週は私がデート考えてもいい?」


「!!もちろん!楽しみにしてる」


「ふふ、うん。じゃぁまたね」


「うん」


 きっとこれが恋……。楽しくてふわふわしてて、今も翔ちゃんのことで頭の中がいっぱいになってる。思わずにやけてしまう顔を手で叩き、私は来週のデートのことを考えながら家に向かって歩き出した。





 そんな二人の様子を見ていた人影があった。誰であろう悠だった。悠は本当に今日一日、二人をつけていた。写真もたくさん撮っていた。が、悠の頭の中は終始?が浮かんでいた。


 あの杏璃の相手は誰?霧島くんじゃ……ない?でも身長や雰囲気は近い?それに女性?なのかな……。


 それすらも悠にはわからなかった。ただ、相手が手を差し出しその手を杏璃が取った。杏璃は恥ずかしそうにしていたが、相手の方はしっかりと杏璃の手を握り少しだけ先に立って歩き始めた。


 それを見たらさすがにデートだと認めざるをえなくなり、帰ろうと思っていた悠だったが、何故だかそのまま後をつけてしまっていた。


 それからしばらくして、杏璃が急に相手の腕にしがみつき……悠はさらにハートブレイクしたのだが、それでも悠はなぜか二人の後を追い続けた。二人で楽しくショッピングする様子、食事をする様子、終始手を繋いで帰るまで。徹底的に……そうでもしないと悠は杏璃への想いを諦めきれなかった。


 そして、何よりも相手の正体を知りたいと悠は思ってしまった。


「よし、別れた……」


 そうして悠は杏璃の相手の方の後をつけ始めた。



「って……ここ」


 そして、悠は杏璃の相手が入っていった家の表札を見てやっぱりという思いと同時に嬉しさも隠せなかった。


「霧島くん……女装趣味があったの……」


 言葉にしてしまうと更におかしくなってきて、思わず悠は笑ってしまった。


 霧島くんはきっと杏璃が同性愛者だということを知っているんだ。だから女装しているんだ。それって偽りじゃない、なら私にもチャンスはあるってことじゃない。


 悠はどこか勝ち誇ったような笑顔を浮かべていた。今日一日、勝手に傷ついて勝手に腹を立てて、勝手に疲れ果てて、今の悠はどこかおかしかったが……それを気づかせてくれる友人は、残念ながら今この場にはいなかった。

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