事故物件再生人~Sは今宵も夢想に駆ける~

桐生 創

―― Present Day ――

ep.1 招かれざる客


 不動産業。一口にそういっても、その種類は多岐にわたる。


 賃貸専門。売買専門。事業用専門。マンスリー専門。賃貸管理。PM(プロパティマネジメント)やAM(アセットマネジメント)をはじめとした不動産コンサル。


 先頭に挙げた賃貸専門の中には「自社物件型」と「先物さきもの物件型」があり、いわゆるブラック系の不動産業者が蔓延しているのが後者である。


「先物物件」とは、募集を行う仲介業者とオーナーが直接繋がっていない不動産のことを差す。他社が抱えるネタにコバンザメが如く群がる腹空かし。それが先物物件型不動産業者の実態だ。


 自社物件型は入居後も店子たなこの面倒を見る義務を負うが、先物物件型は住ませてしまえばその後は管理会社ないしオーナーが窓口となるので、必然的に入居後がおざなりになる。


 一昔前はおとり広告や誇大広告で客を呼び込み、接客ブースに入った途端にちゃぶ台をひっくり返して売り込みを展開するという荒業あらわざが流行ったが、ごうを煮やした消費者たちが相次いで消費者センター駆け込み、公正取引委員会が目を光らせるようになってしまったことからその手法は衰退しつつある。――あるのだが。


「お客様。こちらの物件、実は門限のある物件でして。――ええ。午後八時です。――ええ。入れなくなります」


「お客様。こちらの物件、四階の最上階ですが、実は部屋からオートロックの開錠ができません。――ええ。一階まで下りて頂くんです。――ええ。来客の度にです」


「お客様。こちらの物件、実は前入居者の方が亡くなってまして。――ええ。自殺です。――ええ。クローゼットのハンガーパイプで首吊りです」


 よくある常套句じょうとうくだ。


 申し訳ない、という意思を滲ませてはならない。はるばるやってきたお客様に、こういったことを何の悪びれもなく浴びせるのだ。よくあることなんです、とでもいわんばかりに。


 その後はお客様の反応に合わせて立ち回るのだが、ここは営業マンの手腕が問われるセクションでもある。お客様を怒らせるか。それとも丸め込めるか。


 ピンチとチャンスは表裏一体だ。丸め込めるのが上手い社員は認められ、それができない社員はさげすまれる。善人は馬鹿を見るという構図の典型ともいえよう企業スタンス。それは、どう見積もっても倫理的とは言い難い実態にあった。


 疑念を抱く顧客を丸め込む。どうやら俺は、この点において天賦の才があるようだった。自称ではない。自称の対義語は他称だろうか。それについてはよく分からないが、ブラックの最先端をひた走るテンザンエステート大宮支店の店長を任せられていることが何よりの証明だ。それが誇らしい実績であるか否かは別として。


「おたくの本社に相談させてもらう」


 そんな危険な合言葉が飛び出した時、俺は戦場に駆り出される。本社クレームという死のジェットコースターの線路の上に突如現れる砦。それが俺だ。


「私、店長の雨宮と申します。如何なさいましたか」


 店長の役職入りの名刺を差し出しながら、営業スマイルを顔面にたたえる。


「如何? ふざけるなよ、詐欺業者が。話にならん」


「灰島様。状況確認を致しますゆえ、少々お待ち頂けますでしょうか」


 舌打ちを後頭部に受けながら、スタッフの若宮を休憩ブースに連れ込む。


「自殺で攻めたんだったな。勤務は?」


「ミカドです」


「三橋か」


「はい」


「部門は聞いたか?」


「精肉青果の責任者だそうです」


「謝罪は?」


「事故物件という事実を確認し損ねたというていで」


 株式会社ミカドフーズの部門責任者。見た目で推察するに年齢は四十オーバー。事前の情報によれば北海道からの転勤者だ。先の発言から察するに、性格は恐らく陰湿かつ高圧的で間違いない。


 待たせれば怒りの炎は際限なしに燃え上がる。ここは時間との勝負だ。俺は頭の中でシナリオを組み上げ、颯爽とした足取りで休憩ブースから流れ出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る