第9話 彼女の好みは?

 杏璃ちゃんと手を繋ぎながら、映画館へと足を進める。女の子同士は手を繋いで歩いていてもそこまで人目は引かない気がする。よく腕を組んで歩いている子も見かけたりするし、こういうのも割と受け入れられているのかな?


 てか、杏璃ちゃんの手小さいなぁ。それに俺と違って柔らかいし少しひんやりしてる……あぁそっか、緊張……してるんだ。


 横目で見ても目に見えてがちがちに緊張しているのがわかる。


(無理もないよな。それに強引に手なんて繋いじゃってるしな)


「そ、そうだ、○○の新曲が発売になるって知ってる?」


 繋いでる手から緊張が一向に消える気配がないので、俺は頭をふる回転させて共通の話題を探す。といっても一つしかないんだけど……ここは俺が頑張らないと。


「そうなの?」


「うん。この間、ファンクラブの会報で知らせがでてたよ」


 杏璃ちゃんも緊張した雰囲気をどうかしたいのか俺の話に耳を傾けてくれる。


「そう言えばまだ会報を読んでなかった。毎回彼女のCDジャケットも可愛くて楽しみだよね」


 確かに彼女のジャケットは毎回可愛い。本職は声優だけど元々はアイドルになりたかったようで、自身のビジュアルにも相当力を入れている。CDのアルバムには毎回特典と称してミニ写真集がついてくるし。


「うん。可愛いよね。でも最近はちょっと露出が多くなってきている気がするんだけどどう思う?」


「そうかな?」


「綺麗な足が売りなのはわかるんだけど……ちょっと刺激が」


「?男の子はそういうの好きじゃないの?」


「好きだよ?でもそういう目で見たくないっていうのもあるんだよ」


「私はいつもきれいだな~って見てるけど……」


 そこで言葉につまる杏璃ちゃん。何か言いたげだけど。途中で何かに気付いて言葉を切ってしまった。


「ん?なに?」


「な、何でもない。あ、見えてきたよ映画館」


 ちょっとだけ顔が赤いような気がするけど、深くは突っ込まないほうがよさそうだ。また俯き加減に戻ってしまう杏璃ちゃんだけど、緊張は解けたようでさっきよりは柔らかな表情になっていた。


 映画館に着いて自動券売機でチケットを買い並んでイスに座る。映画館は独特の雰囲気があって始まる前の静けさで、また緊張感が戻ってきていた。せっかく緊張が解けたと思っていたのに。


「言葉遣い、練習したの?」


 次は何を話そうかと考えていると、杏璃ちゃんが声を小さくしてそう話しかけてきた。顔を少しだけ俺に寄せる感じになっていたので顔がすぐそばにあってどきっとしてしまう。


「う、うん。練習した。変かな?」


「ううん。全然。でもそっか……そうだよね」


 杏璃ちゃんは一人納得したようにうんうんと何度も頷いた。その姿に胸が温かくなり、俺のことを少しでも知ろうとしてくれたことに嬉しさがこみ上げてきた。


「それに女装してるからか、仕草とかもわりと平気だったり、役を演じているような感じで、それ私の理想も」


 だからだろうか、聞かれもしないことをべらべらと喋り自分で自分の墓穴を掘ってしまった。


「……翔ちゃんの理想?」


 案の定、杏璃ちゃんはその言葉を聞き逃さずに質問してきた。そこは聞き逃してくれればよかったのに。と心の中で願っても今更取り返しもつかない。


「え?そんなこと言ったけ?」


 無駄だと思いつつも一応しらを切ってみる。


「ゆったよ、私の理想って」


 が、それで見逃してくれる杏璃ちゃんじゃなかった。ものすごく興味深そうに俺を見つめてくる。


「言ったかなぁ……言ったかぁ……あぁ、その……綺麗で、少し押しが強くて、包容力があって、たまに可愛いい人……」


 笑われるかもしれない。そう覚悟しながらしどろもどろに答える。けれど、杏璃ちゃんは笑うどころかしっかりと聞いてくれた。


(あ……この表情って)


 その表情はあのアイドルの話を聞いてきた時に見たのと同じで、俺は話をしながら自分の心臓が早くなってくるのをはっきりと感じていた。


「……確かに、それは理想だね」


 そう言いながら、杏璃ちゃんはくすりと笑みをもらした。その笑顔も俺が好きになった笑顔そのもので、ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった笑顔だった。


「本当どうして、翔ちゃんが私のこと好きになったのかまだ理解できないよ」


「好きだよ」


「ふふふ、翔ちゃんの理想と一つも当てはまってないよ」


 自然とそう言葉にしていた。言ってしまってからはっと気づいたけど、杏璃ちゃんは冗談だと思ったらしく、笑いながらそう言うと、近づけていた顔を離し自分の椅子へと姿勢を戻した。


(本当なんだけどな……。)


「あ、そうだ浮かれすぎてて忘れてたんだけど」


 今度は俺からちょっとだけ杏璃ちゃんに肩を寄せる。


「な、なに?」


 自分から詰めるのはよくても詰められるのは緊張するようで、杏璃ちゃんが身構えたのがわかった。


(そんなに警戒しなくても何もしないよ……今は…。)


「杏璃ちゃんのタイプを聞くの忘れてて……」


「え、私のタイプ?それって好きな女性のってことだよね?」


 杏璃ちゃんはその質問が意外だったのか目をまん丸く見開いて俺の顔をまじまじと見つめた。あれ?好きなタイプとかってそんなに意外な質問かなぁ。


「うん。あるでしょ?綺麗系とか可愛い系とか、クール系とか?」


「あぁ、う~ん。よく目につくのは、やっぱり綺麗な人なのかな……?」


 いや、疑問形で答えられても。俺も杏璃ちゃんの好みは知らないし。


「えーと、他には?」


「……他は」


 口元に手を当てて、真剣に考えだす杏璃ちゃん。どうやら、本気で誰も思い当たらないみたいだ。そうだ、推しのアイドル声優は違うのかな?でも、俺、正直彼女のようには逆立ちしてもできない……。まぁ、それでも可愛い系という事にはなるけど。


「芸能人は?○○は好きなタイプじゃない?」


「見ててすごく可愛いし、癒されるんだけどタイプかと聞かれると」


 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。よかった。取りあえず可愛い系ではないのかな?じゃ、性格はどうなのかな……。


「……じゃあ、性格は?明るい人とか、物静かな人とか」


「そこは大丈夫だよ。将ちゃんの性格は何の問題もないから」


「そ、そっか、嬉しいな」


 無自覚だろうか。杏璃ちゃんはそういうと俺へと笑顔を向けてくれる。恋愛補正のかかったフィルター越しのその笑顔は、すごい破壊力だった。


(あぁ。可愛い!)


 また、そんな言葉が頭の中を支配していた。その後も色々と聞きたかったけど、映画の始まるブザーが鳴り響き、あたりが薄暗くなり始めたのでお喋りはここでお終いになってしまった。


 でもそっか……。タイプは綺麗な人か……それなら、某歌劇団みたいな路線ならあるいは……。これはまた姉さんに要相談だな……。俺はそんなことを考えながらも頭を冷やすために視線をスクリーンへと移した。


 

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