第6話 元王女、直す・その1

 昼食は美味しかった。牛肉にニンニクとハーブを効かせて焼いて、オリーブオイルと削りチーズを振りかけた一品でブドウの果実酒がよく合って、ついつい食べ過ぎてしまった。父さんなんか食べ終わったらそのまま客間で寝息を立て始めたもんね。


「父さんがごめんね。」


「いいよ。別にお客が来る予定もないし、仕事をするつもりもないもの。」


「でも、“迷いの森”の管理もオーギュストの仕事でしょう?」


「母さん。僕には優秀な部下がいるから大丈夫だよ。しかし、生きて帰っては来られないから“迷いの森”だなんて、侯爵様への報告書を書くたびにひどい名づけだといつも思うよ。」


「オーギュストが管理するようになって、無闇に森に入って死ぬ人間が減ったと侯爵様の手紙にも書いてあったわ。」


「はぁ、親に報告なんて侯爵様も学校の先生みたいなことをするんだね。僕はもう成人しているんだけど。」


 そんな感じで談笑しながら土曜日の午後は穏やかに過ぎていく。





「「ダメです!!」」


「どうしてもですか?」


 冒険者業でお金を得ることを宿の部屋でルネとエヴラールに伝えたら猛烈に反対されましたわ。


「この町の周囲に出る魔物ははっきりと言って弱いです。ですが、ブリュエット様を危険にさらすわけにはいきません。」


 エヴラールに続いてルネも言います。


「仮に冒険者業をするとしても装備はどうするのですか?しっかりとした装備でないとお命に関わりますよ。」


 そんな2人に心の中で謝りながら魔法袋から防具一式と剣と弓を取り出しましたわ。


「もう準備してあるの・・・」


 そう言うと、2人は防具と剣、弓を手に取り確認をしていきます。


「おいくらだったのですか?」


 胸甲を置きながらエヴラールが尋ねてきましたわ。わたくしは、


「買ってはいませんわ。鍛冶職人や防具職人を訪ね歩いて、必要の無くなった屑鉄や革などを少額で、1軒銅貨1枚で譲り受けましたの。それらに加工魔法を中心に錆を取り除くために浄化魔法を使ったり溶接するために火魔法を使ったりして防具や剣、弓の形に整えたのよ。城にいる頃は鎧とかをよく見ていたから簡単だったわ。」


 と、正直に言いましたの。そしたら、2人ともため息をついて、


「そのようなことをブリュエット様がご自身でなさっていたのですか・・・。わかりました。しばらくは我々と行動してもらいますからね。」


 と、エヴラールからお許しを貰えましたわ。まぁ、でも明日は教会の修復があるので明後日からになりますけどね。


 翌日、明けて日曜日、日曜礼拝はこのスピラの世界にもあるらしく、材木問屋で残りの金額を支払い、材木を受け取ったはよいものの、少なくない礼拝者が教会内にはいますのでこれでは修復ができませんわ。イーヴァン司祭様も忙しそうですし、どうしようかしら。教会を後回しにして孤児院を先にしようかしら。子供達も丁度、礼拝中ですし神様も怒りはしないわよね。


 孤児院の方へ行くと、やはり人がいなかったので作業に取り掛かりますわ。魔法袋から材木を出して、加工魔法で修復箇所に合わせていきます。今回は不可視の腕を10人分だけ出して作業を開始しますわ。礼拝の邪魔になるといけないのでなるべく音が響かないように防音用の風の障壁も展開します。わたくしの魔力量は前の世界では人よりも多いと云われていたのでこのくらいでしたら大丈夫そうですわね。


 目標としては礼拝の終わる11時30分前ですわ。不可視の腕は形状を変えることもでき、トンカチやノコギリ等にもなれますの。ですから、必要なのは材料だけですわ、釘と各色塗料、そして材木。


 防音障壁の中にだけ作業の音が響きます。外壁を塗装まで直したら次は屋根ですわ。軽く跳躍して風魔法で後押しをして屋根に登ります。そうそう、この時のために作業着を1着つくりましたの。それのおかげで汚れを気にしないで作業ができますわ。あと、スカート覗きも。


 屋根も終えましたら、次は内装と家具、建具に床ですわね。まずは、学習部屋からですわ。古くなった椅子と机を魔法袋に収納し、新しく作り直します。そっちのほうが手っ取り早いですからね。その後は、共用部屋などを中心に直していきましたわ。寝室は個々人のデリケートな場所でしょうから、後で手を出しましょう。


 ふぅ、予定よりも早く終わりましたわね。残りの時間は礼拝に参加させていただきましょうか。


 教会内の人数は先程とあまり変わらないようですわ。先程はチラッとしか見ていなかったのでわかりませんでしたが、冒険者のような方が多いですわね。あとは、その、言いにくいのですが貧しそうな方々と孤児院の子供達ですわね。わたくしは最後尾の席にそっと座る。


 そして、11時30分に皆で神への感謝の言葉を捧げると、礼拝者は祭壇へお布施をしていく。わたくしは最後尾の席に座っているので、他の礼拝者が教会を出てから祭壇へと向かう。すると、イーヴァン司祭様と子供達がわたくしに気づきましたわ。


「ブリュエット殿、お越しになられていたのですね。気づかずに申し訳ありません。」


「いえ、司祭様。わたくしが来る時間が悪かったのですわ。それに、今日はこの服でしたから。ですので、先に孤児院のほうを修復させていただきました。ご覧になっていただけるかしら。あぁ、それと、こちらは今日の礼拝の寄付金ですわ。」


 そう言って、祭壇に銀貨を1枚置く。他の礼拝者たちは、1番高いもので半銀貨、あとはそれ以下という感じですわね。まぁ、そうなるでしょうね。わたくしが銀貨を置くとイーヴァン司祭様は何か言おうとしましたが、それをさえぎり、


「自信作ですの。見てくださいまし。」


 そう言って、孤児院の外装が見えるように外へとイーヴァン司祭様と子供達を連れ出す。すると、歓声が上がる。「綺麗になっている。」「ピカピカだ。」といったように子供達からは好評のようですわ。


「どうですか?司祭様。」


「・・・素晴らしいですね。まるで新築したかのようです。この短時間でここまでできるとは正直に言って驚いています。」


「中のほうも見てくださいな。あぁ、ですが寝室はデリケートな場所ですので手つかずですの。子供達の許可を貰えればすぐにでも作業に取り掛かるのですけど。」


「ご配慮くださりありがとうございます。昼食の後に子供達に確認しましょう。もし、昼食のご予定がなければご一緒にいかがですか?」


「あら、ではお願いしてもよろしいでしょうか。」


「はい、勿論です。ロレナ、お客様も昼食をご一緒されるので準備のほうをお願いします。」


「はい、司祭様。」


 ロレナと呼ばれた20代中頃の巫女様が教会の中から顔を出し、笑顔で了承をする。


「料理番などはいらっしゃらないのですか?」


「ええ、恥ずかしながら。司祭である私と巫女のロレナ、そして今は近隣の村へ出張している神父のイニゴの3名で運営しています。あぁ、子供達も手伝ってくれるので人手が足りないと云うことはありませんね。申し訳ないことですが。」


「そうでしたの。では、今日のお昼作りはわたくしもお手伝いしてもよろしいでしょうか?」


「お客様にお手伝いしていただくのは・・・。」


 イーヴァン司祭様が言いよどんでいると子供達が近寄ってきて、


「お姉さんの作る料理も食べてみたい。」「いつもと違うお昼が食べられるの?」


 と期待を口にします。わたくしはそれに笑顔で応えます。


「はい、ロレナ様と一緒に美味しい料理を作りますわ。私の故郷の料理を作りましょうか。みなさんは好き嫌いがありますか?」


「「「「「ない!!」」」」」


 元気な返事が返ってきました。


「子供達も期待してくださっているようなので、わたくしも厨房に入りますね。」


「申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」


 イーヴァン司祭様が頭を下げる。「はい。」と返事をして教会内へと入り厨房へといきます。厨房へ入ると巫女のロレナ様が手際よく調理をしていました。


「巫女様、司祭様に許可を戴きましたので、わたくしの故郷の料理を一品作らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ。しかし、食材があるでしょうか?」


「はい、乳母達が冒険者をしておりまして、猪肉ですが素材ならありますわ。それに香辛料も。」


「お肉があるんですね!!それは子供たちが喜びます。」


「では、少し場所をお借りして調理にうつりますわね。」


 魔法袋から部位ごとに解体された猪肉を取り出す。様々な部位を風魔法のウィンドカッターを螺旋らせん状に展開した中に放り込んでいき挽きミンチにしていきます。その挽きミンチをボウルに入れてみじん切りした玉ねぎと塩と胡椒を練り込んでいきます。


 その作業が終われば、楕円形に成形し衣を付けて揚げていきます。その間にジャガイモを切り分けフライドポテトも作ります。ロレナ様が揚げたばかりのミンチカツを見つめていたので、味見と云うことでお一つすすめました。


「美味しいです!!猪肉なのに固くなくて肉汁があふれて、とても美味しいです!!この食べ物は初めて見ました。」


「それはよかったですわ。巫女様も準備ができたようですわね。」


「はい。食堂に運びましょう。この台車に載せてください。」


 そのまま孤児院の食堂へと台車を2人で押していきます。食堂へ着くと子供達が列を作って待っていましたわ。小さい子を先頭にしているのが優しい子たちだというのが現れていますね。


 ロレナ様が寸胴に入ったスープを各自が持った木製のトレイに器に注いで載せていきます。そして、黒パンを1個ずつとりわたくしの前に来ます。わたくしは平皿にミンチカツを2個ずつとフライドポテトを載せていきます。皆さん、どんな料理なのかわからず少し戸惑っている。そこにロレナ様が、


「とても、おいしい異国の料理よ。早く食べたいでしょう?配膳が済んだ子は早く席に着きましょうね。」


 と言ってくだり、子供たちは元気よく「ハイッ!!」と返事をし、配膳を再開した。イーヴァン司祭様とロレナ様を含めた全員分の配膳が終わり席に着くと、食事前の祈りを始めた。ちなみに、わたくしは宿でパンに具を挟んだものを持参している。


 祈りが終わり、食事を始めるとすぐに「美味しい!!」「お肉だ!!柔らかいよ!!」「この三日月の付け合わせもホクホクして美味しい!!」等々、上々の評価を戴いたようですわね。味見をしたロレナ様は当然といった様子で食べ進め、イーヴァン司祭様も驚きつつもフォークとナイフを動かしていますわね。


 さて、お昼が終わったら次は教会の修復ですわね。腕が鳴りますわ。

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