ヤクザ来たりて

第41話 やっさん

 光に包まれた俺は、再びあの白亜の神殿に戻っていた。


 なんだか今回随分チェンジに時間がかかった気がする。俺は殆ど乾きかけてた涙を袖で拭ってから立ち上がる。


「あれ……? 誰もいない……」


 今回今までと違うことが一つあった。いつもなら神殿にはベアリスがいて、たいてい怒ったような表情を浮かべて俺を睨んでいたんだが、誰もいない。


 なんだろう? 6回もチェンジしたから不貞腐れてどっかいっちゃったのか? それともまさか逆にあいつだけ日本に取り残されたとか? だとしたら本末転倒だぞ。


「おぅ、兄ちゃんか。6回もチェンジしたゆぅん非常識な奴は」


「え?」


 ドスの効いた男性の声。俺が振り返ると、身の丈190cmほどもありそうな長身の男性がいた。


 派手なスーツにパンチパーマ。ネクタイはしておらず、代わりに昔の近鉄バファローズの選手みたいな金きらのネックレスを首から提げている。


 簡単に言うと、ピコ太郎みたいな格好だ。


 もっと噛み砕いて言うと、ヤクザだ。


 なぜヤクザがこんなところに。


「自分中々ええ根性しとるらしいやんけ」


ヤクザはがしっと俺の首に腕を回して肩を組んできた。


「えっ!? ちょっ、何なんスか。ベアリス……ベアリスはどこに……?」


「あいつのことはええねん。それよりちょっと、込み入った話になるから事務所で話そか」


 事務所……嫌な予感しかしない。


「いやぁ……事務所とかは、勘弁してください。ほんと、ほんと今日はもう……アレなんで」


 恐怖で全然言葉が出てこない。なんでこんなことに。ヤクザはキスするのかってくらい顔を近づけて俺に話しかけてくる。


「自分……えらい調子こいとるそうやないか」


 ちょ、調子こいてる? 全然心当たりがない。一体何のことを言ってるのか……


「自分、えらいぎょうさんチェンジしてくれてるらしいな?」


「ええ~? もう、ええ~? あの……ええええ?」


 ダメだ全然言葉が出てこない。でも、あれだぞ。チェンジは俺がベアリスとの交渉の末に勝ち取った権利であって……


「せやからベアリスにはちょ~っと荷が勝つ案件や思うてな? こうして俺が出てきたわけや」


 マジか……ええ? 俺がチェンジ……でも酷い世界ばっかで……え? バックにヤクザが? ダメだ思考の方でも語彙力が無くなってきた。


「まあええわ、とりあえず事務所行こか」

「ちょちょちょちょ、ほんま勘弁してください、事務所は……」

「おりゃあ!!」


 野太い声と共に、俺は光に包まれた。


 ゆっくりと光が消え去り、俺は『事務所』の中に移動した。正面にはデカい机が置いてあり、その手前にはソファとローテーブル。机の奥の壁には日本刀が飾ってあり、その上には額縁に入った書、大きく『任侠』と書かれている。


 こんなこてこての『事務所』今時もうないだろう。


「まあ座れや兄ちゃん」


 そう言うとヤクザはソファに座ったので、俺も対面のソファに座った。柔らかく、沈み込むソファではあるが、俺は背もたれに体を預けず、膝に手を置いて体をまっすぐにしている。


 何しろヤクザの事務所に来るなんて初めての事だから、とにかく緊張している。


 コト……と俺とヤクザの前にお茶が置かれた。見ると、これまた強面の、こっちは身長は低いが、がっしりしたタイプのヤクザがいる。


「まあ茶でも飲んでリラックスしてくれや」


 そう言ってヤクザは自分のお茶を啜ったが、俺はとてもじゃないがお茶なんか飲む気にはなれなかった。


「あ、いえ……お茶は……ハハ、いいッス……」


「サブ」


「うス」


 ヤクザがサブ、と呼ぶとがっしりした方が近づいてきた。


 ヤクザは俺のお茶の湯飲みを持ち上げると、ガシャン! とそれをサブの顔面に叩きつけたのだった。


「ひぇ……」


 思わず俺の口から悲鳴が漏れる。湯飲みは粉々に砕けて、サブの顔からはだらだらと血が流れている。


「お前の淹れた茶がまずいからお客さんが飲んでくれへんやろがい!!」


「うス、すいませんアニキ……」


 俺はもう生きた心地がしない。


「おっと、自己紹介がまだやったな。俺の事はやっさんって呼んでくれや」


「あ……ケンジっす……あの……やーさんは……」

「やっさん、や」

「あ、ハイ」


 凄い目力で睨んでくる。本気出したらオプティックブラスト出そう。


「あ、やっさんは、そのぅ、ベアリスとはどういう関係で……」


「どういう関係……? まあ、ケツモチってところやな」


 全然分からない。女神ってケツモチがいるもんなの?


「あ、その……ケツモチってどういう……どういう仕事なんスかね……?」


「仕事?」


 表情が変わった。なにかヤバイ。


「あんなあ、兄ちゃん。最近は厳しくなっとってなぁ、自分の仕事言うだけで面倒なことになんねん。せやからこまいことは聞かんといてや」


 暴対法の影響か……


「まあ、アレや。ベアリスには厳しい仕事やから、こうやってケツモチが出てきて代わりにサポートしてやるっちゅうこっちゃ。兄ちゃんはどーんと大船に乗ったつもりでおればええわ」


 マジか……北欧系銀髪美少女のサポートがヤクザに変わっちゃった……なんてこった。


「にしてもいっぱいあるのぅ……」


 そう言ってやっさんはテーブルに置いてある資料の束を手に取って眺めた。あれは、詳しくは見ていないが多分全部助けの必要な異世界の資料だ。それにしてもヤクザが人助けとか空恐ろしい。借りを作ったりしたら最後骨までしゃぶられそうなイメージがある。


「いっその事これ全部ケンジにやってもらおか! ガハハハ!」


「ハ……ハハ……」


「何がおかしいねん」


「あ、すいません……」


 何なの今の? 場を和ませようと冗談言ったんじゃないの? 完全に場を支配されてる。コ・シュー王国の時と同じだ。気づけば俺は喋る前に絶対に「あ」と言わないと発言できなくなっていた。なんか調子を整えてからじゃないと喋りづらい。


「まあええわ。適当に選ぶか……」


 適当って……少なくともベアリスは俺に合うような異世界を選ぶ姿勢だけは見せてくれたのに、やっさんは完全に有無を言わせない状態だ。


 やっさんは一枚の紙を選んでテーブルの上にバン、と置いた。


「よっしゃ! 早速いくで!」


「ちょちょ、ちょっと待ってください!」


「なんやねん自分! テンポ悪いなぁ!」


「あ、すいません」


 いつのまにか「すいません」が口癖になっているが、しかしさすがにここで退くわけにはいかない。状況も内容も分からない世界に跳ばされたりしたらことだ。最悪日本の時みたいな無理ゲー状態の可能性だってある。


「そのぅ……事前に、自分にあった場所かどうか……とか、検討をさせていただきたく……」


 やっさんは目を伏せて「はぁ」と小さくため息を吐いた。


「あんなぁ……自分、日本の生まれやったな?」


「あ、はい」


「ほしたらアレか? 自分、生まれる前に環境を吟味してから生まれたんか? ここやったらイケるわ、思うて日本に生まれたんか?」


「ああ……いえ……」


 めっちゃ正論吐いてくる。このヤクザ。


「よし、納得できたならいくで! おりゃあ!」


 こうして俺は、本日三度目の光に包まれた。

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