第2話 扉の向こう側

 私達が追っ手を振り切り、ドナラグネ王国にたどり着いたのは5月の終わりごろだったかしら。途中で2つの国を通過していたから国をおわれてから3カ月ほど経っていたわね。ドナラグネ王国の最初に立ち寄った町で不思議な話を聞いたの。クレメント・バチェフ侯爵の領地にある摩訶不思議なお屋敷の話し。


 そのお屋敷に事前の連絡も無く立ち寄ると、その者はそれ以降、姿を見なくなる。まるで蜃気楼のように消え去ってしまう。そんな話を聞いたわ。私は一緒に着いてきてくれているヘマとオラシオに相談をして、そのお屋敷を目指すことにしたの。


 そのお屋敷までは、整備されていない雨季の中、大きな森を通らねばならず、降りしきる雨の中ただひたすらに歩を進めると、目の前が開けてきて立派な3階建てのお屋敷が見えてきたわ。おそらくはここが例のお屋敷なのかしら。


 正面の門には誰もおらず、ただ、紐がつながった大きめの呼び鈴があったわ。紐を引くと音が鳴らず、3人で首をひねっているとお屋敷の玄関扉が開いて屈強な男性が出てきたの。彼は私達の所まで来ると、門を開け一礼して、


「執事のパオロと申します。お嬢様方はどなたかのご紹介でこちらにお越しになられたのでしょうか。」


 と聞いてきてくれたわ。執事だったのね。私はてっきり、騎士か兵士かと思ってしまったわ。そんなことを考えながら私は返答する。


「誰からも紹介されていませんわ。ただ、町で噂話を聞いてやってきたのです。」


「承知しました。雨の中、お疲れになられたでしょう。応接室にご案内いたします。ああ、武器等はお持ちになったままで結構ですよ。」


 彼の案内でお屋敷に入るとすぐにメイドがタオルで体を拭いてくれたわ。しかし、その様子を見て、パオロという執事はメイドに対して、


「やはり、このまま応接室にご案内すると、体調を崩されるかもしれません。ジェナ、浴室の用意を。」


 と言って、私達に向き直り、


「お体をあたためてからご主人様とお会い下さい。」


 そう言ってくれたわ。確かに、雨でずぶ濡れで体はだいぶ冷えている。私達は頷き、ジェナと呼ばれているメイドが「準備ができました。」と言って、浴室まで案内してくれたわ。


 浴室まで行く途中、このお屋敷に入ってからの違和感に気がついたの。扉よ。扉が凄く狭い間隔で並んでいるの。もしかして、噂の姿を見なくなるということはこの扉1枚分しかないであろう狭い部屋に監禁されるとかじゃないわよね。


 そんな暗い思いを抱きながらお風呂に入って、用意された服に着替える。サイズがピッタリでビックリしたわ。しかも、かなり良い生地を使っているみたい。ジェナが髪を乾かしてくれる。魔法を使って乾かしてくれたのだけれど、温かい風で気持ちが良かったわ。お風呂に入るまで着ていた服はどうしたのかを聞くと、


「現在、お預かりして洗濯中です。ご主人様とのご面会が終わる頃にはお返しすることができるかと思います。」


「わかりました。あら、私物には触らないでいてくれたのね。ありがとう。」


「いえ、大事なものかと思いまして。それでは、ご準備ができましたら応接室へとご案内します。」


 どのようなお方がこのお屋敷の主人なのかがようやくわかるのね。ヘマも準備が済んだようだし、オラシオはもう既に応接室に案内されたみたい。


 私達もジェナの案内で応接室に向かう。やっぱり、いくつもの扉が気になるわ。中がどんな感じなのか想像していると応接室に着いたみたい。ジェナが扉を開けてくれると、それは見事な部屋が出迎えてくれたわ。華美でもなくかといって質素でもない。調度品のバランスが取れているのね。


 ソファに案内されて腰掛けて驚いたわ。見た目とは違ってかなり座り心地が良いの。おそらく他の調度品もそのようなモノなのかもしれないわね。ますます、会うのが楽しみになってきたわ。


 ジェナの淹れてくれた紅茶とお茶菓子を楽しんでいると応接室の扉がノックされて開かれたわ。このようなことが許されるのはこのお屋敷の主人しかいないわ。立ち上がり挨拶をしようと入口に目をやると、とても若い男性がいた。身長は190cmくらいかしら、暗闇から出てきたような黒髪に黒い瞳。彼は優雅に挨拶をしてくれたわ。


「どうも、こんにちは。僕の名前はオーギュスト・ユベール。貴方たちのお名前は?」




 あら、自己紹介を済ませる前に来訪者の3人は固まっちゃった。ソファから立ち上がっているお嬢さんが主人で、その後ろに立っている男女が護衛と言ったところかな。ま、これまでも似たようなことはあったから固まっている3人を無視して話しを進める。


「一応、ドナラグネ王国から伯爵位を賜わっているけど、領民はいないし、領地はこの周りの森と屋敷のみ。まぁ、立場的には法衣貴族に近いのかな。一応、世間体はクレメント・バチェフ侯爵の部下という感じかな。で、これで僕の自己紹介は終わり。お嬢さんと護衛のお2人さんのことも知りたいな。」


 そう言いながらソファに座る。すぐにジェナが紅茶を淹れてくれる。僕は、紅茶を楽しみながら、お嬢さん方が口を開くのを待つ。その間に3人を観察する。お嬢さんは深紅の長髪に、澄んだ空のような瞳の色をしていて、体型は出るとこは出ていて引っ込む所は引っ込んでいる素晴らしいモノだ。今までの食事とか、生活環境が良かったんだろうね。


 護衛の女性の方は灰色の短髪に、焦げ茶色の瞳、胸は大きいけど、立ち方から女性としてはかなり鍛えている方に分類されるんじゃないかな。男性の方は、普通の黒髪に薄い緑の瞳、がっしりとした体型が服の上からでもよくわかるね。


 さて、立ったままのお嬢さんに視線を戻すと、


「あの・・・、わたくしは・・・。」


 お嬢さんはそう言うと、口をつぐんでしまった。護衛の女性の方に目をやると頷いてくれたので彼女に話してもらうとしよう。


「お嬢さんはお話しができないようだから、護衛の女性のかたに話しを聞かせてもらおうかな。話せる?」


 そう言うと、護衛の男性と目配せして口を開いた。


「この御方は、エクナルフ王国の第3王女ブリュエット・エクナルフ様です。私はブリュエット様の乳母兼護衛のルネ・ユロー。彼は私の夫でブリュエット様の近衛騎士のエヴラール・ユノーです。家名があるのでお分かりかと思いますが子爵の位を賜わっております。」


「なるほどね。でも、確かエクナルフ王国は革命だか何だかが起きて、今は共和国になっているんじゃなかったかな?」


「はい、その通りです。」


「じゃあ、亡国のお姫様というわけだ。他の王族の方は?」


「わかりません。皆、散り散りとなったので。」


「もう1つ質問。ルネさんとエヴラールさんのお子さんは?乳母だから子供はいるんでしょう?」


「・・・息子がいましたが、追っ手から私達を逃がすために戦死しました。」


「辛いことまで話してくれてありがとう。」


 僕は礼を言い、紅茶でのどを潤す。


「さて、では仕事の話をしようかな。今まで聞いた話だと、逃げてここまで来たわけだ。で、あなた方はその先を望んでいる。つまり、現在もお姫様を探しているであろう追っ手の来ることのできない場所に行きたい。これであっているかな?」


「はい、あっています。」


 今度はお姫様、ブリュエット王女が口を開いた。うんうん、ちゃんと話すことができるようだね。可愛らしい声だ。


「よし、じゃあ、どんなところがいいかな?あ、勿論、逃がす先の人達はあなた達の素性を一切知らないというのは前提条件としてすでにあるから安心して。」


「私は王族として教育を受けてきました。護身術や魔法の腕を活かして生活ができる所がいいです。」


「ふむ、護衛のお2人もそうでいいのかな?」


「はい、大丈夫です。」


 ルネさんが代表して答える。


「では、これから起きることは絶対に他言しないとこの契約書にサインしてね。サインすると同時に契約魔法があなた方を縛るよ。他の人にここで起きたことを言おうとすると一時的に言葉が出なくなるという軽い呪いが発動するけどね。命を獲るものじゃないから安心して。」


 3人が契約書にサインすると契約書が3人の体の中に吸い込まれていく。3人とも凄く驚いているので説明する。


「魔力でできた契約書だからね。あなた方の体内の魔力と結合しただけだから安心して。それと、この仕事の請負金だけど、今持っている有り金全部を貰えるかな?」


 そう言うと、エヴラールさんが怒って言う。


「それでは、この先、暮らしていけないではないですか!!」


「まぁまぁ、落ち着いて。これから行くところはお金よりもこっちの方が使い勝手がいいから。これを使ってよ。」


 そう言うと、ケネスが3つの大きい革袋を応接机の上に置く。3人が中身を確認すると、ブリュエット王女が言う。


「これは、わたくし達の手持ちのお金だけでは支払えません。」


「ああ、大丈夫、大丈夫。餞別せんべつみたいなものだから。それと、これもあげないとね。」


 そう言って、僕は頭に人差し指を当てて、それを3人に向ける。そうすると、僕の指から白い靄が出て3人の頭に吸い込まれていく。


「これは、言語魔法だよ。僕が創り出した魔法であらゆるモノの言葉がわかるようになるよ。今から行くところはこっちの言語が通じないからね。あ、読み書きもできるから安心して。」


 そう言うと、3人は安堵の表情を浮かべる。そして、エヴラールさんが懐から、大きめの革袋を取り出し机の上に置いて言う。


「我々の全財産です。」


 中身を確認すると、金貨数枚に銀貨が十数枚、銅貨たくさんといったところだ。僕はそれを受け取りケネスに渡す。


「さて、それじゃあ、ついてきて。」


 僕を先頭に廊下を歩く、えーっと、ああ、ここの扉でいいか。僕は応接室から数えて7番目の扉の前に立つ。


「この扉を開けて中に入ってね。この場に戻って来たいときは合言葉と魔力が少しだけ必要になる。魔力に載せて合言葉を言わないと扉が開かないんだ。今から言うから絶対に忘れないでね。合言葉は・・・。」


 合言葉を伝えおわりと覚えたのを確認すると、ジェナが洗濯していた3人の衣服も持って来た。それを3人に渡し、僕は扉を開ける。


「それじゃあ、元気でね。」


 3人とも意を決したように中に入っていく。そして最後まで確認して扉を閉める。





 オーギュスト卿が開かれた扉の先は想像していたよりも広い部屋が存在しましたわ。しかし、特別な魔法を創り出したオーギュスト卿のことですから普通の部屋ではないのでしょうね。


「それじゃあ、元気でね。」


 オーギュスト卿はそう言いましたが、たかが部屋に入るだけなのに何故と思いながら私達は扉の中へと足を踏み入れました。そしたら、なんと先程まで見えていた広い部屋が無くなり目の前に草原が広がっておりました。遠くには町らしきものが見えます。後ろを振り返るとルネとエヴラールがいるだけで扉が無くなっていました。


「一体どうなっていますのー!?」

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