第3話 三か月お試しコース

 姉さんの突拍子もない提案に、俺は夜中ずっと悶々としていた。『外見を変えるだけで、その子とお付き合いできるかもしれない……そう思えばハードルは高くないとお姉ちゃんは思うわ』部屋を出るときに姉さんはそう言っていた。


 確かに……好きな人から好意を持ってもらいたくて、相手が好きそうな服装とか、髪型とかダイエットとか誰だってやっていることだ。何も変わったことじゃないし、やる価値は十分にある。しかし、しかしだ。


(女装はなぁ……)


 そもそも、中身は男のまんまなのだ、俺は女になりたいだなんて思っていないんだから。


 でもっ。川勾さんと付き合いたい、側にいたい、もっと色んな話がしたい、友だちとしてのそれじゃなくて恋人のそれとして隣にいたい。それがもしできるんだったら……。


(やってみる価値はあるのかも知れない……。)


 寝不足で迎えた朝。俺はすっきりしない頭のまま学校へと向かった。そしてすぐに川勾さんに話があるとお願いした。川勾さんは戸惑いながらも頷いてくれた。


 そして放課後。屋上には昨日と同じように俺と川勾さんの二人だけ。


「……その昨日のことなんだけど」


 川勾さんと向かい合って俺はゆっくりと深呼吸をしてからそう切り出した。すると川勾さんは少し笑顔になって頷いた。


「うん……ありがとう。気持ち悪がらないでくれて」


 川勾さんの意外な切り返しに俺の頭に?が浮かぶ。


「同性愛者って気持ち悪がる人も多いから」


 そんな俺の考えが分かったのか、川勾さんが自嘲気味に答える。


「!俺はぜんぜん」


 慌てて首を横に振った。そんなこと思いもしなかった。


「そっか、霧島くんは優しいね」


 そう言って川勾さんが今まで見たこともないような悲しい笑みを見せる。


「いや……そんなこと」


「それでも嬉しいんだよ」


「そっ……か」


 昔ほど同性愛者に対して偏見はなくなっていると言っても、少数派なのは変わらない。それはそうかもしれない。否定されることは誰だって怖いし、それに俺だってこの先そうなるかもしれないんだ。


「ごめんね。そんな話がしたくて私を呼んだんじゃないよね?」


「あ……うん。確認したくてさ……川勾さん、好きな奴はいないんだろ?」


「……うん、でも」


「あと、男が嫌いというわけじゃないんだよな?」


「……嫌いと言うか、ただいつも綺麗だな。好きだな、触れてみたいなって思うのが女の人なのだから……」


 恥ずかしそうにそう話す川勾さん。自分の性癖を口にするのは確かに恥ずかしいよな……。でもそのおかげで分かった。


「そっか、なら俺にもまだチャンスはあるかもしれないな……」


「チャンスって……?」


 俺は真っすぐに川勾さんを見つめた。昨日と一緒……嫌、それ以上に心臓がやばい。俺の緊張が移ったようで、川勾さんも緊張しているように見えた。


「俺が、俺が……俺が女装したら考えてくれるか?」


「え!?」


「俺男だから、いや、男だからってひとくくりもおかしいけど、肌の手入れとか毛の処理とか言葉使いとか全然だけど女みたいに努力する。スカートも挑戦するからっ」


「ちょ、ちょっと待って」


「俺、努力する!できる限り体重も落として、川勾さんが好きになってくれるような外見になるっ」


「そんなのおかしいよ……」


 川勾さんが目を大きく見開いてそう否定してくる。


「はは、俺もそう思う……さすがに体は変える気はないし、声だって野太いままだろうし、それでも頑張る。外見は女みたいに見えるように頑張るから」


「っ……そんな、そんなこと言われても」


 川勾さんは明らかに困惑顔になり目線も俺から逸らしてしまう。


「好きなんだ……それぐらい本気なんだ。流石にすぐに女みたいにはなれないから、三か月、三か月後のクリスマスまで俺と付き合ってくれ!それでも駄目ならその時は、諦める」


「霧島くん……」


「頼むっ」


 俺は川勾さんに勢いよく頭を下げた。


「………わかった……。クリスマスまで……霧島くんの彼女になる」


 俺は下げていた頭を思いっきり上げた。小さい声だったけど確かに彼女になる。そう聞こえた。


「でも本当にいいの?」


 俺と目が合うと川勾さんがそう聞いてきた。


「いいに決まってる!だって好きな娘の為に頑張るんだから」


「っ……い、言ってて恥ずかしくないの?」


 そう言って川勾さんは顔を真っ赤にしながらも笑った。俺も一緒に笑った。もう心臓はばくばくいってて、きっと顔も川勾さんより真っ赤になっていたと思う。


 これからどうなるのかわからないけど、俺の想いは取りあえず叶った。だけどこれから、川勾さんともっと一緒に笑えるように努力するんだ。

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